意識の痕跡、心の距離
# 夜の決意と朝の約束
夜が深まり、図書館は次第に静けさを増していった。
本棚の隙間から漏れるほのかな灯りの下、エミリオと私はまるで時の狭間に閉じ込められたかのように、静かに向かい合って座っていた。
石板に残された不思議な紋様と、その奥に隠された意味が頭から離れなかった。
エミリオはもう一度石板を見つめながら口を開いた。
「ルナさん、この現場は本当に興味深いですね。正直、今すぐにでも見に行きたいくらいですが……夜も遅いですし、明日の朝、一緒に行きませんか?」
私は頷いた。
「いいですね。私もその現場がずっと気になっていたんです。」
そばで静かに私たちを見ていたリトが口を開いた。
「僕も一緒に行っていい?」
私は申し訳なさそうに微笑み、リトの肩に手を置いた。
「リト、今回はもしかしたら危ないことがあるかもしれないの。ごめんね、村に残っていてほしい。」
リトは口を尖らせたが、すぐに頷いた。
「分かった。でも、必ず戻ってきて何があったか教えてね!」
私は小さく笑い、約束した。
「うん、必ず話すよ。」
図書館を出て夜風を感じながら宿へと戻る道すがら、
私は頭の中を整理しようとした。
今日一日で明らかになった手がかり、そして明日自分の目で確かめることになる現場——
すべてが私の心を複雑にしていた。
ベッドに横になったものの、なかなか眠れなかった。
窓の外には夜空の星が静かに輝いていた。
私はゆっくりと目を閉じて考えた。
「明日はどんな手がかりが私を待っているのだろう。
そして、本当に知りたい答えに一歩近づけるのだろうか。」
夜はさらに深まり、
私は静かに息を整え、新しい一日に備えた。
# 見知らぬ朝、変わった姿
朝が明けた。
夜露に濡れた草がきらめき、村には昨日とはまた違った静かな空気が漂っていた。
陽光が丘を越え、異世界の時間もまた動き始める。
私は軽く息を吸い込み、今日の一歩を踏み出した。
朝の空気が爽やかに感じられる丘の道。
約束の時間に合わせて村の入り口へ向かった。
普段なら厳かな司祭服姿で現れるエミリオが、今日は全く違う雰囲気だった。
軽快で動きやすそうなシャツとズボン、そしてまくった袖。
きちんと整えられた髪はそのままだが、全体的にずっと自由で若々しい印象を受けた。
「こうして見ると、本当に別人みたいだな。」
私は心の中で感心し、彼の新たな一面を初めて見た気がした。
エミリオは私に近づき、慎重に挨拶した。
「おはようございます、ルナさん。」
「エミリオさん、今日はいつもと雰囲気が全然違いますね。こういう服装、よく似合ってます。」
エミリオは少し照れたように微笑んだ。
「あ、はい……現場調査が多くなりそうなので。司祭服はどうしても動きづらくて。」
私は頷きながら一緒に歩き始めた。
草の葉に宿った露が靴を濡らし、そよ風が二人の間をすり抜けていく。
道端には小さな野花が揺れ、遠くから鳥のさえずりが聞こえてきた。
# 慎重な会話、少しずつ縮まる距離
エミリオが先に慎重に口を開いた。
「朝早くに誰かと歩くのは久しぶりです。普段は一人で歩くことが多いので……」
私は微笑みながら答えた。
「私もです。誰かと一緒に歩くのって、思ったより悪くないですね。」
エミリオは頷いた。
「ルナさんは……一人でいる方が気楽なタイプですか?」
私は少し考えてから答えた。
「慣れてはいるけど、たまには誰かと一緒に歩くのも悪くないなって。」
エミリオは少し微笑んだ。
「今日は、おかげで景色が違って見える気がします。」
二人の間にしばしの静寂が流れた。
まだ互いに心を完全に開いてはいないが、微妙な関心が会話の端々に滲んでいた。
少し歩くと、エミリオが再び口を開いた。
「歌が上手で音楽の才能もおありですが、ソノリスには興味はありませんか?」
私は少し迷いながら首を横に振った。
「音楽は元々好きだったけど、自分に才能があると気づいたのは最近なんです。エミリオさんのおかげです。」
エミリオは静かに言った。
「お役に立てて良かったです。何となく、ルナさんは最初に会った時から助けが必要な人だと感じていました。」
私は心を見透かされたようで、少し視線を逸らしながら答えた。
「エミリオさんのような優しい人に出会えて、本当に良かったです。」
お互いの言葉に込められた微妙な温もりを感じながら、私たちはしばらく静かに歩いた。
だが現場が近づくにつれ、言い知れぬ緊張感が二人の間にじわじわと広がっていった。
周囲の風の音が次第に低くなり、草むらがだんだんと密集していく。
自然と会話が途切れ、それぞれの思考に沈み込んだまま歩みを進めた。
草むらをかき分けて進むと、空気が一段と冷たくなった。
木漏れ日が地面にまだらな影を落とし、
私たちは無言で歩き続けた。
周囲はいつもより妙に静かで、風が石の間を抜けて低く長い音を立てていた。
