52:気にかかること
グランドパレスに戻るというナタリアとロスコーは、宮殿のエントランスから馬車に乗りたいと提案した。理由は、宮殿の庭園を見ながら、エントランスまで行きたいから、ということだった。
でもこれは、私への配慮だと思う。
この離れにはナオ、イーモ、ネピもいてくれる。二人がグランドパレスへ戻っても、私は独りぼっちになるわけではない。でも少しでも長く、二人と一緒にいたい気持ちを汲んでくれたのだ。
私は宮殿のエントランスまで、二人を見送る。
つまり宮殿の庭園を、三人で歩いて行けば、おしゃべりがまだできるということだ。
こうして三人で、並んで歩き出す。護衛の近衛騎士は、距離を空け、後ろをついて来ている。
庭園を歩いているので、自然と話題は、スペンサー王国では定番のガーデニング談義だった。
ロスコーは騎士だが、休日はやはり庭いじりをしており、お気に入りはアストランティア。スペンサー王国は冬でも温暖で、夏は酷暑になることも多い。アストランティアという花は、寒さに強く、暑さに弱かった。実はスペンサー王国で栽培するのが大変。温室で栽培されることも多い。
でもロスコーは、屋外でいかに美しくアストランティアを栽培できるか……に挑戦していた。そう言った意味では、ヴィサンカ帝国は短い冬ながら寒さが厳しく、夏は比較的過ごしやすいというので、アストランティアの栽培には向いているのかもしれない。
春は逃したけれど、秋に植え付けをすれば――そんな話をしているうちに、宮殿のエントランスホールに到着した。
このエントランスホールを見ると、リンドンに促され、馬車に渋々乗り込んだ時のことを思い出す。それは昨晩の出来事なのだけど、なんだか遠い過去のことのように思える。
「ではリリー様、また遊びに来ますね」
「リリー様もお時間があったら、グランドパレスにいらしてください」
「ええ、また二人に会えるのを、楽しみにしているわ!」
そんな挨拶を交わし、二人を見送った。
遠ざかる馬車を見つめながら、ナタリアとロスコーに会えたのは、ガレスのおかげだと、しみじみ噛み締めていた。昨日の今日で会えるということは、大急ぎで手配をしてくれたはずだ。
昨晩はリンドンの尋問をして、離れにも顔を出してくれた。その上でナタリアとロスコーに会えるよう、手を回してくれるなんて……。
二人がガレスのことをとても褒めた、というのもある。でも私の中で、ガレスの評価はぐんぐん上がっていた。一方のソークは……。彼を否定する気持ちはない。助けてくれたことに感謝しているし、会いたい気持ちは変わらない。ただ、ガレスの評価だけが、急上昇だった。
「では離れへお戻りになりますか?」
「ええ、そうします。庭園を通ってきたから、宮殿の中を通って帰ることにするわ」
宮殿の内廊下には、大理石の通路に赤絨毯が敷かれている。左右の壁には絵画が飾られ、立派な彫像が置かれていた。どれもこれも著名な画家や宮廷画家が描いた絵で、見応えがあった。彫像は歴代の皇帝や歴史の偉人、神々のもので、こちらもまたインパクトがある。
さらに天井のフレスコ画も、シャンデリアも大変豪華。
つまりどこを見ても「すごい!」だった。
まるで美術館を見ているような気分になれるので、内廊下を歩いて帰ることにしたのだ。
しばらくは真っすぐの一本道の廊下を進むことになるが、途中で広場に着く。
そこで左右へ通路が伸び、さらに真っすぐ進む廊下も三つに分かれる。
そのホールにまさに着いた時。
大理石の柱が立ち並ぶこの空間をぐるりと見渡し、左手に伸びる通路の先に、見覚えのある後ろ姿を発見した。
アイスブルーのサラサラの髪に、パールグレーのマント。そこには、ライオンと氷の結晶と白い薔薇の紋章。
ガレス!
その彼の横にいる人物は……。
ガレスと変わらない高身長で、アイスブルーのフード付きローブを着ている。フードを被り、ローブも長いので、どんなドレスを着ているは分からない。でも裾からチラチラ見えるレースを見る限り、とても上質そうなものに思える。
何よりも、ガレスの髪色と同じローブを着ていることに、なんだか胸がざわざわした。
しかも……。
少し離れた場所に、ノリス卿など近衛騎士がいるのに、ガレスはその令嬢の肩に手を回し、周囲の様子を窺っている。思わず、太い柱の影に隠れてしまう。
え、だ、誰……?
