62:夢ではない
「フローラ」
耳元の甘い囁きに、ハッと目が覚める。
同時に耳に軽快な音楽、笑い声、歌声、はしゃぐ声が飛び込んできた。
「もう五時間経つ。さすがに疲れただろう。この宴はこのまま未明まで続くが、そこまで付き合う必要はない。さっき外務大臣も内務大臣も退席している。離れへ戻ろう」
ガレスの提案にこくこくと頷く。
一瞬、うたた寝をしていた。
これは離れに戻り、休むのが正解だろう。
兄は意気投合したらしい、いずれかの貴族の騎士達と、楽しそうに談笑している。軽く手を振ると、少し酔って頬を赤くした兄が、手を振り返してくれた。
夢ではない。
兄は生きている。生きて私を見て、手を振り返してくれた。
その事実に胸が熱くなる。
「マーカス殿は、しばらく宮殿に滞在すると言っている。また会えるから、大丈夫だ」
ガレスに言われ、安堵し、席を立つ。
まだ席に残るメンバーに会釈し、ガレスにエスコートされ、歩き出す。
するとノリス卿が「馬車は到着しています。すぐにお乗りいただけますよ」と教えてくれる。さらに「離れにも一報を入れたので、休むための準備は進めてくれています」と言ってくれた。
至れり尽くせりで、もう感謝しかない。
馬車には当然のようにガレスも乗り込む。やっと二人きりになれたと思い、その胸に身を寄せると、「これはもういいだろう。二人きりなのだから」とアイマスクを外してくれた。
ずっとつけていたので、なんだか体の一部のように思えていたが、外すと解放感がある。
ガレスは私を抱き寄せ、前髪に指を絡ませ、額へ優しくキスをした。
戦勝慰労の宴で見せていた、凛々しく、冴え冴えしたと雰囲気は完全に消えている。
「疲れただろう。少しの時間だが、休むといい」
そう言われ、ガレスの引き締まった胸に身を預けると、急激な睡魔に襲われる。
今日一日振り返っても、特に体を動かしたわけでもない。
ただ、宴の席ではひな壇にいたし、緊張はしていたのだろう。その一方でガレスの胸の中は、とても安心できる。守られていると実感でき、気が緩んだようだ。
スヤスヤ眠ってしまった私が、次に目覚めると、もう部屋に戻って来ている。
シャンデリアの明るさに目を細めていると、ネピに声を掛けられた。
「リリー様、改め、フローラ皇妃殿下! 驚きました。まさかあの第一王女のフローラ様だったなんて……! そうとは知らず、大変失礼しました」
深々と頭を下げられ、慌てて顔を上げてもらう。
逆にずっと黙っていたことを詫び、これからも仲良くして欲しいとお願いしてしまった。
「勿論ですよ……とお答えしたいところですが、皇妃様にお仕えできるのは、貴族の使用人です。いずれ離れから皇宮に移られると思いますから」「ダメよ! そんな風に言わないで!」
思わずネピの言葉を遮ってしまう。
「ガレス皇帝陛下に頼んでみるわ。陛下は私からのお願い、余程のことではない限り、聞いてくださると思うの。だから、ね」
「ふふ。分かりました。フローラ皇妃殿下。では入浴の用意が整っていますので、ドレスを脱ぎましょうか」
ナオとイーモはさっき戻って来たが、もうヘトヘトということで、休ませているという。私に比べ、二人は戦勝慰労の宴の準備で、朝から大忙しだった。休んでもらって勿論、構わない。ネピと他のメイドの手で入浴を終え、ラベンダー色の寝間着に着替えた。
薔薇の香油をつけてもらえたので、どうしたのかと尋ねると、なんと兄が届けてくれたというのだ。
懐かしい、今はなきスペンサー王国の香り。
キュンと嬉しく切なく、でも兄が生きていたと笑顔になる。
ソファに座り、用意されているカモミールティーを見て、気づく。
ここまで私を運んでくれたのは、間違いない。ガレスだ。そのガレスはどうしたのか。ネピに尋ねると……。
「陛下に会いたいですか?」と逆に尋ねられる。それは無論、会いたいので頷くと。
「陛下は、別室で入浴をされています。今日はこのまま離れでお休みになるようですよ。フローラ皇妃殿下がぐっすりだったので『そのまま入浴させたら、寝かせてやってくれ』と言われていましたが……。会いに行きましょうか」
そこは勢いよく頷いてしまう。
昨晩みたいなナイトウェアを、着ているわけではない。寝間着を着ているのだ。そこでさらにアイボリーの薄手のガウンを羽織り、ネピの案内でガレスのいる寝室へと向かう。
「突然の寝室への訪問が許されるのは、フローラ皇妃殿下の特権ですよ」とネピに言われ、頬が緩む。でも確かに、皇妃以外の女性が、夜の皇帝への寝室に訪問するなんて……。非常識の極みだろう。
