かすかな手がかり、目覚める才能:中央の影、変化の始まり
## 亀裂の余韻
祭りが終わった後、ヤンサノア村にはどこか微妙に変わった空気が漂っていた。
広場には相変わらず子供たちの笑い声が響いていたが、その中にはリトの昨日のステージや、客席で歌を一緒に歌った私についての噂話も混じっていた。
子供たちは私やリトを好奇心いっぱいの目で見つめ、リトの歌を真似てふざけ合っていた。
しかし大人たちの雰囲気は全く違っていた。
広場の一角では村の大人たちが集まって静かに話し合っている姿が見えた。
会話の内容までは聞こえなかったが、時折「ソノリス」「外来者」「資質」「身分」といった単語が漏れ聞こえてきた。
誰かは周囲を気にしながら声を潜め、また誰かは私の方をちらりと見て言葉を控えた。
そうした雰囲気や言葉、そして大人たちの慎重な表情から、
リトの出来事が単なる祝福や喜びだけではないことが自然と伝わってきた。
村に広がる噂と警戒、そして低い声たち。
私がここに来てから村に何か変化が起きたのではないか――
そんな不安な予感が全身に伝わってきた。
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## 心の隙間、リトの告白
村の入口の小さな空き地でリトと出会った。
リトは昨日とは違い浮き立った表情だったが、同時にどこかぎこちなく見えた。
私が先に挨拶すると、リトはためらいながら慎重に話し始めた。
「ルナ姉ちゃん、昨日…僕、変だった。ステージで歌っているとき、急に声が大きくなって、胸がドキドキした。
普段はそんなことないのに…姉ちゃんが客席で歌を一緒に歌ってくれたでしょ。あのときから何か力が湧いてきた気がしたんだ。」
私はリトの言葉を聞きながら、自分がただ応援しただけでなく、何か特別な影響を与えたのではないかという漠然とした感覚を覚えた。
だが、それが何なのか、なぜそんなことが起きたのかは分からなかった。
「もしかして私が一緒に歌ったから元気が出たのかな?ただの気のせいじゃない?」
私はわざと軽く流そうとしたが、心には説明できない疑問が残った。
リトは頷きながらも、まだ混乱した様子だった。
「僕…もしかしてソノリスになったのかな?それとも、昨日だけ特別だったのかな?」
彼の声には期待と不安が同時に込められていた。
私はしばらくリトを見つめてから、そっと笑いかけて聞いた。
「リト、ソノリスになりたいの?」
リトは少し迷ったあと、静かに頷いた。
「うん。ソノリスになれば何でもできるって…僕もお母さんを探したい。実は僕も姉ちゃんみたいに村の外で捨てられて、誰もお母さんが誰か知らないんだ。どこでどう生まれたのかも分からないし、赤ちゃんのときから村の人たちが育ててくれたんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられるようだった。
「この子、思っていたよりずっと孤独だったんだ…」
私は思わずリトの肩に手を置きたくなった。
「リト…君が望むものを必ず見つけられるよう祈っているよ」
口元に微笑みを浮かべようとしながらも、心の奥が重く痛んだ。
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## 実験の瀬戸際
その日の午後、エミリオが私を執務室に呼んだ。
彼は扉を閉め、真剣な表情で私を見つめた。
「ルナさん、昨日リトのステージで確かに何か特別なことが起きました。
ルナさんが客席で一緒に歌った瞬間、リトの歌が明らかに変わったんです。
もしかして意識して何かされましたか?」
私は首を振って答えた。
「いいえ。ただ応援したくて一緒に歌っただけです。私もなぜそんなことが起きたのか分かりません」
エミリオはしばらく考えたあと、実験を提案した。
「確かめるには実際に試してみるのが一番です。
ルナさんが歌うことで他の人にどんな変化が起きるか確かめてみたい。
もしよろしければ協力していただけますか?」
私は少し迷ったが、頷いた。
「はい、私も気になるので協力します」
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## 見知らぬ才能の覚醒
