56:理由を知りたい
私がスペンサー王国の第一王女フローラであると、いつ気づいたのかとガレスに問うと、「スペンサー王国で、奴隷商人の檻の中にいるのを見つけた時から、フローラだと分かっていた」と言われた。
対して私はこう予想していた。
初夜の練習相手として寝所で会った時には、照明が薄暗くて気づかなかった。でも翌朝、ソファで眠る私をじっくり見て、フローラだと気づいた。ソークとの一件もあったから、私のことは離れに置くつもりだった。だがそれとは別に、私との再会を喜び、「満足した」と言ってくれた。私が皇帝の寵愛を受け、離れに滞在していると思われるようにしてくれた――そう考えたのだが。
この予想を裏切る、かなり早い段階で、私がフローラであると、ガレスは気づいていたことが分かった。
そうなると、大いに疑問だ。
ガレスは父親である皇帝には相手にされず、アーシェ皇妃からは命を狙われ、ノリス卿と出会うまでは、部下さえも信じられずにいた。そんな中、「フローラとの思い出が心の支えだった」と言っている。
でもそのフローラである私と対面した時。
――「初夜の練習相手としてここにいるんだろう? さっさとベッドに行け」
そう、ガレスは言ったのだ。
心の支えだという相手に投げかける言葉とは思えない。
上目遣いでガレスを見ると、彼は自身の前髪をかきあげ、ソファにもたれる。
「……皆まで言わないと納得できない、という顔だな」
「当然です。心の支えだと思う女性に対し、投げかける言葉ではなかったと思います」
「それは……反論のしようがないな」
この会話で、お互いに何の話をしているか、認識は一致していると分かった。
「反論のしようがないな」で終わらせるつもりはなく、ちゃんと話して欲しいと感じていた。既に暴君ガレス=怖いというイメージは薄れている。一人の人間として向き合いたいと思っていた。
「フローラ。これから話すことを聞いて、怒らないで欲しいのだが」
暴君と言われているガレスが、私から怒られることを恐れているの……?
なんだか不思議な気持ちになる。
「分かりました。私はなぜあんな言葉を陛下が口にしたのか。理由を知りたいだけです」
「では話そう。その前に」
そう言うとガレスは、ソファに置いていたローブを手に取った。
それは黒のフード付きのローブだ。
おもむろにそれを広げると、袖を通した。
冷えるのかしら? 新緑の長袖一枚で過ごせる季節なのに。
そんな風に思っていた私だったが、そのローブを着て、フードをガレスが被った瞬間。
血の気が引きそうになった。
「な……どうして、え、嘘ですよね……?」
「残念だが、これが事実だ」
あまりにも衝撃的過ぎて、体が震えた。
そして……理解できないと思った。
言葉が出ない。
「悪かった。フローラ。でもこうするしかないと、考えた抜いた末の決断だった」
何をどう考えたらこうなるのか。
全く分からなかった。
「わたしは……本当にスペンサー王国を滅ぼすつもりはなかった。だがリンドンの陰謀があったとはいえ、結果的にスペンサー王国は焼け野原になり、国王夫妻は毒を飲み、命を絶った。間接的であれ、この戦のせいで、隣国へ逃げようとしたフローラの幼い弟や妹も亡くなっている」
ズルい。なぜここでそのことを言うの!
