51:再会の喜び
ナタリアとロスコーが、結婚の約束をしているという嬉しい情報でしばらく盛り上がった後。
ガレスのことをどう思っているのか、ナタリアが語り出した。
「皇帝陛下は、かなり多忙なようで、ヴィサンカ帝国の地下牢で、初めて本人と会い、話をしました。私もロスコーと同じです。直接話をして、ハーティントン国の悪事を知り、そして皇帝陛下の人柄を理解しました。彼は、王女様を不幸にするつもりはないと決めている――それが強く伝わって来たので、信じることにしたのです。それまでは反抗的な態度をとり、また自分がフローラ王女であると言い続けたので、警戒されていました。でも自分が王女様の侍女であったことも話すと、今いるグランドパレスへ移していただけたのです」
そこでナタリアは、紅茶を上品に口にして、話を再開する。
「でもまさか皇帝陛下ではなく、そのソークとかいう人物が王女様を見つけ、暗殺を持ちかけるなんて……。ソークは恐ろしい人物だと思います。いくら皇帝陛下が普段は隙を見せず、その傍には近衛騎士隊長がいて、自身で暗殺が難しいとしても。王女様に暗殺を促すなんて、最低だと思います。兵士だか騎士だか、スパイなのか。それは分かりませんが、王女様の手を汚させようとするところが……許せません」
ナタリアが憤ると、ロスコーもそれに同意する。
「もしそのソークが騎士であるならば、同じ騎士として許せないですね。騎士であるならば、自らの手で敵を倒すべきです。寝所で無防備なところを襲うなど、騎士がそんな計画を立てること自体、非道なこと。ましてやそれを王女様に命じるなど、騎士道から外れています。しかもあの皇帝を、そんな手段で暗殺しようと考えるなんて……」
ロスコーは、怒りよりもショックを隠せないという感じだ。
「本当に王女様。暗殺を断念して良かったです。ガレス皇帝陛下を失ったら、この帝国は、いえ、この大陸が。この世界にとって大損失でした。ソークという人物に会えるなら、その腐った根性を、叩き直したいところです」
「そうですね。騎士として、一からやり直させたいと思いますね」
二人とも、ソークの評価が散々だ。
私は密かにソークに想いを寄せていたのに。まさかこんな風になるとは……。
なんとかナタリアとロスコーのソークへの評価を変えたいと思い、私は口を開く。
「でもソークは、いざとなったら私を連れて逃げて、そこで二人で生きようと言ってくれたのよ」
「王女様は世間知らず過ぎます。悪い男は、そんな言葉で純粋な令嬢を騙すのです。王女様のような美しい女性は、そのソークからしたら、高嶺の花のはず。うまいことを言って不埒なことをした後、捨てるつもりだったと思います。一緒に生きようという甘言で、王女様の警戒を解き、弄んだらお終いにするつもりだったのでしょう」
男性であり、騎士でもあるロスコーにそう言われると、「えええええ、男性ってそんな生き物なの!?」と大変ショックを受けることになる。
だが、ソークはそんな風に考えていたとは思わない。
焦りながら、ソーク最大の美談とも言える、あの件を持ち出すことにした。
「でもソークは地下牢で、私を害そうとしたオールソップ公爵から助けてくれたのよ」
「それはそうかもしれません。ですがそのまま地下牢に王女様を放置し、自分達だけ逃げるなんて……。しかもたった三人の敵を倒したぐらいで、息切れとなり、倒れるようでは……。とてもではないですが、王女様を守るには、力不足だと思います」
いつも優しいはずのナタリアが、バッサリ斬り捨てる。
「三人を連続で倒すのは、騎士の腕として悪いわけでありません。ですが王女様を助けるのであれば、三人では足りないでしょう。もっと訓練し、剣術を磨き、一人で十人は倒すぐらいの気概がないと……ダメですね」
ロスコーも容赦ない。
その一方で……。
「走っている馬から飛び降りてまで、ましてや皇帝という立場の方が、王女様を守るためにその身を挺するなんて……とても勇気ある行動ですわ。しかも王女様の身は完全に守り、自身は傷ついている。それでも王女様を守ることができれば本望と考えるなんて……。さすがガレス皇帝陛下です。ご自身の命より、王女様の命を第一に考えているに違いありませんわ!」
「ともすれば自分が大怪我を負うかもしれないのに、共に河に落ちてまで助けようとする心意気は、実に素晴らしいと思います。さらにきちんと助け出すことにも成功している。その後も川岸までちゃんと泳いで王女様を救出し、火まで熾しているのです。すべきことを的確に完璧にこなすのは、さすがガレス皇帝陛下だと思います」
ガレスに対するナタリアとロスコーの評価は、すこぶる高い。
私を助けるという点では、ソークの行動もガレスの行動も、変わらないと思うのに!
