50:グランドパレスの住人
グランドパレスは、皇都から馬車で二時間程の湖の中央に浮かぶ島にある離宮だ。そこには物忘れが激しく、奇怪な行動をとることが増え、使用人を困らせていた皇太后が暮らしている。自然が豊かな場所であり、そのおかげなのか。皇太后の問題行動も、減っているという。
まさかその皇太后が、私を訪ねてくるの……?
そう思ったが!
ドキドキしながら離れのエントランスに出て、馬車の到着を待っていると……。
一台の馬車が、前後を騎士に挟まれ、エントランスへと入って来た。
皇太后であれば、もっと護衛が付くはず。
馬車が止まり、窓から中に乗る人の姿が見えた。
その瞬間、心臓がドキッと反応する。
私と同じ亜麻色の髪が見えた。
まさか……!
御者が馬車の扉を開ける。そこに見えたのは――。
亜麻色の髪に、紫を帯びた碧い瞳。リーフグリーンの落ち着きのあるドレスを着たその女性は……。
「ナタリア!」
「リリー様!」
そこでハッとする。
まさかのナタリアと再会ができた。でも、まだ私の身分のことを、ここにいるみんなは知らない。そう、このエントランスにいるネピ、ナオ、イーモ、それ以外の使用人のみんなは。
ガレスの配慮でナタリアはこの離れに会いに来てくれたが、あくまで私は“リリー”として会うことになるんだ。
気を引き締め、改めて馬車から降りてきたナタリアと抱き合う。
「リリー様、お元気そうでよかったです。でも……痩せましたね。お辛かったのでしょう」
「いろいろあったわ。でも今は元気よ。ナタリアは……痩せていないわね?」
するとナタリアの頬がポッと赤くなる。
さらにチラッと背後を気にしていた。
つられて馬車の方を見て「あっ!」と声をあげることになる。
そこには、濃いブラウンの髪にセピア色の瞳。ベージュのセットアップを着ているが、間違いない。その逞しい体つき。森の中を共に彷徨った王宮騎士のロスコー・トーナだわ!
そう、彼もグランドパレスにいると、ガレスが言っていた。
「ロスコー、あなたも無事でよかったわ!」
「はい、リリー様。またお会いできて、大変嬉しく思います」
ロスコーが破顔した。
◇
ナタリアとロスコーのことをナオ達には、スペンサー王国で暮らしていた時、私に仕えてくれていた侍女と騎士であると説明した。ガレスが二人を見つけ、引き合わせてくれたのだと伝えると、「「「それはよかったですね!」」」と大喜びしてくれたのだ。
さらに応接室へ、ナタリアとロスコーを案内すると……。
ナオ達は、テーブルに載りきらない程の沢山のスイーツと美味しい紅茶を用意してくれた。そして「ゆっくり、再会を祝い、話に花を咲かせてください」と、三人だけで話せるようにしてくれたのだ。
来客時、室内でメイドは控えることが多い。だが気を遣い、別室で待機してくれることになった。おかげで心置きなく、ナタリアとロスコーと話すことができた。もう二人も私を「リリー様」と呼ぶことはない。
まず、ロスコーと森の中で離れ離れになって以降、何があったのかを話すことになる。ナオとイーモとの出会いから始まり、ソークのこと。信頼できる二人だからこそ明かした、ガレスの暗殺を目論んだこと。ガレスの初夜の練習相手に選ばれたが、何もなく、その後、この離れに住むようになったこと。毒殺未遂事件の犯人にされそうになったり、命を狙われたり、リンドンとの一件も話すことになった。
それらすべてを聞いた二人は……。
「この短期間に、そんなことが……。でも王女様がご無事でよかったです!」とナタリアは涙ぐむ。一方のロスコーは、森の中であの時、何が起きたかを教えてくれた。
「不意打ちでした。森の中を彷徨っている間、人の気配、痕跡はなかったのに。まさに突然、現れた感じでした。ただ、道に迷っているつもりはなかったのですが、本来進むべき道から逸れていたようです。あの異国から来た奴隷商人は、とても手慣れていました。敗戦国において、逃げた国民がどこに隠れているのか。それを熟知していたようです。そういった観点で、あの森は逃げ場所として最適だったのだと思います」