エミリオは実験の準備をしながら慎重に私に尋ねた。
「ルナさん、昨日リトがステージで歌った曲、もともとご存じでしたか?」
私は首を振って答えた。
「いいえ。ステージに上がる前にリトが少しだけ聞かせてくれたのを一度聞いただけです」
エミリオは驚いたように目を見開いた。
「一度聞いただけでそのまま歌えたんですか?本当にすごいですね、ルナさん」
私は照れながら笑った。
「もともと音感が良くて、歌やメロディーを覚えるのは得意なんです」
…でも、この世界に来てからは、もっと鮮明に、一度聞いただけで頭に残る感じがする。
以前よりずっと簡単に歌えるようになったのは、私の能力が強くなったからだろうか。
エミリオは興味深そうに頷いた。
「それなら今度は私が直接歌ってみます。ルナさんは初めて聞く曲だと思いますが、一度聞いてすぐに歌えるか確かめてもいいですか?」
私は緊張半分、期待半分で頷いた。
エミリオは少し呼吸を整えて、見知らぬ旋律の歌を歌った。
その声は澄んでいて深く、独特の雰囲気と情感が込められていた。
私は思わず息を呑んだ。
「この人の声は聞くだけで心が落ち着く感じだ…」
歌が終わるとエミリオが私の方を見て言った。
「覚えましたか?」
私は少し旋律を思い出しながら、慎重にその歌を再現した。
私の声は今聴いたばかりの曲とほぼ同じように響いた。
エミリオは感嘆を隠せずに言った。
「本当に一度聞いただけで完璧に歌えるなんて…驚きました、ルナさん。
この能力なら実験に大いに役立つでしょう。さあ、本格的に始めましょう」
私は小さく息を吐き、頷いた。
これから、この能力がこの世界でどんな意味を持つのか、直接確かめる番だ。
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## 実験、そして犠牲者の歌
最初の実験対象は村の普通の住民だった。
エミリオが静かに彼を執務室に案内した。
「緊張しないで、普段通り気楽に歌ってください」
住民はぎこちなく喉を鳴らし、歌い始めた。
私は彼の隣に座り、慎重に歌をなぞった。
すると、今聞いたばかりの旋律や歌詞が自然と口から出てきた。
「本当だ、一度聞いた歌がそのまま頭に残ってる…」
歌が終わると執務室の中はしばし静寂に包まれた。
住民は照れくさそうに笑いながら言った。
「気分は良くなったけど、特に変わったことはないみたいです」
エミリオは頷きながらメモを取った。
「体が軽くなったり、特別な感覚はありませんか?」
エミリオが再び尋ねた。
住民は少し考えてから、
「うーん…久しぶりに歌ったからか、気分が少し爽快になった気はします。でもその程度です」
と答えた。
私は内心で少し落胆しながら、
「やっぱり昨日の出来事は偶然だったのかな?それともリトだけに特別な何かがあったのか?」
と考えた。
二人目の実験対象は村で音痴と噂の青年だった。
青年は少し浮き立った表情で執務室に入り、
「歌は自信ないけど頑張ってみます!」とぎこちなく笑った。
エミリオが優しく励ました。
「緊張しないで、普段通りで大丈夫です。心配しないでください」
青年が歌い始めると、執務室の中は一瞬で気まずい空気に包まれた。
音程は外れ、リズムは乱れ、歌詞は途中で切れてまた続いた。
私は最初は合わせて歌おうとしたが、次第にどこに合わせればよいか分からず戸惑った。
普段は落ち着いているエミリオも次第に表情が固くなり、ついには額を押さえてうつむいた。
青年の歌が最高潮に達したとき、エミリオが堪えきれず手を挙げた。
「ストップ!ストップ!実験対象じゃなくて犠牲者になるところでした…」
普段とは違う本音の苦笑が混じった声だった。
青年は照れくさそうに「すみません、歌は本当に苦手で…」と呟いた。
エミリオはしばらく落ち着いたあと、また普段の穏やかな笑顔に戻った。
「でも勇気を出してくれてありがとう。おかげでみんな新しい経験ができました」
青年が照れくさそうに頭を下げて執務室を出ると、私は内心で思わず笑った。
「ソノリスの弱点は…音痴だったんだ」
そしてエミリオに冗談っぽく言った。
「エミリオさん、今日の実験で弱点がバレちゃいましたね」
エミリオはしばらく気まずそうに笑ったあと、
「私も今日初めて知りましたよ、ルナさん。これから音痴の実験は覚悟が必要ですね」
