第拾話 すり替え
「ただいま、今帰ったぞ」
朱鷺田は一度、自宅へと戻り。玄関の戸をガラガラと開け中にいるであろう谷川の方へと声をかけた。
すると、いつも通りゆったりとした足取りで彼の元へと歩いて来る彼女の姿があった。
「おかえりなさい、緑君。頼んでた柿の種は買ってきてくれた?」
「…あれは冗談じゃなかったのか。済まないな、物騒な手紙が届いたから買い物をする暇もなかった」
そういうと彼女は目を見開き驚いている。
朱鷺田と旭が家を出る前、彼ら宛の黒い封筒を見た谷川は最初何かの悪戯や冗談だと思い。
運び屋全体で大きな事に巻き込まれているとは感じていないし、考えもしなかったようだ。
次に彼の横をじっと見つめ、ある人物がいない事に追究しているようだ。
「旭がいないけど、一緒に帰ってこなかったの?」
「あぁ、協会に残って他の仲間と一緒に自分の行き先を探っている所なんだ。俺は、ある程度検討がついたから先に帰って来たんだ。器用なお前を呼ぶ為にな」
最後の言葉に彼女は訝しむように首を傾げた。
確か、朱鷺田の手紙には仮面という単語があった事を谷川も覚えている。
それと“器用”という言葉がどう結びつくのかが不明確だった。
しかし、彼に身支度をするように急かされ。
見た方が早いと説明も無しに煽るように手を何度も鳴らす姿に不満を持ちながらもその通りにし、次に彼らが移動したのは町役場の中、とりわけ町長室の中であった。
父親に書類を届けに来たという口実で本人が不在な時を狙い、侵入を試みたという事なのだろう。
そんな中で谷川は朱鷺田に手招きをされ、ある物が目に止まった。それは何かが入ったガラスケースであった。
「ダメだ、鍵がかかってるな。流石にこのまま素直に取らせてはくれないか。ほら、天気雨の事を狐の嫁入りって言うだろう?それを思い出してこのお面達が真っ先に出てきたんだ」
「なるほどね。緑君は狐のお面と鬼のお面、女性のお面を揃える事が出来れば良いって事なんだ。でもさ、それならお父さんに素直に貸してって言えば良いんじゃない?ほら、小さい頃とか遊びに行ったらお小遣いくれたしさ。そんな感じで」
「そんな軽いノリで借りられる訳ないだろう?この面の劣化具合からみてかなりの年代物みたいだし、しかもどのくらいの期日自分達の手元に置いておけば良いのかもわからない。明日、急に必要と言われたらどうする?なら、今動いた方が賢明だろう?」
彼女はもう一度鍵のかかったガラスケースは勿論。
それに付随する鍵穴を凝視し、自分達がどうすればこの仮面を手に入れられるのか?目標から逆算しながらイメージを膨らませている。
「...スペアキーとかないのかな?それか鍵穴から復元するのか?でも、内緒で手に入れたとしてガラスケースだから中身がないのがバレちゃうよね」
「あぁ、問題はそこなんだよ。周囲は埃被っているから普段から親父の眼中にはないんだろう。だとしてもこの透明な檻じゃ“無い”事は容易に理解出来てしまう。俺としては嘘と本物を入れ替えて暫くの間だけで良い。親父の目を誤魔化したい。それが出来るのが谷川、お前なんだ」
突然頼まれた事に彼女は驚愕し、首を傾げる仕草をする。
彼が町長の息子であり、ここを出入り出来る人物なのは彼女も理解している。
自分自身に頼む事と言えばある単語が思い浮かぶ、実際に普段は辛辣な彼も珍しく褒めてくれる場面がある。
先程もそうだ、彼女の事を「器用」と良い今この場に連れて来た。
そのあと“偽物と本物”という単語が頭の中に思い浮かび谷川は焦るような表情をする。
「えっ、何!?まさか、谷川さんに贋作を作れって言いたいの!?む、無理だよお面なんて幼稚舎以来作ってないし!紙や鋏を使って作るのとは訳が違うんだよ、材料の調達もどうするの?能面ってなんの木から出来てるのかも知らないんだよ」
「頼むよ、谷川。檜は俺達の方で用意しておく。針葉樹林だからな、寒地にしかないと思うが色んな運び屋に聞けば生息地も見つけられるだろうしもう一度協会に戻って聞いてくるよ」
「そんな上手くいくのかな?まぁ、頑張って…いや、結局頑張らなきゃいけないのは谷川さんじゃん」
そのあと、朱鷺田は再び皆の元へと戻る事にした。
彼の姿を旭は直ぐに気付き、近付いて声をかける。
「どうだった?鞠理の面倒くさそうな顔が目に浮かぶよ」
「案の定な。ただ、材料さえ揃えられれば後は押し切れそうだ。そうだ、この際だから皆に聞いておきたい。知り合いにピッキングの技術を持つ人はいないか?過去の依頼人や業者でも良い。親父の仕事場に連れて行って開けて欲しい物があるんだ。本人にバレたら、事前にそれなりの言い訳を考えておくけどな」
その言葉に咄嗟に反応したのは隼であり、以前大学に侵入した時の事を思い出し今この場に剣城がいない事もあり使命感に駆られたのか?口を開いた。
しかし、倶楽部での活動は今尚秘匿である為。その技術者本人が言っていたエピソードを交えて紹介した。
「それって、誰にもバレずに開けたいって事?それなら、以前殿が頑丈な金庫を開けたって自慢してたから一度声をかけてみるのが良いと思いますよ。手先が器用な人だし、何かの力になってくれるかも」
「ありがとう、良い話が聞けた。…それで肝心の殿は?もしかして、入れ違いか?」
周囲をキョロキョロと見渡す朱鷺田に対し、黄泉は朝風の居場所について助言をした。
「他の皆もそれぞれ動き出していてね、愛君は血液検査の解読を進めているんだが彼と富士宮君に確認しておきたい事があると医務室の隣室に連れて行ったんだ。要件が済んだらまた戻って来ると思うよ」




