第2話 王太子って……田山にそっくり!
「なーんて、そんなわけないか! 異世界転生って……いくら何でも小説の読みすぎよね!」
限界社畜として働く私の唯一の楽しみは、ほんの少しの休憩時間をみつけてはファンタジー小説を読むことだった。
そんな私は、どうやらオフィスで居眠りをした挙句、最近読んでいた小説の世界に異世界転生した……という設定の夢を見ているようだ。
「こういう、夢の中で夢だって気付くのって、確か明晰夢っていうのよね。それにしても細部までリアルな夢だわ」
改めて周りを見回すと、集まっている人々(小説の設定から推測するに、王立学園の卒業パーティーの参加者たちだろう)のドレスの柄や、香水の匂い、さらには自分の腹部を締め付けているコルセットの感触まで、しっかりと認識することができた。
こんなにリアルな夢、見ようと思ってもなかなか見られるものじゃない。
そういえば、小説のヒーローである王太子のビジュアルはどんな感じだろうか?
挿絵のない小説だったから、文章に書かれていた『金髪』『青い瞳』以外は想像するしかなかったが、せっかくこんなリアルな夢を見ているのだから確認しておきたかった。
そう思って顔を上げ、改めて王太子の方を見ると、彼はまだ私を指差して何か喚いていた。
(おお、割と想像通りのビジュアルだわ! 軽い癖毛の金髪に、切れ長の青い瞳! 思ったより背が低そうだけど、イケメンと言えるんじゃないかしら。……でもなんか、誰かに似ているような……?)
そこまで考えて、私はハッとした。
しかめられた太めの眉毛、不快そうに歪められた口。そして何より、人の話も聞かずに喚き立てる声や喋り方が……私の大嫌いなパワハラ上司の田山にそっくりだった。
(うわぁ。気付いてしまったら、もう田山にしか見えない……! せっかく面白い夢を見ているっていうのに、私ってばどうして王太子を田山っぽく想像しちゃったのよ!)
「いい加減、罪を認めて謝罪したらどうだ!! この期に及んでシラを切るとは、あまりにも不誠実──」
「うるっさいわね! 人が返事する間も与えずにギャーギャーとっ!!」
私が大声を出すと、先ほどまで喚き続けていた王太子はポカンとした顔をして、口を開けたまま固まった。
ザワザワしていた貴族たちも、息を呑んで静まり返っている。
(わぁ、しまった! 田山に似ていると思ったらついイライラして怒鳴っちゃった。仮にも王太子を怒鳴るなんて、許されることじゃないわよね!?)
私は慌てて両手で口を押さえたが……果たしてそうだろうか?
ここが私の夢の中なら、別にやりたい放題やったってなんの問題もないはずである。
「そうよ……。言いたいことを言ってやればいいんだわ!」
田山にも、そして王太子にも、言ってやりたいことは山ほどあるのだ。
──自分の夢の中なんだから、この機会に日頃のうっぷんを全部晴らしてやる!!!
そう決めて、私は王太子を睨みつけて口を開いた。
「王太子様……この婚約破棄、望むところですわっ!!」




