第9話 メイドさんってメイド服が似合うんですね
「スカーレット様!!」
「うう……」
「スカーレット様!!」
「やめて……!」
「スカーレット様!!」
「げ、現実が夢に侵略されて……!」
「スカーレット様!! お嬢様!! 起きてください!!!」
誰かが強く私の体を揺すって、私はハッと目を覚ました。
「…………あれ、夢…………?」
私が慌てて体を起こすと、そこはオフィスではなかった。
私の周りを取り囲んでいたはずの田山と長谷川、そして同僚たちもいない。
「ああ〜よかった! 夢だったのね……! 徹夜続きすぎて悪夢を見たんだわ」
私は安心して、もう一度目を瞑ってベッドに倒れ込み、二度寝をすることにした。
(オフィスの床じゃなくベッドで寝られてるってことは、今日は休日のはず。心ゆくまで寝てやるわ! ベッドも最高にフカフカだし、なんかいい香りもするし……)
そこまで考えて、私はハッとした。
「いや、私のアパートの煎餅布団がこんなにフカフカなはずない!」
私が慌てて目を開くと、目の前に見知らぬ女の顔があり、こちらを覗き込んでいる。
「ッギャーーーー!!!」
「ヒ、ヒエーーー!!!」
驚いて叫ぶ私に呼応するように、女も悲鳴をあげた。
「だ、だ、誰!? どうして私の部屋にいるの!?」
「……も、もう! お嬢様! いくら寝ぼけてるからって、びっくりさせないでください!」
……お嬢様? 何の話?
生まれも育ちもド庶民の私がお嬢様と呼ばれるのは、せいぜい秋葉原のお店の中でくらいだが……。
その辺りで、私はさらなる違和感に気付いた。
「……ここどこ?」
私が寝ていたのは、職場から徒歩35分という微妙な距離にある一人暮らしのアパートではなく……やたらとどっしりした天蓋がかけられた大きなベッドの上だった。
天蓋の向こうにちらりと見える部屋も、なんだか広そうだ。
「どこって、お嬢様のお部屋じゃないですか! 全くいつまでも寝ぼけないでください」
女性が呆れたようにそう言う。
その女性はぱっと見60代くらいに見えるが……当たり前のようにメイド服を着ていた。
メイド服ってものは若い女性専用かと思っていたが……めちゃくちゃ似合っている。
まるで何十年もその服を着て働いてきたかのように着こなしている。
「メイド服、似合いますね……」
「……はあ?」
思わず褒めたが、女性は意味がわからないという表情でこちらを見てきた。
「……でもメイド服ってことは……ここはやっぱり秋葉原なの? メイド喫茶の中でもマニアックな部類のお店?」
「はい? アキババ……ってなんですか? まだ寝ぼけてらっしゃるんですね? まぁ気絶して運ばれて来たんですから、多少混乱するのは無理もないかも知れませんけど」
……気絶して運ばれてきた?
私はさっぱり状況が飲み込めていなかったが、女性は構わずに話し続けている。
「それにしても、本当にようございました! お嬢様がカイウス様と婚約を解消されて、ユリウス様とご婚約されたんですから!」
「…………!?」
それは、私の夢の中の登場人物の名前のはずだ。
なぜ、このメイドさんがその名前を……!?
「……あ、そうか! これまだ夢の中のなのか!」
それ以外に、合理的な説明がつかない。
が、女性は私の独り言を聞いて、また呆れたようにため息をついた。
「お嬢様、こっちが現実でございますよ。さっきまでなんだかうなされているようでしたから、起こして差し上げたんですから!」
「……え、どういうこと?」
どこからどこまでが夢で、どこからが現実なのか……。
さっきのオフィスでの出来事が夢だとしたら、こっちが現実ということになるが……?
「もう、頭がおかしくなりそう……!」
頭を抱えた私を、メイドさんが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫ですか? 気絶された時、ユリウス様がしっかり抱き留めてくださったと聞きましたが、頭でも打っていたのでしょうか?」
そうして、慰めるように私の肩をさすりながら続けた。
「大丈夫ですよ。色々あったせいで少し混乱しているだけですから。……そうだ! ユリウス様のお顔を見れば落ち着くのでは?」
「……え?」
「ユリウス様がお嬢様をここまで運んできてくださったんですが、心配だからと意識が戻るまで隣の部屋で待たれてるんです! すぐお呼びしてまいりますね!」