第1話 限界社畜OLですが、ここは異世界ですか?
「公爵令嬢スカーレット・セラフィナ! 王太子カイウスの名において、お前との婚約を破棄する!」
「……えっ?」
ふと気付くと、私は絢爛豪華な部屋の中で数十人の若い男女の視線を一身に集めて立ち尽くしていた。
中でも少し離れたところに立っている金髪の青年は、右手でビシッと私を指差し、忌々しげな目でこちらを睨みつけつつ、左手では銀色の髪をした儚げな美少女を抱き寄せている。
銀髪の美少女は大きな瞳をウルウルと潤ませて、金髪の青年に縋り付いていた。
……しかし、私にはなぜそんな状況になっているのかがさっぱりわからないのだ。
(一体ここはどこ? 私はさっきまで、深夜のオフィスで残業をしていたはずなんだけど)
私は月平均残業200時間、始発で出勤して終電で帰れれば良い方で、毎日のように会社に泊まり込んでは終わりの見えない仕事と格闘する生活を送っている、至って普通のブラック企業勤めの社畜OLだ。
今日も今日とて、上司や同僚がとっくに帰宅した後も、押し付けられた仕事を必死にこなしていたはずなのに……。
(そういえば、徹夜も3日目となるとやたらと頭が痛くて、頭痛薬でも飲もうと椅子から立ち上がったところで、足がもつれて転びそうになったのよね)
そこまでは覚えているのだが、そこからの記憶が全くない。
そもそもこんな豪華な建物……床や柱は大理石、高い高い天井には天使の絵が描かれていて、飾り窓には細かい彫刻が彫られているホールのような……そんな場所には来たことすらない。
しかもこの場に立ち並んでいる人々は、みんな貴族か何かかと思うような豪華なドレスや礼服姿で、女性の多くは髪を綺麗に結い上げているし、キラキラ光るネックレスや指輪等のジュエリーまで着けている。
こんなところに、会社の地味な制服で、徹夜が続いて髪もボサボサ、目の下にはクッキリとしたクマを飼っているOLがいては場違いなのでは、と思ってふと自分の服を確認すると……。
なんと自分まで真っ赤なドレスを着ていることに気付いた。
その上指には、一体何カラットあるのかわからない重たい指輪が嵌められているし、首元を触ると、そこにもどうやら宝石のたくさんついたネックレスがかけられている感触がする。
「一体なんなの、これ……」
こんな、薄給OLには触っただけで逮捕されそうな気すらするドレスやジュエリーを、私は一体どこから調達してきたのか。
混乱している私に向かって、先ほどの金髪の青年が再び喚き始めた。
「聞いているのか、スカーレット・セラフィナ! お前が聖女マリアベルにした仕打ちはすべて露見している! お前は公爵令嬢という地位を傘に着て、彼女に非道のかぎりを尽くし──」
(待って! 『スカーレット・セラフィナ』!? その名前って、確か……)
青年はまだ喚いていたが、私はそのセリフの中に気になる名前があるのに気付いてしまった。
『公爵令嬢スカーレット・セラフィナ』
それは、私が最近はまっているファンタジー小説『黄金の騎士と白銀の聖女』に出てくる悪役キャラ、いわゆる悪役令嬢の名前だったはずだ。
(スカーレットは王太子の婚約者だったけど、ヒロインである聖女に意地悪を繰り返したことで、王立学園の卒業パーティーの場で婚約を破棄されてしまうのよね)
さっきからあの金髪の青年は、私に向かって『スカーレット・セラフィナ』と呼びかけている。
(つまり、これは異世界転生? 私、限界社畜OLから悪役令嬢に転生してしまったってこと……!?)
「いつまで黙っているんだ、スカーレット! 貴様のしたことについて、何か申し開きがあるなら──」
「なーんて、そんなわけないか! 異世界転生って……いくら何でも小説の読みすぎよね!」
私は自分の妄想に自分で突っ込んで、笑い出しそうになっていた。




