第拾漆話 長所
「あわわ、嘘でしょ!?本当に檜、持ってきてくれたの!?幾ら隼君でも早すぎるよ!絶対届かないと思ってたから氷川でトマトパスタでも食べようと思ってたのに」
「すみません、夕食まだだったんですか?夜遅くまで待たせてしまって申し訳ないです。...谷川さんってトマトが好きなんですか?パスタが好きなんですか?どっちも?」
もう日付も変わろうとする頃、二人の姿は何故か氷川にあった。
朱鷺田からの依頼を守る為、隼は彼女と待ち合わせをしたのだが本来の目的も忘れて話し込んでいるようだった。
「うーん、どっちもかな?隼君は和田には行かないよね?そこは良くトマトが採れるんだよ。だから、それを使ったパスタ料理が有名なの。まーちゃんとも良く食べるんだよ。ワインと良く合うんだよね...は!?ていうか、時間大丈夫!?夜は治安が悪いからさ、もう暗いけど早い内に帰りなね?」
「ありがとうございます。でも、普段家族に大切にされて。箱入り娘である貴女と話せる良い機会なので色々聞いておきたくて。疑問だらけなので、問い詰める形になってしまうんですが。能面の制作って現実的に可能なんですか?フェイクとは言え、それ相当の時間を要しますよね?」
隼の質問に対してまさに図星を突かれたと言った所だろうか?
谷川は周囲も気にせず、隠す気も無い態度で肺に大量の空気を取り込み大きく溜息を吐いた。
その分かりやすい態度に彼は目を見開き珍しく驚いている。
「みどり君も無茶言うよね。能面って制作で数ヶ月は必要なんだよ。買った方が早いって思ったんだけど工芸品だからさ、高いと数百万とかになっちゃうわけ。購入も現実的じゃ無いんだよ。既存の物にダメージ加工を施すっていうのも考えたんだけどさ。それ考えると役場にあるのって値段が付けられないぐらいの価値があると思うと面白くなってくるよね。あんなに良い意味で古めかしい物は見た事ないもん」
此方も珍しくワクワクしているのか?子供のようにニヤリと悪い笑みを浮かべる彼女を見て隼はいつも平然とする裏側にはこのような心情が眠っていたのだと新たな一面を知る事が出来た。
「じゃあ、結局どうされるんですか?早く決めないと足並みが揃わないと思いますけど」
「もう、旭とみどり君みたいな事を言う!谷川さんは自分のペースで答えを見つけたいの。正解を追い求める事が正しいとは限らないんだから。...でもね、取り敢えず作ってみようとは思ってる。プロに任せず自分でね。多分、出来が良すぎるのは求められていないんだよ。良い意味で手を抜いた方が良い結果に繋がりそうな気がする。道具はもう整えてもらってるから後はコレだけだったの。だから頂戴」
そう言われると隼は素直に材料となる檜を渡した。
渡した瞬間、腰をガクンと下げ重そうな仕草を取るが両腕を上げ下げし重量を確認すると元の姿勢に戻った。
「木材って聞いてたから重いと思ったんだけど結構軽いんだね。非力な谷川さんにも持てるから安心。ミスったらまた持ってきてもらう事になっちゃうと思うけどその時はよろしくね」
「分かりました。これは元々、冬楡家の皆さんから頂いた物なので俺が何かをしたという事ではないんです。向こうが積極的に手助けをすると言ってくれたのでそれに甘えさせてもらいました。では、俺はこれで無事に完成すると良いですね」
そのあと、二人はそれぞれの場所へと移動し。
谷川は必要な物が揃ったと報告する為に一度自宅に戻る事にしたようだ。
「ただいま」と家族に声をかけ、向こうから足音が聞こえるのに合わせ彼女は足を止めた。
「よっ、鞠理。お帰り。風呂みたいな匂いがすると思ったら木の匂いか。トッキーは殿様と一緒に役場に行くって言ってたからもうそろそろ帰ってくるんじゃないか?ほら、持ってやるよ。前に決めた作業部屋に置いとけば良いんだろ?」
「うん。水分が入ると重くなっちゃうから新聞紙に包んで置いといてもらえると助かるかな。にしても大事になってきたね。まるで文化祭みたい。仮面の制作、間に合うかな?」
お互いに目を合わせ、鏡合わせになるように首を傾げていると新しい足音が聞こえ急かすように戸を開ける朱鷺田の姿があった。
両手にはそれぞれ別の物を持っており、旭は左手に大きな風呂敷を持っている事に気付き下ろすように声をかけた。
逆に右手は軽快で朝風からガラスケースの鍵を複製してもらったのだろう鍵束が握られていた。
「何も一気に持って来なくて良いのに。それ全部能面で使う道具だろ?良く揃えられたな」
「割とこう言うのって学生が持ってたりするんだよな。たまたま、帰りに望海と圭太にあったから彫刻刀がないかどうか聞いてみたんだ。そしたら家にあるって言うから貸してもらう事にしたんだ。殿からも色付け用の漆も頂いたしな。物には困らないな」
「本当にね!はぁ、今日は徹夜コースかな。折角だから生配信の準備でもしようと思ったのに」
落ち込む谷川を見て、今回の件で巻き込んでしまった事に朱鷺田は罪悪感を持ちながらも内心、今日だけでなく連日この状況が続くであろうと予測しあえて口を噤む事にした。