# 儀式の現場、沈黙の緊張
儀式の現場は、まるで時間が止まったかのように静かで圧倒的な雰囲気を放っていた。
石は一定のパターンで積まれ、中央には古びた石板が置かれていた。
その表面は苔と土埃に薄く覆われていたが、近づくと微かな紋様や記号が浮かび上がった。
私は足先で地面をそっと触れ、この場所で誰かがかつて強く願った感情の残り香を感じた。
「ここが……その場所です。」
静かに口を開いた私の声は、思わず低くなった。
エミリオは周囲をゆっくり見渡した。
普段の厳かな態度とは違い、今日は活動的な服装のせいか
彼の動きはずっと自然に見えた。
彼は石の山や石板を丹念に調べ、指先で表面をなぞった。
「この石の並び……祭壇のように見えますが、完璧ではありませんね。周囲の物を急いで集めて形だけ真似たようです。」
エミリオが低い声で言った。
私は石板を見つめ、その上に刻まれた見慣れない紋様を指先でなぞった。
冷たい石の感触と、指先に伝わる微かな震えが心を不安にさせた。
「こんな場所で儀式をしようとしたのなら、どんな気持ちだったんだろう……」
私は思わず呟いた。
エミリオはその言葉を聞き、しばらく息を整えてから慎重に答えた。
「召喚儀式は上級ソノリスの中でもごく少数しか試みることができません。
こんな急ごしらえの祭壇では成功率は極めて低いです。
そして……失敗すれば、召喚しようとした対象によっては命を落とすこともあります。」
その言葉に私は一瞬、胸が締め付けられるような不安を感じた。
もしかしてルークが、あるいは誰か大切な人がこの危険な儀式を試みたのではないか——
そんな思いがよぎったが、口には出せなかった。
エミリオは私の表情を静かにうかがった。
「ルナさん、もしかして……何か心配事でも?
何でも一人で抱え込まないでください。いつでも助けが必要なら言ってくださいね。」
私は無理に微笑み、頷いた。
だが心の奥には、依然として説明できない不安が残っていた。
しばらくして、エミリオが先に提案した。
「ルナさんがこの召喚儀式に深い関心をお持ちのようなので、
もしよければ、私の能力を使って現場をもう少し詳しく調べてみます。」
私は戸惑いながらも感謝の気持ちで静かに受け入れた。
「はい、お願いします。」
# 伝わる想い、そして疑問
エミリオは汗ばむほど熱心に石の山や石板を調べた。
指先で石の並びをなぞり、草むらをかき分け、ときには地面に伏せて微細な痕跡まで探った。
息遣いが次第に荒くなり、シャツが背中に張り付くほど夢中になっている様子だった。
私はそんなエミリオを見つめながら、ふと疑問が湧いた。
「なぜここまで私を助けてくれるのだろう?
単なる好奇心や村の義務感だけでは説明がつかない……」
調査の合間にも、エミリオは時折私をちらりと見ていた。
その視線が合うたびに、私はつい目を逸らしたり髪をいじったりした……
そんなことを考えていると、エミリオが改めて違って見え始めた。
今日は一段と自由で若々しい雰囲気、
きちんと整えられた髪、
貴族のような柔らかな印象。
彼が汗を拭いながら微笑むたびに、
私は思わず心が少し揺れるのを感じた。
エミリオは苦しそうに息を整え、もう一度私を見つめた。
「もう少し調べれば……何か手がかりが見つかるかもしれません。
ルナさんも、もし気になることがあれば教えてください。」
私は静かに頷いた。
エミリオの真摯な態度に、心が少しずつ温かくなっていくのを感じた。
そして、彼がなぜここまで自分を助けてくれるのか、
いつか直接聞いてみたいと思った。
読者の皆さま!『異世界アイドルが世界を変える物語』第6話をお読みいただきありがとうございます。
今回の第6話では、ルナとエミリオの関係が少しずつ近づいていく様子を描きたかったんです。
普段は厳かな司祭服姿だったエミリオが、活動的な服装で登場するシーン――
読者の皆さまも、彼の新たな魅力を感じていただけたでしょうか?
ルナがエミリオの変化した姿に少しずつ惹かれていく部分を、繊細に表現するよう心がけました。
まだお互いに心を完全に開いているわけではありませんが、微妙な関心や信頼が少しずつ積み重なっていく過程を、自然な形で描きたかったのです。
儀式の現場で、エミリオが汗を流しながら一生懸命調査する姿を通して、
彼がルナのためにどれほど真剣に助けようとしているのかを伝えたかった――
単なる好奇心や義務感を超えた、もっと深い想いがあることをほのめかしています。
次回はいよいよ召喚儀式が本格的に始まります。
果たしてルナとエミリオがどんな結果を導き出すのか、
そしてこの過程で二人の関係がどう発展していくのか、ぜひご期待ください!
いつも応援してくださる読者の皆さまのおかげで、物語を書き続けることができています。
コメントでいただく感想や応援の一言一言が、本当に大きな力になっています。
次回もぜひ楽しみにしていてください!ありがとうございます。