と冗談を返してくれた。
実験はしばし笑いと気まずさを残して、次の段階へ進んだ。
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## 感覚の拡張
最後の実験対象はエミリオ自身だった。
エミリオは普段通り落ち着いて席に座っていたが、どこか目が輝いていた。
「今度は私が直接歌ってみます、ルナさん。
ルナさんが私の歌をなぞってくれたら、私にどんな変化が起きるか確かめたいんです」
私は頷き、エミリオの歌に集中した。
彼が歌い始めると、部屋には澄んだ深い旋律が広がった。
私は自然とその曲をなぞった。
その瞬間、エミリオの表情が微妙に揺れた。
歌が終わるとエミリオは一息つき、
普段とは違い興奮を隠せない声で言った。
「今…確かに私の力が一瞬弱くなった感じがしました。
でもその後は、まるで感覚が広がったような気がします。
音がより鮮明に聞こえて、心の中に新しいメロディーが浮かぶような感覚です。
こんな経験は初めてです、ルナさん!」
エミリオは席を立ち、両手を強く握った。
「本当に不思議ですね。
私の持つソノリスの力が一瞬弱まったのに、その直後にはむしろ強くなった気がします。
今まで感じたことのない、まったく新しい感覚です!」
普段の落ち着きは消え、
エミリオは子供のように目を輝かせて私を見つめた。
私はエミリオの変化を見守りながら、
「私の能力はこの世界でどんな意味を持つのだろう…」
と心の中で思った。
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## 例外の子と中央の影
実験が終わった後、私は慎重にエミリオに尋ねた。
「でも…昨日リトにはなぜあんな変化が起きたんでしょう?リトは普通の子だったのに」
エミリオはしばらく考え込んで首を振った。
「正直私にも分かりません。ソノリスの資質は生まれ持ったものだと教わりました。
リトは実は他の普通の子とは違うと感じることがよくありました。
今は理由が分かりませんが、いつかその答えが明らかになるかもしれません」
エミリオはしばらく沈黙した後、普段の悩みや期待を打ち明けた。
「実は私も下級ソノリスとしてできることには限界があると常に感じていました。
だからもっと大きな力が欲しかったこともありました。
でも今日ルナさんのおかげで、新しい可能性が見えた気がします。
これからこの力をどう使うべきか、私も一緒に考えたいです。
そして…いつか二人で力を合わせれば、今より大きな変化を起こせるかもしれません」
彼は一度視線を落とし、再び慎重に続けた。
「でも、こうしたことは今は私たちだけの秘密にしておいた方が良いでしょう。中央に噂が広まったら、何が起こるか私にも分かりません。
特にリトの場合、普通の子が急にソノリスの力を見せるのは中央にとって敏感な問題かもしれません」
私は「中央」という言葉が気になり、慎重に尋ねた。
「エミリオさん、中央ってどんな場所なんですか?ソノリスとも関係があるんですよね?」
エミリオは頷き、普段より真剣な表情で答えた。
「中央はこの世界のすべてのソノリスと音楽に関する規律を管理する場所です。
でも私は下級ソノリスなので詳しい内部事情までは知りません。
実際、中央はとても権威的で閉鎖的な雰囲気が強いです。
私はそういう雰囲気が苦手で、わざとこの小さな村で下級ソノリスとして残る道を選びました。
中央に入ればもっと大きな力や地位を得られたかもしれませんが、
私は自由に歌い、人々と近く接したかったんです」
私はエミリオの答えを聞きながら、
「中央…リトの変化や私の力が知られたら何が起こるか分からない。なんだか不安だ…」
と心の中で思った。
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## かすかな手がかり、夜の記録
エミリオと別れた後、私は宿舎に戻り一日を振り返った。
夜遅く、宿舎の扉を叩く音がした。
村の祭り記録を担当する中年の住民が慎重に訪ねてきた。
「失礼します。祭りに参加した外部の方には必ず簡単な記録を残してもらう決まりなんです。
この村は外部の人が珍しいので、訪問者の名前や簡単な情報を記録するのが伝統なんですよ」
