第4話 最後の大物
私が新たな決意を込めてマリアベルを睨むと、マリアベルはビクッとした後、対抗するようにこちらを睨みつけてきた。
「ひ、ひどいわ! 王太子様、スカーレット様は公爵家の令嬢であることを鼻にかけて、いつもこんなふうに私のことを馬鹿にするのです! ……私、辛くて。それで王太子様におすがりしてしまって……!」
「あーら、別に馬鹿にしているわけではなくってよ? あなたのマナーがなっていないから、教えて差し上げただけですのに」
「そ、そんなことを言って……あなたは私が聖女の力で怪我人を治療しようとした時にも、後ろから突き飛ばしたじゃないですか! あれもマナーを教えてくださっていたと言うの!?」
ここで私は、一瞬言葉に詰まってしまう。
確かに突き飛ばしたと、小説に書いてあった。
が、その理由までは書かれていなかったはずだ。
たぶん婚約者といちゃつく女が気に食わなくてやったのだろうが……。
しかし、ここで論破されるのは業腹である。
(なんとか理由をつけられないかしら? ……あ、そうだ!!)
私は澄ました表情を作ってから話し始めた。
「聖女様はまだよくわかっていらっしゃらないみたいですけど、聖女の力で人の傷を癒すと、代わりにあなたの生命力が削られるのですよ? 私、古い文献で読んだことがあるんです」
「……え?」
「ですから、あんな病院で治療すればすぐ治る程度の怪我なんかで命を削ったらお可哀想と思って、助けて差し上げたんですわ。これまでにも力を使った後、気分が悪くなることがあったでしょう?」
こじつけだが、聖女の力をつかうと寿命が縮むのは本当だ。
小説の後半で、聖女の力を使い過ぎたマリアベルが倒れて生死の境をさまよう描写があった。
「な……そ、それは……」
どうやら本人にも、思い当たる節があったらしい。
「で、では女生徒たちを扇動して、私だけティーパーティーに呼ばなかったのは!? あれはイジメでしょう!?」
この反論も、小説を読み込んでいる私には難なく論破することができる。
「イジメなんかじゃありませんわ。聖女様は、学科の成績はイマイチ……どころか学年最下位だったそうじゃないですか。ティーパーティーは学年末試験が終わった打ち上げも兼ねていますけれど、聖女様は追試の準備があるから打ち上げなんてする暇はないかと思いましたの」
私がそう言うと、マリアベルは顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
「確かに……聖女様は学科はお出来にならないよな」
「それに比べてスカーレット様は常に学年主席だし……」
「う、ぐぅっ……!」
周りにいた生徒たちからもそんな声が漏れて、マリアベルは悔しそうに唸った。
(……ふっ、完勝ね。敗北を知りたいわ……!)
私が悦に入っていた時。
「それ以上、マリアベルを侮辱するなっ!」
そこへ、田山──じゃなかった。王太子が口を挟んでくる。
「黙って聞いていれば、あんまりな言いようじゃないか! 俺はお前の、そういう理詰めで人を追い詰めるところに嫌気がさしたんだ!」
理屈で勝てないと思えば感情論に走る……。
そんなところまで田山に似ていて、私はさらにイラついた。
「理詰め? 逆に殿下は感情で突っ走りすぎです! ……殿下はひそかに隣国との開戦準備までしているようですが、戦争になればどれだけの兵士が犠牲になるとお思いですか!?」
「な!! なんでお前がそんなことを知って……!!」
私の投下した特大の爆弾で、その場は蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまった。
「開戦準備だと!? 隣国とはここ十数年関係が落ち着いているのに!」
「なぜ今そんなことを!?」
「いくら何でも横暴すぎるだろう!」
生徒たちは、もはや王太子への配慮も忘れて騒いでいる。
それはそうだろう。
実際に戦争が始まれば、ここにいる貴族の子弟たちも戦場に向かうことになるのだ。
……そんな騒ぎの中、先ほどからこの騒ぎを黙って見ていた『最後の大物』が立ち上がり、大声で王太子を怒鳴りつけた。
「カイウス!! 今スカーレットが言ったことは、本当なのか!?」
その場にいた全ての者を黙らせる怒気を含んだ大声を上げたのは、この国の王……ギルバート・フォン・ゴルテニアその人だった。