番外編:モノローグ
読者様リクエストのリンドン視点です。
美しい王子様。
聡明な王子様。
文武両道な王子様。
家臣が口にする僕への賛辞。
でもそれだけではない。
生まれながらにして、未来が約束されていた。
ただの王子ではない。
僕は王太子なのだ。
世界は僕を中心に回っている。
そう感じながら生きていた中で、初めて感じた屈辱。
それは。
「リンドン。この子はフローラ・リリー・スペンサー。スペンサー王国の第一王女で、リンドンの婚約者だ。つまり未来の王妃だよ」
父親である国王から紹介された少女。
亜麻色の髪に淡いアメシストのような瞳。
ミルク色の肌に薔薇色の唇。
チェリーピンクのドレスに身を包んだその少女は、美しい人形のようだった。
「リンドン王太子殿下、フローラでございます。どうか仲良くしてください」
可愛らしい微笑み。
ここまでは良かった。
僕の隣に並ぶに相応しい容姿をしている。
しかも友好国の第一王女。
身分としても申し分ない。
だが。
一緒に庭園を散歩し始めると――。
「殿下、見てください。こちらのお花。いい香りがしませんか?」
「? あ、ああ。甘い香りがしますね」
「ですよね。このお花、お星様みたいで可愛いですよね。でも名前はヘリオトロープというのですよ」
何? ヘリオ、なんだって?
「春から秋にかけて花を咲かせ、こちらのような紫色の花が多いのですが、白いお花もあるんです。この甘いバニラの香りが人気で、香水の原料になりますし、ハーブとしても使われます。花言葉は……」
スペンサー王国はバラの産地として知られ、狭い国土のほとんどがバラ園だ。自然と緑を愛する牧歌的な国……。
頭の中はお花畑だと思ったのに。
この人形、賢過ぎる。
僕の隣でただニコニコ笑っていればいいのに。
その後も、会う度に花の話をしたり、そこから派生して森林における生態系や治水にまで話が広がる。その知識は……僕を上回るものだ。
それでいて僕が微笑みかけると、そのふっくらとした頬を赤く染めて照れる。
ふん。
どんなに賢くても所詮は女だ。
僕の容姿にメロメロ。
御しやすい存在だ。
「フローラは綺麗で可愛くて、ふわふわした子でいてくれればいいんだよ。僕の隣でいつもニコニコしていればいい。僕に甘える愛らしいフローラでいてくれると、嬉しいな」
この一言で簡単に大人しくなった。
どうでもいい花の話もしなくなる。
植林の重要性など解かなくなった。
僕の可愛らしいお人形。
それでいいんだ。
君は大人しく僕の手の平で、転がされていればいい。
◇
フローラという人形。
別に愛してなどいなかった。
お飾りの妃として利用することしか考えていない。
そう、お飾りの妃として有効活用を考えていたのに。
状況は一変する。
父上と母上の作戦は帝国に漏れ、とんでもない敗北となった。
国は滅び、王太子という身分さえ失った今。
僕に残されたのは――。
あの人形だ。
フローラ!
しかも驚いた。
逃亡し、どこかで野垂れ死んだと思ったら、生きていたのだ。
奴隷になり、しかも皇帝の初夜の練習相手をした?
愛妾として皇帝に侍っている……。
汚れた人形。
だが、使える駒は使うべきだろう。
ちょっと優しい言葉をかけたら、すんなり言うことを聞いた。
幼い頃から洗脳してきた甲斐があった。
しかも捨て駒にするつもりなのに。
「フローラ、必ず君のことを迎えに行くから。僕達が逃げられるよう、協力してもらえるかい?」
「分かりました」
バカな人形。
皇帝のお手付きになった女など、迎えに行くつもりなどない。
あっさり従い、気絶させられ、一人牢屋に残った。
◇
脱獄した後、考えたこと。
それは僕のことを無様に扱った皇帝への復讐だ。
離れた場所で残党を集め、軍を組織し、蜂起するという方法もある。
だがそれでは時間がかかる。
それに帝国軍に匹敵する軍にするには、無理があった。
せめてあのマーカスがいたら……。
アイツは殺すには惜しい男だった。
少人数でできる復讐。
それは暗殺だ。
そして今、僕は皇帝のお膝元にいる。
しかも宮殿には、僕の穢れた人形もいるのだ。
従順で使い勝手のいい人形が。
しかも皇帝の寵愛を受けている人形が。
またとない復讐のチャンスだと思った。
しかし。
飼い犬が僕の手を噛んだ。
飲ませろと命じた毒入りのドリンクを床に落とした。
使えない人形め。
だがいい。
僕は復讐のプランを二つ考えていたのだから。
花を愛するしか能のないスペンサー王国の元王女に、毒入りのドリンクを皇帝に飲ませるなんて。どうせ失敗し、その場で弁明できず、斬り捨てられる可能性も考えていた。
そうはならなかったことに、驚いたくらいだ。
「フローラ、きっと来てくれると思ったよ」
手を差し出すと、当たり前のように僕にエスコートされるお人形。
自分自身が皇帝の復讐の材料になると気が付かず、大人しく馬車に乗り込んだ。
ああ、フローラ。
君は本当に最高だ。
最後まで僕の捨て駒の人形として活躍してくれるんだね。
誤算はただ一つ。
あの憎き皇帝ガレスが、あそこまで迅速に動けたことだ。
なんなんだ、あの機動力は?
人形は宮殿内のどこかに消えたと捜索し、その後に宮殿の外へ連れ出された可能性を考えるのでは?
でもよく分かった。
それだけ僕の人形を、あの皇帝は寵愛しているということだ。
血相を変え、自らが先頭に立ち、僕達を追うぐらいに。
ならばいい。
この人形を皇帝の目の前で亡き者にしてやろう。
最悪、僕が捕まっても、この人形がボロボロになれば――。
僕の勝利だ。
復讐と勝利のために、僕は人形に別れの言葉を告げる。
「感謝してくれよ、お姫様。早く、飛び降りて」
お読みいただき、ありがとうございます。
ざまぁで極刑にするのは苦手なのですが
今回はヒューマンドラマということもあり
なんとか書ききりました。
とはいえ。創作物のキャラクターであっても
命の重みを考えるとどうしても重い刑は……。
ということで徹底的な悪役にさせていただきました。
リンドン視点も気になると言う声もありましたので
番外編としてこちら書き下ろしました!






















































