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ヴィーナスに抱きしめられて(中編)

イアン=マクナイツ

挿絵(By みてみん)

※キャラクター制作の練習中となりますので悪しからず




「イアン様、ジューゴス様から外出許可が出ています」

「ありがとう、ミロ」

「お待たせ、イアン」

「アプリリス様、正午までにお戻りになります様に」

「もう少しだけ、駄目かな」

「ジューゴス様から許可されているのは正午までです」

「ミロ 大丈夫、正午までに戻って来るから」

「お任せしました、イアン様」




 オレは ミロ との約束を破ったことは無かったよ。意外だなって思うかい? まぁそれは仕方ないだろ、オレが約束している相手は ミロ じゃない、ヨルモン1等國佐なんだから。道徳ある人として尊敬している、その一方で倫理を欠如した徹底した軍人だとも割り切っている。間違えないで欲しい、オレと違って口では了解しておいて、スジとかプライドとかそんな自分にしか見えていない物差しで体を動かしたりはしない信用出来る人だよ。




「ねぇイアン、あそこの部屋の窓。あの人形、かわいいね」

「この前の感謝祭で子供達に配られたものだよ」

「そうなんだ、子供っていいね」

「窓際に飾ってるのよく見かけるよ。オレは貰えなかったな」

「あれ、イアンってもう子供じゃなくなっちゃたの、残念」

「2つしか違わないだろ」

「偶然なのかなー 今日でまた2つ違いになっちゃったの」




 ずっと前の様な気がするけど、昨年の話しだ。なの変哲もない()()に無意識でいれば感覚も麻痺してくる。だから送り届ける時間だけは気にしておかないと。よくよくそう思っていたよ、この平和と言えない状況下じゃ、ただ生きてる日々が続いていると生きてきた時間の方が、どんどんと短くなってしまってる気がしてならない。オレだけじゃないと思うよ……、多分。




 この時期、隣国の ロンア•ヒル が、頻出する ヴィラルガ の掃討作戦を実施するため休戦協定を申し入れてきた。後ろから撃たれないための都合の良い休戦協定とも取れるが ル•ミネラ にとっても都合は良かった。資源確保のため断崖調査の範囲を少しでも広めらるからだ。ただ探索範囲が広がれば ヴィラルガ との接触脅威だけではなく、崩落や滑落、遭難によって生還率が極端に低くなりがちである。軍上層部は()()()()()()()()()()()()()()()より、断崖での資源採掘ポイントや危険地帯の情報収集、並びに踏破ルートを拡げておくことに有益性を見出すのは当然である。


「イアン=マクナイツ」

「はい」

「おめでとう、シーピス操縦認定証だ」

「ありがとうございます」

「訓練であろうと前線であろうと積み重ねたものが結果を示す」

「研鑽に努めてまいります」

「期待している」

「フロスティ=ブロッサ」

「はい」




 オレはドリー の期待通り、未踏破断崖地域への入場券を手に入れることが出来た。だから訓練所から帰ったら真っ先に電源を抜いたよ。いつ帰って来れるかも分からないから、ずっと独り言喋られたら隣に迷惑だろ? 物心ついてからずっと聞いてた声だから聞こえなくなると、それはそれでって感じだったけど、断崖ではそれが普通さ。




「はじめまして、ドリーさん」

「どういうことだい、イアン」

「ああ、彼女は アプリリス 。アプリー って呼んでる」

「なんてことかしら。まるでお人形さんみたいだねェ」

「角張ってないから驚いた?」

「何を言ってるのイアン。こんなむさ苦しい所でごめんなさいね」

「それはオレのセリフじゃないのか」

「ぅふふふ、本当に聞いてた通り。楽しそう」

「アプリー さん、ジャムティーを作るから座ってらして」

「はい。ぅーんっと」

「アプリー」

「うん。ありがとう、イアン」


 イアン が、歳も近く境遇の似ている アプリリス に惹きよせられるのは早かった。母が生前残したリマインダーを繰り返す ドリー と違って アプリリス との会話は イアン の心の毛細管を伝って広がってゆく。頑なで完璧なものにしか見向きもしない少年の心の殻なんて、あっという間に鼓動するくらい柔らかくなって、暖かくて、そしてハート型に丸め込んだら、それを奥深くに隠させる。