つまり奴隷商人は、売り物にできそうなスペンサー王国の人間を見つけるために、あの森の中にも足を運んでいたということだ。そして私とロスコーのことを見つけた。
私には薬を含ませた布をかがせ、気絶させている。だがロスコーのことは、そうしていない。気絶した筋肉のある成人男性を運ぶのは、至難の業だ。よって急所を狙って不意打ちで攻撃し、拘束した。手首を結わかれ、足には枷をつけられたが、歩くことはできる。ロスコーは自力で歩かせ、奴隷市場まで連れて行こうとしたわけだ。
ところが。
そこにヴィサンカ帝国の騎士達が現れる。すると奴隷商人は私だけ担ぎ、逃走を始めた。帝国の騎士達は、私を攫った奴隷商人を追う。その一方で、残されたロスコーは、皮肉なことにヴィサンカ帝国の騎士に助けられることになった。助けられたが、ロスコーからすると、捕虜にされた感覚だ。
連行されたロスコーは、尋問され、拷問されるだろうと覚悟した。だがどんなにヒドイめに遭おうとも、何も話さないと心に決めている。
しかし。
尋問も拷問もなく、まずは食事を与えられた。続けて入浴を許され、休息することを勧められる。翌日、ロスコーの元に現れたのは、ガレスだった。
ガレスは、秘密の地下通路まで同行し、私と最後まで逃げ続けたロスコーが、ただの騎士ではないと理解していた。ロスコーになら話してもいいだろうと判断し、ハーティントン国の悪事を全て聞かせたのだ。
「ヴィサンカ帝国の、ガレス皇帝のイメージが変わりました。最初は、懐柔するために親切を装い、嘘をついている……とも思ったのです。ガレス皇帝は感情を表に出さず、その瞳は氷のように冷たい。ただ、王女様について話す時だけ、その瞳に熱がこもりました。そこで感じたのです。騙そうとしているのではない。真実を話していると」
そこからはロスコーが知る情報をガレスに話したものの。私を攫った奴隷商人は、異国の人間ということしか分からない。だがガレスは戦闘経験も豊富であり、敗戦国に群がる奴隷商人を何度も目撃している。目に余る者は罰していた。だが奴隷の人権を認め、売買記録もきちんと保管しているような奴隷商人については、目をつむっていたのだという。
というのも敗戦国の人々の中には、戦勝国の援助を頑なに拒む者もいる。このままでは病死や餓死するしかないのに。そんな彼らの一種の受け皿が、奴隷商人だった。人の売り買いを許すつもりはない。だが敗戦国の人々を野垂れ死にさせるわけにはいかず、ある意味、奴隷商人を受け皿として利用していたのだ。
つまり戦争が終わった地に、いつの間にか現れる奴隷商人について、ガレスは把握していた。よってロスコーが話した異国の奴隷商人にも思い当たるようで「後は任せろ。王女のことは必ず取り戻す」と告げたのだと言う。
「その後、選択肢を与えられました。スペンサー王国は、焼け野原になりましたが、これから街の復興を図る。よってこのままこの地に残り、復興活動に参加するというのが一つ目の選択肢。もう一つは、ヴィサンカ帝国へ共に向かい、王女様との再会を待つというものです。自分の役目は王女様を最後まで守ることだと思っていました。よって後者を選んだのですが……」
そこでナタリアが話を引き取る。
「グランドパレスに移送され、そこでロスコーと再会しました。お互いの無事を喜び、それからは王女様をガレス皇帝陛下が見つけ出し、助け出してくれることを願う日々になっていたのです」
さらにそこで私の直感が当たる。ナタリアとロスコーは、相思相愛であることが分かり、二人は交際を始めたのだという。
それだけではない。私が見つかり、再会できたら、結婚しようと決めていたという!






















































