第拾陸話 夜景
「あれ?そういや、隼の奴まだきてねぇな。いつもならこの時間に来るのに」
祖父母の家にある書庫で本を整理している颯だったが、突如手を止め懐中時計をポケットから取り出し時刻を確認していた。
時刻は夜八時過ぎ、約束した時間だったが彼が現れる事はなかった。
すると、次の瞬間。無線機が反応し彼はそれを手に取った。
「はい。此方、颯」
「颯先輩、いぶりがっこって何か知ってます?」
「...は?」
相手は見知った人物で恐らく隼なのだろうが、突然質問なのか?問題なのか?分からない言葉を発せられ戸惑ってしまう。
しかし、同じく仲間である小町の好物の一つである事を思い出し。それをそのまま伝えた。
「大根の漬物の事だろ?燻製にした奴。どうした?小町から買い物でも頼まれたのかよ」
「いや、そう言う訳じゃないんですけど。体調が悪いのか、妙に落ち込んでるみたいで。食欲が湧かないんですって。何か食べられる物はあるって聞いたらそれがいいって言うので」
「小町がね...。とりあえず、素直に言葉を受け取ってやれ。それ以上、余計な事はすんな。頼まれたらそれに応じておけば良いからな。そんで、今日は来られるのかよ」
「今はなんとも。とりあえず、小町が家に帰れそうになるまでは見守っておこうと思ってます。疲れたのか?ソファでグッタリしてるので、動けないみたいです。青葉先輩も事情を知っているみたいなので、側にいてくれてます。あっ、すみません。小町が呼んでる。一度、切りますね」
通話が途絶え、渋い顔を一瞬する颯だったが自身のやるべき事がまだ残っていると淡々と作業を続けた。
もうすぐ施錠をしようと思った時、ドアノブを開ける音がし隼の姿が見えた。
「すみません、来るのが遅くなって」
「良いって、律儀に来なくても。今日はもう店仕舞いする所だったから」
「ならちょうど良かった。颯先輩、俺とデートスポットに行ってくれませんか?小町が買ってきて欲しいって言ってた雑誌の特集に載ってて。「まるで宝石みたい」って彼女が言ってたのでもしかしてと思って」
「...は?」
それと同時刻、同じく小町同様。協会の会長室でグッタリと机に顔を伏せる節子の姿があった。
「節子、今日はもう帰りましょう?体調を崩しては明日に響くわ。ね?」
「...いいえ、お母様。まだ、何も進んでいないです。大祭における運び屋の人員配置を出来るだけ早くに決定して皆さんをスムーズに誘導出来るようにしないと」
元気を振り絞り、比良坂町の地図を眺める節子だったが身体は動いても頭を上手く動かす事が出来ず再度項垂れていた。
そのあと、彼女の鼻腔を擽るような匂いがする。
カカオとミルクの匂い、チョコレートだと瞬時に理解した。
持ってきた人物は小さなトレーを手にし、一つチョコレートを手にするとそのまま節子の口へと放り込んだ。
「今月の新作ですって。いつもの生チョコレートの方が良かったかしら?」
「いいえ!妃翠先生の選んでくれる物はいつも美味しいです。これからお仕事だって言うのに、手を煩わせてしまい申し訳ありません」
そのあと、廊下から足音が聞こえ皆が此方を振り返ると武曲の姿もあった。
節子を手招きし、外に出るように促している。
「ずっと椅子と机にしがみついていては、良いアイデアも出ないぞ。こう言う時こそ外に出て体を動かした方が賢明じゃないか?今の時間なら綺麗な夜景が見えると思うぞ」
「まぁ!宇須岸の夜景ね!私も大好きです!妃翠先生もご一緒にいかがですか?」
「私は遠慮しておく…と言いたい所だけど。二人が夜景に見惚れて帰ってこなかったら本末転倒だし、同行するわ。良い?あくまでも気分転換だからね、長居はしないように」
その後、節子は満面の笑みで「はーい」と間延びした返答をした。
三人が向かったのは夜景の見える高台であった。階段を登り、頂上を目指すと見知った二人の人影を見つけた。
それが隼と颯であった。
「よっ、二人も此処に来たのか。親父にはあったか?」
「北斗のじいさんならさっきまでいたんだけどな。依頼があるって下に降りたよ。入れ違いになったのかもな」
「どうも。いつも思うんですけど。この夜景、どのくらいの電気代がかかってるか気になりません?凄い大金がかかってるんだろうなって気になって」
「確かに!これだけ煌びやかなら、一億以上あってもおかしくないと思うわ。ねぇ、ご存知?あの、星のように見える場所。要塞のようになっていて、死角がないように工夫されているの。桜の名所としても有名だし、先生方と一緒にお花見もした事があるのよ」
その後、颯は何かを思い出したかのように自身の懐に入れていたカードを手に持ち。
文章と今この状況を見比べている。
「…あぁ、なるほど。そう言う事か。この夜景そのものが大金で、地上の星があの場所ね。なら、彼処に行けば何か手がかりが得られるかもしれないって事か。面白いじゃねぇか。ただ、実際に行けるのは明日になりそうだな」




