第3話 マリアベルって……長谷川に似てる!
「王太子様……この婚約破棄、望むところですわっ!!」
私はキッと王太子を睨みつけ、大声でそう言い放った。
まさかスカーレットがそんな風に言い返してくるとは思わなかったのだろう。
王太子は呆気に取られた顔をして、ポカンと口を開けている。
私はその顔を眺めながら、快感に打ち震えていた。
(んあああああっ!! 気持ちいい!!! 言いたいことを言ってやるのって、最高だわ!!)
普段なら、どんなに理不尽なことを言われても、田山に対して口答えなどできない。
そんなことをしてより面倒な事態をひきおこすより、ただ謝る方が楽だからだ。
(でも、これはどうせ夢の中なんだから、言いたいことを言ってやるわ! 小説を読んでいた時も、大して悪いこともしていないスカーレットが不当に断罪されて納得いかないと思っていたのよ!)
それにクソ上司に似ている王太子をコテンパンにしてやれば、夢の中とはいえスッキリするはずだ。
そう決めて、私はもう一度王子を睨んだ。
「誰が不誠実ですって!? 不誠実なのは、私という婚約者がありながら、聖女様と一夜を過ごした王太子様ではないですか!」
私がそう言い切ると、王太子はあからさまに動揺した。
「な、なにを…! どこにそんな証拠が…」
「証拠なんてなくても、私がこの目で見たんですからね(小説の文章を)! 昨日の夜はこの卒業パーティーの準備を抜け出して、2人で王都の宿屋に泊まって熱い夜を過ごしたじゃないですか!」
「そっそんな……! デ、デタラメだ!!」
王太子は苦しい言い訳をしていたが、周りの生徒たちが騒ぎ始めた。
「……でも確かに昨日、王太子様と聖女様が突然いなくなったよな?」
「ああ。それに今朝はお二人で馬車に乗って会場に現れたし」
「……ていうか私実は、今朝お二人が王都の宿屋から出て来るところを見ちゃったのよね」
「嘘だろ!?」
「やばぁ……」
「大スキャンダルじゃないか!?」
どうやら二人のご乱行は、私以外の生徒にもばっちり目撃されていたらしい。
王太子はさらに青くなりながら言い訳を始めた。
「う、う、うるさい! いずれにしろスカーレットとの婚約は破棄する予定だったからいいんだ! その後マリアベルと結婚する予定だったし、少し順番が前後しただけなのだから……」
「少し? 婚前にアレやコレややっといて少しですか! ……我がゴルテニア王国では、未婚の女子が男性と一夜を共にするのは非常に不名誉なことですけれどねぇ? これだから淑女の慎みの無い方は……」
この辺りで浮気女の方も断罪しておこうと、私は聖女マリアベルの方へ矛先を向けた。
マリアベルはその大きな瞳に涙をいっぱいに溜め、王太子の陰に隠れるようにしてこちらを伺っている。
その顔を眺めているうちに、私はあることに気が付いた。
(……この女、よく見たら長谷川に似ているわね)
長谷川とは、我が社の経理担当の若い女性社員だ。
長谷川ときたら、興味があるのはアフター5の予定と自分のネイルばかり。
出社してもろくに仕事をせずにネットの海をサーフィンし、そして定時になると同時に姿を消すのだ。
大量の仕事を残したままの退社がなぜ許されるかと言えば……長谷川が田山とデキているからである。
そんなわけで、長谷川の残した仕事は大抵そのまま私の業務に上乗せされるのであった。
(……大体、今日終電に乗れなかったのだって、長谷川が明日締切りの書類に全く手を付けていなかったせいなんだから! この際、長谷川……じゃなかった、マリアベルも血祭りに上げてやるわ!!)