63:エピローグ
ガレスはあまり眠らず、熟睡することもなく、夜を明かすことが多かった。
戦場に出ていることも多かったのだ。眠りこけ、敵に寝首を掻かれるわけにもいかない。さらに皇宮にいても、一時、暗殺の危機にさらされていた。
必然的に眠りにくい体質になってしまったのだろう。
そんなガレスが、私がいれば安心して眠ることができるというのなら……。
――「フローラがそばいるだけで、それはとてつもない安心感をもたらしてくれる。共にベッドで横になるだけでいい。だからこのままわたしと一緒に休まないか?」
この言葉に対する答えは当然「イエス」だろう。
それに婚儀は一年後だとしても。
書類上の手続きでは、既に皇妃となっている。
スペンサー王国で王太子妃教育を終えていた私だが、皇妃教育はまだ受けていない。それでも理解できている。王や皇帝を心理的に支え、癒すことは、伴侶の役目であると。皇帝であるガレスを支えることは、皇妃の役目だ。
「では歯も磨けた。休むか」
驚いたことは、ガレスが、というより、彼の従者が持参していたのだけど。歯ブラシと歯磨き粉は、彼専用のものを使っているのだという。なぜなら、歯磨き粉に毒を混入されたことがあるからだ。
ガレス自身は、毒を混入させたのは皇太后だと分かっているし、彼女はもう皇宮にいない。よってわざわざ専用にする必要はないと思っているが、彼の周囲の側近が許さないようだ。
それを聞くと、本当に大変な時間を、ガレスはこのヴィサンカ帝国で過ごしたのだと思う。
「フローラ」
「!」
突然、抱き上げられ、ビックリしてガレスの首に腕を回し、思いっきり抱きついてしまう。
「どうして急に抱き上げるのですか?」
驚いて尋ねると、ガレスはこんな可愛いこと言う。
「フローラが、とても真剣に考え込んでいて……。どこかへ行ってしまいそうに見えた」
「!? そんな、どこにも行きませんわ。……あの日だって、あの寝所に、朝までちゃんといましたよね」
「……そうだな」
そう言っている間にもベッドへ運ばれ、優しく降ろされる。
なんだかこんな風に抱き上げられ、ベッドに連れて行かれると、変な想像をしてしまう……。
気持ちを紛らわせようと、自分が降ろされたベッドを観察する。
濃紺で統一されたリネン類。天蓋も濃紺だが、金糸のフリンジで飾られ、豪華に感じる。離れの寝室は三つあり、一つは私がいつも使っている。もう一つは先日、ナイトウェアを着せられ、まさに夜伽大前提で案内されている。そうなるとこの寝室、そしてこのベッドは、皇帝用に用意されているのね。
「フローラ、横にならないのか?」
「!」
私はいろいろ意識してしまったが、ガレスは普通に眠る気満々だった。
既にベッドに横になり、掛け布の中に潜り込もうとしている。
――「共にベッドで横になるだけでいい」。
そうガレスに言われている。
だから今のこの状態が正解で、余計なことを考える必要はなかった。
アイボリーの薄手のガウンを脱ぎ、そばに置かれている椅子の背に折り畳んでかける。
ベッドに座り、そのまま体を横にして、掛け布を引き寄せた。
あの日の夜のベッドと違い、さすが皇帝専用。
ミシッともギシッとも音を立てることがない。
「!」
フワリと漂う石鹸の香り。
ガレスに腕枕をされ、その胸に抱き寄せられたのだと理解する。
「もう眠くなっているか?」
「いえ、まだ眠くないです」
昨日。
お互いの気持ちを確かめあった。そして今日、礼拝堂に行く前に、婚姻関係を結ぶための書類にサインをしていた。婚儀こそ一年後だが、今晩は本来であれば、まさに初夜と言ってもいい状態。愛する相手と初めて、一つのベッドで横になっているのだ。
すぐに眠れるはずがない……!
もう眠くないかと聞かれることに、驚いてしまう。
ガレスは既に、眠いのかしら……?
「そうか。……さすがにわたしもまだ眠くない。あの日は絶対にフローラに手を出さないと決めていたからな。それにこれですべて終わると達観していたせいか、変な気持ちにもならず、ベッドに横になったら……。あっという間に眠ることができてしまった。でも今は……」
この発言には、もう心臓が早鐘を打ち、大変!