私は笑顔を作ろうとしたが、名前や出身地を尋ねられて少し戸惑った。
「ここで本当の名前を言っても大丈夫かな?出身地は…何て言えばいいんだろう?」
一瞬頭が真っ白になった。
「あ、私は…ルナと申します。出身地は…ただ、遠い南の村から来ました。ソウ…リア…」
無理やり自然に答えようとしたが、声が少し震えた。
記録担当者は特に疑う様子もなく頷いた。
名前や出身地、祭りで印象的だったことなど普通の質問が続いた。
記録が終わると、私はふと気になって慎重に聞いた。
「私以外に、最近数年の間に外部の人がこの村を訪ねたことはありますか?」
記録担当者はしばらく考えてから頷いた。
「はい、1年前に静かな青年が祭りのときにこの村に短く滞在したことがありました」
私は呼吸を整えながら慎重に尋ねた。
「その方の名前、覚えていますか?」
「名前は…確かルークだったと思います」
一瞬心臓の音が耳に響くほどだった。
「ルーク…本当にあのルークなのかな?」
私は震える声で再び尋ねた。
「その方の外見はどうでしたか?」
「背が高くて、髪は暗い色でした。口数は少なく、村の人たちと特別に親しくすることはなかったですが、礼儀正しく静かな方でした」
期待と不安が入り混じり、指先が痺れるようだった。
「その方は村にどのくらい滞在していましたか?」
「祭りが終わるとすぐに出発しました。数日間しかいなかったですね」
残念さと悔しさが一度に押し寄せてきた。
「誰かを探しているような雰囲気でしたが、具体的に誰を探しているかは言いませんでした」
「本当にルークかもしれない…」
私は慎重に最後の質問をした。
「昼間は主にどこにいたか、何か残した物や痕跡はありませんでしたか?」
「特別なことはありませんでした。静かに過ごしてすぐに出発しました。
でも、もし気になることがあれば村の記録をもっと調べてもいいですよ」
私は記録担当者に感謝の気持ちを伝え、扉を閉じた。
胸が高鳴ってなかなか落ち着かなかった。
かすかな希望が現実の手がかりに変わり始めたことを実感した。
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## 闇の中の期待
窓の外には夜の闇が広がり、頭の中にはさまざまな思いが交差した。
ルーク、そしてアルカのメンバーたち。
この世界のどこかに、きっと彼らがいるかもしれないという高鳴りが夜通し私を眠らせなかった。
まだ何も確かなことはない。
でも、もしかしたら明日は――
新しい出会いと、また別の物語が始まるかもしれない。
第3話まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
今回のお話では、リトの変化、エミリオとの実験、そして村の記録からアルカのメンバーの手がかりが見つかるまで、本格的に物語が動き始めた感覚があります。
特にルナの能力がどのように覚醒し、音楽が異世界でどんな波紋を広げていくのか、一つ一つ確かめていく過程は、私自身もとてもワクワクしながら執筆しました。
私はキャラクターの感情の流れや、世界観のディテール、そして出来事同士の繋がりを丁寧に積み上げていくことを大切にしています。
今回もリトの告白、エミリオの実験、そしてルークの記録を通して、読者の皆さんがルナと一緒に新たな可能性に胸を躍らせたり、緊張や少しの不安を感じていただけていたら嬉しいです。
まだまだ回収されていない伏線やミステリーも多いですが、これからもキャラクターたちの成長と、音楽が生み出す変化を自然に描いていけるよう努力していきます。
皆さんのフィードバックや応援は、いつも大きな励みになっています。気になることや感想、応援のメッセージなど、どんなことでもコメントで残していただけると、今後の展開にとても参考になります。
次回も、ルナとソノラの舞台にどんな変化が訪れるのか、ぜひ楽しみにしていてください。
ありがとうございます!
P.S. ルークの手がかりを得るシーンは本来4話の内容ですが、3話のラストが少し物足りなく感じて、思い切って3話の最後に入れてしまいました。
そのせいで分量調整に失敗した感が満載です^^;
もし長くて読みづらかった方がいらっしゃったら申し訳ありません。次回からは分量にも気をつけていきます。