53:薔薇の思い出
戦で頑張った騎士や兵士を労う。そのための宴は明日。今日は、与えられた褒章や名誉を家族に報告するため、皆、屋敷や宿へ帰る。そうネピは教えてくれた。ならばガレスと夕食をしながら話ができると思った。
ところが。
ガレスのところから来た使いに、夕食の提案を伝えるよう、お願いすると、「かしこまりました。皇帝陛下にお伝えいたします」と返事をして、すぐに帰って行った。なんとなく快諾されると思い、ネピに夕食の用意をお願いしていたが……。
「リリー、皇帝陛下は予定があって、夕食は無理だって。今、陛下からの使いが来たよ」と、ナオが部屋に来て教えてくれた。これには「え」と思ったが、ナオに頼み、すぐにネピにガレスが来ないことを伝えてもらった。
食材が無駄にならないといいのだけど、と思いつつ。なぜダメなのかしら?と考えてしまう。
そこで「もしや」と思いつく。
女性はなんというか、こういうことに関する勘が鋭いと思う。
ガレスが新しい皇妃にと考えている令嬢。今日、宮殿の広間で見かけた、フードを被ったローブの令嬢。きっとあの令嬢とガレスは、夕食を共に摂るのではないかしら? うん、そうだ。そうだと思う。
そう考えると、なんだか気持ちが落ち着かない。
でもここでまた、あの令嬢が誰なのかと考えても、また堂々巡りになる。もう考えるのを止めよう。
夕食まで、まだ時間がある。ナタリアとロスコーに手紙を書こう。
こうして手紙を書き始めると、あっという間に書き終えてしまった。
そこで渡す機会があるのか、ないのか。分からないがソークへの手紙も書いてみた。
あの地下牢で助けてくれたことへの御礼。
できればもう一度会いたいということ。
ぜひ顔を見せて欲しいということ。
それにあのキスは何だったのか、説明して欲しい……などなどだ。
そうしているうちに夕食の時間になった。
ダイニングルームへ向かい、食事が始まると、何とも言えない気持ちになる。
料理はいつも通り、とても美味しい。
一流の調理人が料理してくれたものだ。スペンサー王国で食べていたものと遜色ない。むしろ交易路として陸路と海路を持つヴィサンカ帝国なだけあり、調味料も充実しており、ソースや味付けにバリエーションもあった。
そばにはナオとイーモがいて、給仕もしてくれている。
これ以上望むなんて、贅沢だと分かっていた。
それでも、この席にガレスがいるだろう、一緒に食事をしているだろう、そんな想像をしてしまっていたのだ。どうしても物足りなく感じる。一人で食べる食事を、寂しく感じてしまう。
今、ガレスがあの令嬢と食事をしていると思うと、なおのことモヤモヤした気持ちになる。
「リリー様、もうよろしいのですか?」
「ごめんなさいね、イーモ。この仔羊肉は、柔らかくて臭みもなく、本当に美味しいわ。でも、もうお腹がいっぱいで。……デザートも少なめでお願いできる?」
「かしこまりました。……ご希望の飲み物はございますか?」
そうイーモに聞かれた瞬間。
スペンサー王国で毎日のように飲んでいた、ローズティーのことを思い出していた。
「……ローズティーが……懐かしく思うけど、無理よね」
私の言葉に、イーモの顔がハッとする。
イーモだってスペンサー王国の貴族だった。ローズティーを知らないわけがない。
「……リリー様、お気持ち、よく分かります。後ほどメイド長に相談してみますわ。今、薔薇の値は高騰しており、薔薇を使った香水も紅茶も、お菓子も、値段が高く、流通量が減っているそうです」
この大陸で一番の薔薇の産出国だったスペンサー王国が、あんな状態になってしまった。薔薇の高騰も、仕方ないことだ。
「ありがとう。手に入ったら嬉しいわね」
イーモが、半分以上残してしまった仔羊のロティが載った皿を下げてくれる。ナオは、デザートと食後の紅茶のために、テーブルを片付けてくれる。
そこからしばらくして、ネピがトレンチを手に部屋に入って来た。
その瞬間、みずみずしい薔薇の香りを感じる。
「リリー様、陛下が食事を一緒にできないお詫びと言うことで、ローズティーと薔薇の砂糖漬け、薔薇のマカロン、薔薇のチョコレートを届けてくださいました!」
これにはもう、自然と笑顔になってしまう。
ヴィサンカ帝国では、紅茶と言えば、ブラックティーで砂糖、レモンを入れて飲む。特に好まれるのは、ジャムと一緒に飲む方法。季節ごとにジャムの種類が代わり、今はストロベリーのジャムだ。