あんな風に肩に手を回すなんて、相当親しい関係よね?
それに周囲を気にするって……。
心臓がドクン、ドクン、ドクンと大きな音を立てている。
再び、柱の影から二人がいた方を見るが、もうそこにガレスと謎の令嬢は勿論、ノリス卿も他の近衛騎士の姿もない。
「あ、あの、リリー様」
声に体がビクッと反応してしまう。
近衛騎士の一人が、心配そうに私を見て、こんなことを教えてくれる。
「そちらはウエスト・エリアと呼ばれ、宮殿の使用人、兵士、騎士の宿舎がございます。……宮殿付きの使用人の中には、行儀見習いの貴族の令嬢がいることを、ご存知ですか? 皇宮専属使用人に比べると、数は少ないですが」
「そう、なのですか……」
「はい。主に男爵家の令嬢が多いのですが、稀に伯爵家の令嬢が、着任することもあります。伯爵家といっても、その中で序列があると思いますが、特に高位である場合。皇帝が宮殿や宿舎を案内するようなこともあるかもしれません」
この言葉に近衛騎士が、私を心配してくれているのだと分かった。
でもそれはそうだ。
急に立ち止まり、ガレス達を見て、そして慌てて柱の影に隠れた。
しかもあの令嬢は誰!?と、顔色を変えてしまったのだ。
あきらかにガレス達を意識し、挙動不審になったのだから、心配されて当然だった。
「ごめんなさい、急に立ち止まってしまって。……宮殿付きの使用人の中にも、貴族のご令嬢がいるなんて驚きました。さすがヴィサンカ帝国ですね。スペンサー王国では、王宮付きの使用人の中に、行儀見習いの貴族のご令嬢は確かに何人かいました。ですが宮殿付きの使用人は皆さん、平民の方ばかりでしたので」
そこまで話し、「しまった!」と思う。
奴隷女がなぜそんなことを知っているのか……と思われていないかしらと近衛騎士を見ると、二人は人の良さそうな顔でニコニコ笑っている。
ガレスもそうだけど、ヴィサンカ帝国の人達は、噂で聞いていたような意地悪で怖い人ばかりではない。勿論、オールソップ公爵のような、恐ろしい人がいないわけではないだろうけど……。
ともかく離れに戻った私は考える。宮殿に新しく入った使用人が、そもそもいるのか。いるならば、誰なのか。メイド長に教えてもらえないかと考えた。ナオを呼び、声をかけるところまでいきかけ、思い留まることになる。
仮にさっき見かけた令嬢が使用人なのかどうか、はたまた名前や爵位が分かったところで、私は何をしたいの? それにどうしてそんなにあの令嬢が気になるのか?
あの令嬢は、ただの行儀見習いの貴族の令嬢かもしれないし、そうではないかもしれない。どちらかであると判明したところで、私には関係のないことだ。
そこで思い出す。
新しい皇妃にピッタリの女性がいると、ガレスは言っていた。もしかするとあの令嬢なのかもしれない。どう見てもスタイルもよく、ガレスと並んだ後ろ姿は、まさに美男美女だった。きっと、お似合いだろう。
私はあくまで皇妃の夜伽の身代わり。新しい皇妃が決まるなら「よかったですね」でいいはずだ。
そこにネピがやってきて、ガレスが今晩来る時間を教えてくれる。来訪の時間にあわせ、夕食にしましょうと言った後に、こんなことを口にした。
「せっかくなので陛下に、離れで一緒に夕食を摂ることを、提案してみてはいかがですか?」
「でも今日は戦績褒章の儀で、沢山の騎士や兵が宮殿にいるのでしょう? 彼らと夕食を摂るのではないの?」
「いえ、それは明日の戦勝慰労の宴です。今日は戦績褒章の儀のみで、皆さん、それぞれ帰館されています。今日は各々の屋敷や宿で、家族や親戚とお祝いですよ」
なるほど、と思う。
それならガレスに、夕食を提案してもいいかもしれない。
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