これでもし実はソークが気になっている……と打ち明けたら「止めた方がいいですわ!」「騙されているのですよ」と、全力で否定されそうだ。
それにしても。
ナタリアもロスコーも、ガレスと直接話し、彼が私を大切にしようとしていると気が付いた。そしてガレスを信じることにしたという。
私がガレスと初めて会ったのは、初夜の練習相手として対面した時だ。だがナタリアもロスコーも、私より前に、ガレスと会って話をしている。
その二人は口を揃え、ガレスが私を大切に思っている、不幸にしようとは考えていなかったと言うけれど……。
初対面のガレスが私にまず放った言葉は、「初夜の練習相手としてここにいるんだろう? さっさとベッドに行け」だった。しかもその次に言われたのは「フードを外せ、ローブも脱げ。そしてその下に着ているものも、すべて脱ぐんだ」だった。
どう考えても、ナタリアとロスコーに対して言っていることとは違う。
つまりはとても、「大切にしよう」とか「不幸にしないように」と思える言動ではない。というかあの時は、剣だって突きつけられている。
ガレスは、もしかしてナタリアとロスコーを騙したの……?
でも結果として、私はトラブルには沢山見舞われたものの、ソークに助けられ、またガレスにも命を救われ、不幸にはなっていない。それに確かに初夜の練習となるあの夜を除き、ガレスからは大切にされている……と思う。離れで住むことが認められ、衣食住に不自由はない。
さらに「二度とそんなことはするな。わたしの命より、リリーの命の方が重い」「もし彼女に悪意を向ければ、それはわたしへの反逆とみなす」と、ガレスは言ってくれている。
よってガレスは、ナタリアとロスコーを騙したわけではないと思うのだけど……なんだか釈然としなかった。
でも話題は、幸せな話に移っている。私と再会できたのだから、ナタリアとロスコーの結婚はどうするのか。そんなはしゃぎたくなるような話に続き……。
「皇太后殿下は、とてもお優しい方ですよ。時々、不可解な行動をされますが、大人なのに、子供みたいで。私とは毎日のように、食後の一時間、人形遊びをしています」
「ねえ、ナタリア。皇太后殿下は、政治に興味を持っていたり、皇宮に戻ることを、願ってはいないのかしら?」
ナタリアは首を傾げ、ロスコーを見る。するとロスコーはこんな風に答える。
「政治のことなんて、全く考えていないと思います。今の皇太后殿下の頭にあるのは、可愛らしいドレスのこと、ティータイムの美味しいスイーツ、ナタリアとの毎日の人形遊び。そんな感じに思えます」
ガレスに敵対する勢力が、皇太后を担ぐ可能性も一時考えたが、どうやらその心配はなさそうだ。
この世界では高齢の男女がかかる夢見病という病がある。現実ではなく、夢の世界で生きているようにふわふわして、童心に返る病だ。時に退行し過ぎて、まるで赤ん坊のようになってしまい、お世話するのが大変になるとも聞く。もしかすると皇太后は、この夢見病にかかっているのかもしれなかった。皇太后は高齢という程の年齢ではない。だが稀に高齢ではない方でもこの病になると聞いたことがある。
そんな話を終え、時計を確認すると、ナタリアは残念そうにこう切り出す。
「日が暮れると、ボートを出せなくなるのです。よほどの緊急時を除き、グランドパレスは湖に浮かぶ島にありますから。ですので、そろそろお暇させていただきます」
これには「えっ」と残念な気持ちがこみ上げるが……。
「今日は、今朝早くに皇帝陛下から連絡が来て、宮殿に来るようにと伝えられました。慌てて出てきてしまい、何の準備もできませんでした。手土産もなく、手ぶらで来ることになったのです。ですが次回はいろいろ用意し、お邪魔させていただきます。その時は皇都に宿も取りますので、ゆっくり食事も楽しみましょう、王女様」
ロスコーからもそう言われると、仕方ない。今日だけしか会えないわけではないだろう。
二人を見送ることにした。






















































