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第捌話 母親

「二人ともお帰りなさい。あら、その方は?ご友人?」


自宅にも関わらず冷や汗を掻く姉弟に対し、ティムは和かな笑顔で挨拶をかわしている。


「マム、初めまして。俺の名前はティム・ランスロット、婆ちゃんが此処の出身で昔から教わってきたから言葉には困らないはずだ。コイツの親友で、是非遊びに行きたかったんだが宿泊施設が軒並み埋まっててな、予約が取れなくて困ってるんだ」


「母さん、ゆっくりしたい時にごめん。観光したいらしいんだけど、外の行事で行き場を無くしてるみたいでさ掃除でも雑用でもこき使って良いからティムを置いてあげられないかな?」


すると母親はティムの顔を見つめ、困った表情をしてしまう。

今まで、来客がそのまま寝泊まりする事のなかった家で急に長期滞在をしようとしている時点で相当の負担がかかっていると望海は下を俯き黙っているようだった。

しかし、次の瞬間思った以上に明るい声色が聞こえてきたので怒っているようではないと姉弟は安心したようだ。


「学生さん?金銭面で苦労する事も多いでしょう。空き部屋ならあるから、好きに使って頂戴。望海、夕飯の買い出しに行きましょう。異国の方が好む料理なんて作れるかしら?」


「良いよ、お母さんはゆっくりしてて!買い物なら私が行って来るから、ほら圭太お母さんの気が変わらないうちに案内してあげてください。向かい側の部屋が空いてたでしょう?」


すると一瞬圭太は惚けたような顔をしていたが、我に帰りティムに手招きをしている。

そのあと、布巾を持ってきてティムに手渡した。


「あぁ、うん。靴は此処で脱いでね、出る時も此処で履いて。母さん綺麗好きだし、キャリーケースの底を床につけたら怒るから拭いてから上がってね。…でも、珍しいな怒らないなんて。疲れてるのかな?」


居間に向かう母親を見つめつつも、自分も荷解きがあると思い出し圭太は部屋に案内する事にした。

それとすれ違うように、望海は買い物カゴや母親から貰ったメモを持ち「言ってきます」と一声かけたあと外へ出て行った。


家の住民達はそれぞれの目的をこなしていく、その中で今までは一つ或いは二つしかなかった生活音に彩りが増え圭太は安堵したように微笑んでいた。

母親は居間におり、テレビ番組の音声が聞こえてくる。

しかし、その合間を縫って足袋の擦る音が聞こえ「落ち着かないのかな?」と本来の性格を知る圭太は心配そうに母親の元へと向かった。


元々、東家の日常は慌ただしい物だった。

望海は学業や習い事。圭太も稽古場に居る時間が多く、眠りの必要のない母親は二十四時間付きっきりで父親の看病は勿論、家事をこなしていた。

その為、常日頃から動き回っている事の多い母親はジッとしている事に慣れていない。


現に圭太が居間に隣接した台所に向かうと急須と湯呑みを用意する彼女の姿があった。

冷蔵庫を開け、何かを探すような仕草をする。

次に戸棚を開け、いつも和菓子を保管している場所に手を伸ばしているようだ。


「あぁ、そうか。いつもこの時間になると羊羹を出してくれるんだよね。母さん、また明日にしよう。偶にはそんな日があっても良いでしょう?夕飯のカレーが食べられなくなっちゃうよ」


「...それもそうね。望海が帰ってくるのを待ちましょう。圭太、貴方随分と変わったわね。そんな優しい言葉を投げかけられた事は一度もなかった。以前は時間が惜しいって私の話に耳も傾けなかったのに」


「そうかな?母さんが聞き逃してるだけだと思うけど。人って多面性のある生き物だから、各々人に対して態度が違うのは不思議でも不自然でもない事だよ。それを言うなら姉貴だって変わったと思わない?あんなに表情豊かになった姿を見るのは初めてでしょう?」


そう言われた母親は娘の事を思い出すように空を見つめている。


「感情が乏しい事が全て悪いという訳ではないけれど、あの人も稽古の指導をする時に良く言ってたわ。演者として優秀なのは圭太だって。でも、人として優秀なのは望海なんですって。何でか分かる?」