寝室の扉の脇には、ノリス卿ともう一人、近衛騎士がいた。
もしも何かを狙い、令嬢が皇帝の寝室へ足を運んでも。優秀な近衛騎士により、丁重に帰ることを勧められるということだ。
「フローラ皇妃殿下! 目覚められたのですね!」
ノリス卿がとても嬉しそうにするので、どうしたのかと尋ねると。
「馬車でグッスリ眠ってしまったフローラ皇妃殿下を、抱きかかえていた陛下は、実に複雑な表情でしたよ。お疲れのフローラ皇妃殿下を、起こすわけにはいかない。でもフローラ皇妃殿下に声をかけたい。そのジレンマで悶えている姿は……。あんな陛下は初めて見ました。こうやって訪問されたら、陛下は大喜びです」
そうだったのね。そうとは知らず、ぐっすり眠ってしまったわ。
でもおかげで今は、目が覚めている。
そこでノックと共に部屋にお邪魔すると……。
まさに入浴を終えたばかりだったようだ。
白のバスローブを着たガレスが、タオルで髪を乾かしながら、バスルームから出てきたところを目撃することになった。そしてそれは……私の心臓を大いに騒がせるもの。
バスローブの胸元は大きく開いており、そこには湯気を感じる。肌はほんのりローズ色に染まり、えも言われぬ色気があった。まだ濡れているアイスブルーの髪は、いつもよりブルーが濃く見え、これまた新鮮。
全体的に漂うお風呂上りの名残も、たまらなかった。
「フローラ、目が覚めたのか」
「はい。部屋まで運んでくださり、ありがとうございます」
「当然のことをしたまでだ。もう入浴は済んでいるようだな。……ナイトティーを飲むか?」
「はい!」
ネピが「ではこちらのお部屋にお持ちします」と部屋を出て行き、バスルームでは従者が片づけをしている。私はガレスにエスコートされ、そのままソファに座った。
「!」
対面に座ると思ったガレスが隣に腰を下ろし、ドキッとする。
「フローラから、薔薇の香りがする。……これはマーカス殿からの?」
「はい。この香りでスペンサー王国のことを思い出します」
「そうか……。再びかの地で、薔薇の花が沢山咲き誇るようになるといいのだが……」
「お兄様ならきっと、素敵な薔薇園を再興してくれると思います!」
そんな話をしていると、ネピがカモミールティーを運んでくれる。
ミルクを入れて飲むといいとガレスにすすめ、二人で紅茶を楽しむ。
その間に眠りが深まるという香をネピが焚いてくれて、「ありがとう」と伝えてから「おや?」と気づく。私はこの後、自分の寝室へ戻るのよね? これは陛下が寝やすいように、焚いて差し上げたのよね?と。
「フローラ」
「はい」
「このナイトティーを飲み終わったら、自分の部屋に戻ってしまうのか」
「え……」
「……一緒に休みたいのだが」
これにはいきなり心臓がドキーンと反応する。
そ、それはどういう……いや、私はガレスの皇妃になるのだ。
書類上ではもう皇妃!
というか、既に皇妃の夜伽の身代わりという役目を経験しているから、みんなからはそういう関係だと思われている。だから今日、そういうことになっても、皆、何も思わないだろう。とはいえ、今は寝間着だし、マッサージもストレッチもなかった。何よりも、こ、心の準備が……!
「フローラ」
「ひゃい」
声が裏返り、変な返事になってしまう。
それを聞いたガレスがフッと実に色っぽく笑った。
ますます心臓がドキドキし、全身が急激に熱く感じる。
「ただ一緒に眠りたいだけだ」
「え……」
「フローラがそばいるだけで、それはとてつもない安心感をもたらしてくれる。共にベッドで横になるだけでいい。だからこのままわたしと、一緒に休まないか?」
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【新作】完結まで書き下ろし済み
『周回に登場する中ボス(地味過ぎ!)魔女に転生!
~乙女ゲーなのに恋とは無縁と思いきや!?~』
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主人公が明るく前向き。
もふもふも登場し、可愛い使い魔もいます。
攻略対象の四人もそれぞれ個性があり、子供からの登場で生意気だけど憎めない!
悪役令嬢やヒロインの動きは!?
そして毎日私を倒しに来る攻略対象たち。
乙女ゲーなのに中ボスだから、恋愛ないのですかー?と思っていたら……!
初日の本日は10話以上更新しています。
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