家族のことを思い出すと、特にまだ幼くして山賊の手で命を奪われた二人の弟や妹のことを思うと……。
涙がポロリ、ポロリとこぼれ落ちる。
「フローラの家族を、国を、民を。多くを死に追いやることになった責任は、わたしにある。だから……君の手で、わたしを殺して欲しいと思った」
「な……! 私を殺人者にしたかったのですか!?」
「そうだな。そう責められても仕方ない。……わたしは……フローラが、全てを奪ったヴィサンカ帝国の皇帝を、恨んでいると思った。復讐したい、殺したいと考えて当然だと思っていた」
ガレスの顔に初めて感情が表出した。
それは苦しみ。悲しみ。後悔。
見ているのが辛くなるような表情をしている。
こんなにも苦悩しているガレスを、責めるようなことを言いたくはない。
だが気持ちとは裏腹に、私は彼を断罪している。
「だからって、ソークだなんて名乗り、自分を暗殺させるために、私を奴隷商人から買ったのですか!?」
「そうだな」
「初夜の練習相手って、何なのですか! そんなふざけたことを……」
ガレスの悲痛な眼差しと表情に、胸が苦しくなる。
ふざけてやったことではないと、分かっていた。それでも怒りの言葉を、投げつけずにはいられなかった。
「ノリスは常にわたしのそばにいる。彼の目が光る場所で、わたしの暗殺は無理だ。ノリスの目が離れるのは、女性と共にわたしが寝所へ入った時だけ。奇しくもフローラは奴隷商人に攫われてしまった。だが攫った相手が誰であるか、見当はついていた。そしてヴィサンカ帝国の独特の慣習を思い出し、わたしの中で一本の筋書きが完成した」
突然立ち上がったガレスは、テーブルに置かれていたナプキンを私に手渡す。止まることなく流れる落ちる涙を拭くようにと、わざわざ渡そうしてくれたのだ。
その手を払うこともできた。
でもそれはできなかった。震える手で受け取ろうと手を伸ばしたその時。
そのまま手を掴まれ、抱き寄せられ、その胸に抱きしめられていた。
「本当に、こんな形で騙すことになり、すまなかった。あの日の夜、投げかけた言葉。あれは本心ではない。フローラが私を暗殺しやすくするために、わざと煽るような言葉を投げつけた。君が屈辱と感じ、怒りを燃やし、復讐したいという気持ちが高まり、ひと思いにわたしを殺せるようにと」
その腕の中から、逃げたいと思う一方で。
沸きあがり、爆発しそうな感情は、この腕の中で押さえてもらえわないと、大変なことになると思っていた。
「だが暗殺なんて簡単なことではない。フローラは優しい心の持ち主だ。怒りという負の感情を維持し続けるのは、難しいことだったと思う。何度も考え込む君を見て、この計画はうまくいかないのでは?と不安になった。だから極限まで追い込み、『興が冷めた』と突き放し、ああやってベッドで無防備に寝ているフリをして、君が暗殺をしやすいようにしたつもりだった……」
「ご自分の命を、どうしてそんなに粗末に扱えるのですか!?」
「わたしの命なんて、フローラに比べたら全然軽い」「そんなわけありません!」
叫ぶ私をぎゅっと抱きしめ、「そうだな。すまない」とガレスは何度も謝る。
「眠ったフリをするつもりだった。だが……フローラが全て終わらせてくれると思ったら、全身から力が抜けた。暴君として皇帝の座についてから、熟睡なんてできなかった。でも君に会えて、それだけで満たされ……。でもまさか眠りこけるとは思わなかった。ましてや寝言を口にしたり、涙をこぼしたりするなんて……自分でも想定していなかった」
「もし寝言や涙をこぼしてくれていなかったら、私は暗殺を遂行していたかもしれないんですよ! そうしたら、取り返しがつかないことになっていました。分かっていますか、陛下! あなたがやったことは、最低です!」
再び私をきつく抱きしめ、ガレスは「フローラの言う通りだ。ごめん」と繰り返す。
「朝、スッキリと目覚めた時。それは不思議な感覚だった。当然、自分は死んでいると思っていた。それなのに目が開き、生きていると強く実感できんだ。半信半疑で起き上がり、どこにも怪我がないと分かり、驚いた。千載一遇のチャンスなのに、なぜフローラは手を下さなかったのかと。ソファで眠る君を見て『自分は許されたのか?』と考えることになった」
十三歳でヴィサンカ帝国に来て、現在二十歳。熟睡できない七年間で、どれだけの疲労が蓄積されていたのだろう。自分の意志とは無関係に、大人達に押し付けられた役目のために、苦しい日々を送った。悪いのはリンドン達なのに、自身の責任を強く感じ、挙句私から暗殺されることを願うなんて……ガレスは大バカ者だ!






















