「...人のご機嫌伺いをするから?」


すると母親は珍しく目を細め、笑みを浮かべた。


「そうよ、人というのはね。過酷な場面に立ち会えば立ち会う程、表情が変わりやすいの。もし、貴方が平穏に暮らせて親の愛情を十分に注がれていたらこんな風にはならなかったでしょう?そういう意味で望海は井の中の蛙なのよ。今は外に出て色んな事を知ったでしょうけど」


そんな二人の会話を知らない望海は近所の商店街で食材の買い物をしていた。

メモを持ち、全ての品を揃えたと一安心し帰路に着こうとした時。珍しい造形の車が目に止まった。

黒塗りの胴体が異常に長い車体をしており、望海は勿論周囲の人々も目を丸くした。


「珍しい、あの家の方が外出されてるなんて」


「この時期に来ても歌舞伎はやってないのにね。お忙しい合間を縫って弐区に来られるなんて、よっぽどの事があったんだろうさ」


近所の人達の声に急かされたのか?望海はチラリと車内を見る、すると偶然か?必然か?まるで彼女の心を見透かすように目の前で車が止まる。

コンコンと窓を叩く音が聞こえ、其方を見やると親しい間柄でもある斑鳩合蔵その人の顔が見えた。


「斑鳩様!?もしかして、側にいらっしゃるのは奥様ですか?ご無沙汰しております」


「現実では千秋楽以来だね。夢の中では違うけれども。先程、所有してる牧場に行っていた所だったんだ」


動転しながらも、日頃お世話になっている影響もあり反射的に一礼した望海だったが「牧場」という単語を聞き疑問符を浮かべた。


「牧場?お二人でレジャーを楽しんでいたと言う事ですか?どなたかにお呼ばれされて?」


「いいえ、違うのよ。家で代々経営してる牧場があって、今度の馬術大会で馬の管理を任せたいって委託依頼が来たの。今日はその視察に来た方達の案内をね」


合蔵の妻である清美は代々運び屋を輩出する名門斑鳩家の一人娘だ。

彼女の方が、実家の事業経営に関しては詳しいだろう。


立ち話もなんだと望海は車内に手招きされ、綺麗なワイングラスが並べられた棚やワインクーラーの中には高級そうなワインやシャンパンが入っておりまるで御伽話の中にいるようだと彼女は思ったようだ。

斑鳩は運転手に声をかけ、次の目的地へと車は走り出した。


「彼女の家は知っているね?其方に寄ってくれ。そう言えば、また困った事に巻き込まれているようだね。燕ちゃんが私にカードを見せて来てね、助言が欲しいと言って来たんだ。“貴女の始まりの場所”という事は私や兄とは無縁だった場所と考えて肆区の中に答えがあるんじゃないかと言っておいたけど良かったのかな?困らせてないかと気になってね」


「いいえ、逆に年長者の方からの助言は有り難いです。実は私達も今夜から動き出そうと思っていまして。圭太と朝日奈兄妹を会わせたいと考えてます。私も安芸に手がかりがある可能性が高いので各々動く事になりそうです」


「くれぐれも無理はしないでね。探りを入れている時に何かに巻き込まれる可能性も捨てきれない。また困った事があったらいつでも声を掛けて、また若者達と一緒に冒険するのは楽しいからね」


すると、清美は慌てたように彼の肩を優しく叩き心配そうな表情をする。


「あなた、またこの前のような無茶はなさらないでください。私も貴方も若くないんですから」


「分かってるよ。私には家族がいるからね、無茶をするつもりはない。それでも知りたいじゃないか?これから何が起こるのかも。ねぇ?望海ちゃん」


「勿論です!あっ、もうそろそろですかね。わざわざ、送って頂いてありがとうございました。また、お仕事や舞台でお会いできると良いですね。それでは失礼致します」


自宅の前に着き、車外に出て一礼した後望海は帰宅する事にした。

玄関の扉を開けると同時に話声が聞こえ、ピクリと耳を動かす。すると聞き慣れない単語が聞こえ恐怖を煽る空気が漂っていた。


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