平然と横になっているから、すっかり眠る気満々かと思ったのに。
そうではないことにドキドキして、嬉しくなり、なんだか安心していた。
「では少し話しますか? 話すことでリラックスして、眠くなるかもしれません」
「そうだな」
話そうと提案したのだから、私から何か話そう。
「そう言えば陛下」
「なんだ?」
「奴隷市場で、約七年ぶりの再会でしたよね? もしかして成長した私の姿が、分からなかったのですか?」
「……それはどいうことだ?」
奴隷市場にやって来た、ソークに扮していたガレスは、まずは大人の女性が入れられている檻へ向かった。そこから初夜の練習相手として、何人かの女性を指名。さらに乙女であることの確認をしていた。その後、私が入れられている檻へやってきた。
そもそも私を連れ帰るつもりでいて、成長した姿を知っていれば。すぐに私が入れられている檻へ来ると思ったのだ。そうならなかったということは。成長した私が分からなかったのだと思い、尋ねてみたのだ。
「フローラのことが分からない……そんなはずないだろう。なぜそんなに悲しいことを言う……?」
「ですがその時期の成長は著しく、別人のようになることもありますし、むしろ分かる方が稀なような気がします」
「わたしがフローラの、この美しいアイリス色の瞳を忘れるはずがない」
ガレスの手が頬を包んだと思ったら、左右の瞼に順にキスをされ、全身の血流が一気によくなったように感じる。今、こんな風にされたら、ますます眠れない気がした。
でも……嫌ではない。むしろ嬉しい……。
「いきなりフローラを指名したら、注目されてしまうだろう? それにあの奴隷商人も、フローラにわたしが執着していると分かれば、勿体ぶったり、値を上げたり、余計な詮索もしかねない。フローラの身分が、あの場で明らかになるのは、どう考えても避けたいことだ」
それはまさにその通り。
「わたしだってそうだった。皇帝が奴隷を買いに来ているなんて、バレたくない。その結果、遠回りになるが、まずは大人の女性を見て、フローラがいる檻へ向かう流れになった」
ちなみにあの奴隷商人は、定員オーバーで船に奴隷を乗せていることが発覚し、取り潰しになったという。奴隷たちは解放され、希望者には職の斡旋もしているそうだ。というのもハーティントン国は、領土も広かった。新しく領地を割り当てられた領主達は、戦禍でボロボロになった地を、新たに作り直すため、皆、やる気に満ちているという。人手は不足しているので、解放された奴隷達にとっては、まさに渡りに船となったようだ。
「皇帝が足を運ぶべきではない場所にやってきたわけですが、本来、初夜の練習相手を探す役目は、誰が担っていたのですか?」
「ヴィサンカ帝国では、奴隷を禁止している。よって初夜の練習相手は、国外の没落貴族の令嬢で探すことになっていた。よって通常は外交官が動くが、今回はアルとボンに任せると話をつけていた」
アルとボンに任せると言いつつ、実際はソークに扮したガレスが動いていた、というわけね。
そこでふと気が付く。
「なるほどですね。……あ、でも結局、陛下は練習できませんでしたね」
そこで「練習なしで大丈夫なのですか?」と、素朴な疑問で聞きたくなってしまったが。皇帝に対し、それは不躾な問いだとすぐに思い留まる。さらに元王女という身分からも、そんなこと、聞く必要はないと悟った。それに練習したいと言われても困ってしまう。誰と練習するの?と。
そこでそのまま黙ると。
「……不安なのか?」
「え」
「わたしが……ちゃんとフローラの相手を務めることができるかどうかが」
「い、いえ、そんな……(いえ、その通りです。それを思わず聞こうとしました。ごめんなさい!)」
口では「そんなことはない」と答えつつ。心の中では、実は聞こうとしていたことを詫びることになる。ガレスがその辺りの知識があるのかどうか、それは分からない。ただ、私は自慢ではないが、全くその知識がない!
とはいえ間違いなく! きっとこのヴィサンカ帝国の皇族にも、女系の皇族に伝わる書物があるはずだ。おそらく婚儀の前には、読ませてもらえるはず。それで勉強すれば大丈夫……だと思う!
「フローラ、そんなに不安か?」
「!?」
「そんなに真剣に黙り込んで考えるとは……。ならば今夜、試すか?」
「え、へ、陛下……! うんっ!」
◇
暴君と恐れられた冷酷無慈悲な皇帝により、不幸のどん底に突き落とされたと思っていた。でも真相は全く違うもの。
真の悪魔は、すぐ近くにいた。人の皮を被った悪魔のようなある夫婦とその息子により、私は地獄のような経験をすることになったのだ。
でも。
救いの神はいてくれたのだと思う。
沢山の犠牲の上に、残った命もあれば、失われた命もある。
奇跡的に助かった命。
それは兄であり、私なのだろう。
そう思っていたが……。
実は他にも奇跡が起きていたことを、私は後になって知ることになる。
山賊に害されたと思っていた弟と妹。
二人は生きていたのだ!
ストラ公国は弟と妹を守るため、山賊に襲われ、二人を死んだと思わせた。でも実際は二人のことを無事、保護してくれていたのだ。これはヴィサンカ帝国からの追っ手を阻止するためだった。だが、兄が生きていることが公になり、私も皇妃となったのだ。それを知ったストラ公国から、弟と妹の無事を知らされることになった。
戦争では多くの命が犠牲になる。
両親、兄の身代わりになったページ、多くの兵や騎士、国民。ハーティントン国でも多くが犠牲になっている。そんな中でも、救われた命だって沢山あった。まさかそこに、弟と妹が加わるとは……。
ガレスは今も毎日礼拝堂で、私と共に、犠牲者への祈りを捧げている。私の弟と妹が生きていたと分かったことで、彼の心が少しでも安らぐことを願うばかりだ。そして今後は平和な世界になるように、ガレスを支え、生きて行こうと私は心に誓った。
~ fin. ~
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