「今日はごちそうさまでした」

「大したもてなしも出来ずに申し訳ないねぇ」

「いえ、とっても美味しかったです」

「行こうか、アプリー」

「うん。それでは ドリーさん、またお邪魔しますね」


 アプリー は物心がつく前に義手での生活をはじめていることもあって、出来ないことへの受け入れが概ね済んでいる。逆に思春期に母を亡くしている イアン の方は、子供のままの部分を大きく残していたのは言うまでもない。アプリー がそれをいつも許容し、上手くいかない イアン を抱擁していたのも子供のままである イアン が気づくことはなかった。




 オレはいつにもまして明日が迫り来るのをとても遅く感じていた。死の密度が高いと1分毎にあれこれと考える事をオレに強いて繰り返させるんだ。そりゃ長々とグズグズと考えるよな? 誰だって死にたくはない。ミロ が恨めしかったよ。アンドロイドの癖に ヨルモン さんの指示を曲げないだ。『何でだよっ、最善を考えたら会わせてくれてもいいだろ、ロボットの ドリー ならともかく』って思った日が結構続いた気がする。多分2日くらいのことだけど、色んな思い出とか全部消えるくらいの長さに感じたのは確かだよ、あれって何なんだろうな?




「起きてたんだ。アプリー」

「うん、眠れなくて」

「こんな夜遅くにごめん」

「うぅうん、わたしも同じことが出来たとしたら…… 」

「こうして話すのも暫くお預けになりそうだ」

「ミロ! お願いなの。イアン とお話しさせて欲しいの」

「お嬢様、もう就寝時刻です。イアン様も明日は探索任務、」

「ミロ、お願いだ。今日だけオレを中に入れてくれないか」

「ミロ、お願い」

「分かりました。扉を開けます」

『ありがとう』




 オレなんかより ミロ の方がよっぽど()()()()()()()()()って思うよ、今になるとね。強い自己制御と アプリー に対する最善を感情論抜きで選択し、どんな状態であってもずっと寄り添い、見守り、そして決して見捨てない。きっとオレには出来ないだろうな。アプリー は話せる人形じゃないんだから当然だよな、近くに支えるものが要るんだ。衝立なんかじゃなく、何も知らない案山子がね。




「お話し下さい」

「ああ。アプリー 、明日ここを立てば暫く帰って来れないと思う」

「……、うん」

「断崖の未踏破地域の探索任務に就くんだ」

「うん」

「いつ帰って来れるかは分からないから最後に、」

「なぜかな。ずっと話したかったのはお別れの話しなのかな…… 」

「アプリー、オレの『いつか』は今回かなり遠い」

「どうしてかな。次の約束がそんなに先だなんて…… 」

「アプリー、ごめん」

「謝ってもゆるせない…… から」




 自分でも頭の悪さは分かってたはずなんだけどな。優しい嘘でもつけば良かったのか? 本当に伝えたかったのはこの先のオレの境遇か? 暫くずっとこのことを悔やんでてたよ。どんだけ時間が経ってもまた()()で立ち戻るんだよ。散々待ち続けた扉が開いたのに、何やってんだって話しだろ? だからさ、生きて帰って来れたらって思うんだ。




「アプリリス様、イアン様。お時間です」

「イアン、元気で」

「アプリー、もし帰って来れたら聞いて欲しい」

「イアンそばにきて」


 義手を外していた アプリリス に、締め付けられるほどの痛みと毛細管からそれまで大切に注がれていたものが、流れ出すほど強く握り締められ雨音を響かせた。優しく抱擁することしか出来ない イアン は必要なことをまた教えられた。




 いつも願ってきた、ずっと想ってきたことがオレの考えてたことと違った。母親に抱きしめられた事があっても、もう覚えてないだろ? オレには母親はもういないから試して貰うことは叶わない、流石に ドリー に抱きしめられたくて電源差すなんて真似しないしな。でもさ、電源が入ってなくたって抱きしめることくらい出来るだろ? どっちが良いかって話しだよ、分かるだろ? 子供じゃなきゃ。




後編につづく



※1等國佐の階級について、『こく』の部分を 陸・海・空 のいづれかに置き換えて頂ければ幸いです

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