ローズティーは勿論、ミルクティーもほとんど飲まれていないため、わざわざ用意してくれたものだと嬉しくなっていた。特に砂糖の薔薇漬けは、ロスコーと森を彷徨っていた時に、宝物のようにして食べていたもの。口の中に入れて広がる、薔薇の風味と甘さに、涙が出そうだったことを思い出す。
テーブルに薔薇を使ったスイーツが並ぶと、芳醇な香りが広がった。
うっとりしながら、まずはローズティーを飲み、ほっこりする。
薔薇のマカロンを食べた時は、一瞬、このダイニングルームが、スペンサー王国の宮殿に見えた。
「フローラ、薔薇のマカロンばかりではなく、このレモンのマカロンも美味しいわよ。食べてごらんなさい」
「母君、フローラはレモンより、こちらのフランボワーズの方が好きなはずですよ」
「あー、お兄様、それ、私も食べたいぃぃ~」「えー、ぼくもそのピンクの食べたいぃー!」
家族みんなでスイーツを楽しんだ春の午後のティータイム。
窓から注ぐ陽射しは限りなく優しく、この平和は永遠に続くと思っていた。
「リリー様」
ナオの声に我に返る。
「どうぞ、こちらを」
差し出されたハンカチに、自分が涙をこぼしていたことに気づく。
「薔薇の香りは、スペンサー王国を思い出しますわよね。でも大丈夫です、リリー様。これからはヴィサンカ帝国で、新しい薔薇の香りの思い出を作りましょう」
「イーモ……」
思いがけず、薔薇の香りで郷愁に駆られ、感傷的な気分になってしまった。
何より家族のことを思うと胸が張り裂けそうになる。
こうやって何かの折に、家族を思い出し、涙が落ちること。
これは一生続くだろう。
それでも生きて行くと決めたのだ。
深呼吸をしながら、心の中で祈りの言葉を唱える。
静かな時間が流れた。
久しぶりに薔薇の風味を楽しめたことで、悲しみもあったが、幸せな気持ちにもなれたと思う。そして幸せを感じることに、罪悪感を覚えないようにしようと思った。私だけ生き残ってしまった――そんな風には考えず、生かされたこの命で、幸せになるのだと心に誓う。
こうして部屋に戻り、ガレスの訪問に合わせ、ドレスを着替えることにした。
すると、当たり前のようにネピから「入浴されますよね?」と聞かれ、「あ、そうなの?」と思うことになる。来客がある場合は、それが終わってから入浴なのかと思っていた。でもヴィサンカ帝国は違うのかしら……?と。
ただ、郷に入っては郷に従えなので、言われるまま、入浴をした。
入浴を終えると、バニラの香油をつけてくれる。その後はマッサージをして、軽くストレッチ。ストレッチはそう言えば久々ね……と思うが、なんだか激動の日々だったので、それどころではなかったというのもある。
「今日はこちらでよろしいですよね?」
ニッコリ笑顔のネピが、白のバスローブを着た私に見せたのは、淡いピンクからラベンダー色にグラデーションしているナイトウェア。白のレース刺繍があしらわれたチュールも重ねられており、とても上品で美しいが……。
「!? どうしてナイトウェアなのかしら!? これからガレス皇帝陛下と会うのよ……?」
「はい。ですからとっておきの一着ということでこちらにしましたが、こちらがよかったですか、それともこちらですかね?」
そう言ってネピが見せてくれるのは、どれもナイトウェア!
「ち、違うわよ、ネピ、そうではなくてイブニングドレスをお願い」
「え! 今からドレスを着るのですか!?」
ネピとその後ろに控えるメイドも驚いているけど、驚きたいのは私だった。
昨晩、寝間着にガウン姿でガレスに会ってしまい、恥ずかしい思いをしている。今日はちゃんとドレスを着て会うつもりだった。
「既に陛下はいらしていて、もうお部屋へご案内が済んでいるのですが……。お待ちいただきますか?」
「え、もういらしているの!?」
衝撃を受けるが、でも入浴にかなり時間をかけてしまった気がする。
本当はもっと入浴は手早く済ませるはずが、ついリラックスしてしまい……。
それにマッサージはいつもより念入りだったし、ストレッチまでしていたからだ!
ナイトウェア姿で会うのと、ドレスに着替え身支度が整うまで待ってもうらのと、どちらが失礼にならないのか。
考えるまでもない。
皇帝の時間を無駄にするわけにはいかなかった。






















































