47:もっと話す時間を
「ようやく到着したな。河にも落ち、疲れただろう。既に先触れを出しておいたから、すぐに入浴もできる。ゆっくり休むといい」
「ガレス皇帝陛下、今さらですが……。スペンサー王国のために、尽力いただき、ありがとうございました。ハーティントン国王やリンドンの暗躍のせいで、結果としてスペンサー王国は滅びましたが、でもそれは陛下のせいではないとよく分かりました」
この言葉を聞いたガレスの銀色の瞳に、涙が浮かんだように思え、心臓がドキッとした。
だが、すぐに冷静さを取り戻し、こんなことをガレスは言う。
「何があろうと、結局は結果がすべてだ。そのことに関して、言い訳をするつもりはない。わたしの力不足だ。……すべての責はわたしにある」
「そんな……!」
どうしてそんなに自分を責めるの!?
そこはハーティントン国王やリンドンが悪い、奴らのせいだと言っていいのに!
「「「リリー様~!」」」
離れからナオ、イーモ、ネピが出てきた。
「陛下、時間をいただけませんか。私はもっと陛下と話す時間を持ちたいです」
「……分かった。明日は一日がかりで、戦で功績を上げた騎士や兵士へ褒章を渡す行事がある。だが夜は時間が作れるだろう。……今回、大々的に行事を行うつもりはなかった。だが労をねぎらう場は必要だ。……つまり戦勝慰労の宴は明後日だから、明日の夜は予定がないはずだ」
「夜で構いません。何時でも構いません。お時間を作っていただければ」
熱心な私を見て、ガレスの口元が一瞬、ふわりと緩んだように思えた。
だが、きゅっと一度口を結び、それから「分かった。必ず向かう」と答える。
そこでノリス卿が馬車の扉をノックした。そして御者が扉を開ける。
こうして私は馬車を降り、ナオ、イーモ、ネピに迎えられ、無事、離れに帰還できた。
◇
昨晩、離れに戻ってから、ガレスが話したことをじっくり考えたいと思った。だが、そんな暇はない。まずは既に待機していた医師から診察を受けた。結果は奇跡的に無傷で問題なしだった。これはガレスのおかげだ。河に落ちる瞬間に、身を挺して守ってくれたから……。
次にナオ、イーモ、ネピの三人は、私が攫われたらしいと聞き、心底心配してくれていた。普段は担当しない入浴の手伝いをしたいと言い出したのだ。私は恥ずかしいからと嫌がったけれど……。結局、三人が体や髪を洗ってくれている間に、何があったのかを話して聞かせることになった。
だが、これは非常に困難を伴う。
なぜなら私の本当の身分を知っているからこそ、いろいろ腹落ちすることばかりだからだ。仕方ないので私は一応とある貴族であり、婚約者がいた――ということにした。その婚約者が私を助けようと宮殿に来たのかと思いきや。
スペンサー王国を滅ぼしたガレスへ復讐しつつ、かつ私が国外に所有する資産を狙って近づいただけだった……という話にすり替えて話すことになる。馬車の中で、無理矢理結婚に関する書類にサインさせられ、これでもう用はないとばかりに、走る馬車から突き落とされた――そう話すと、三人は……。
「「「ひどい!!!!!」」」と大激怒してくれる。
入浴を終えた後も、髪をタオルで乾かしながら、続きを聞きたがった。
パステルピンクの寝間着を着た私は、カモミールティーを飲みながら、話を続ける。
馬車から突き落とされ、河に落ちる私を助けてくれたのがガレスであり、彼のおかげで命拾いをしたと話すと「リリーはやっぱり愛されている!」とナオが言い出す。すると「陛下自らが河に飛び込むなんて! ロマンス小説みたいで素敵。憧れますわ」とイーモが喜ぶ。ネピは「さすが陛下ですね。とっさの判断力と身体的能力、運動ができないと、そんな無茶なことはできないと思います。リリー様はやはり陛下のお気に入りですね」と、ガレスの私への寵愛を口にするが……。
それはないと思うと私は否定する。さらに舞踏会で、恩赦の話をしたことを聞かせた。その際、ガレスが「わたしの妻となる女性だ。安易に選ぶわけにはいかない。……そう言った意味では、丁度いい女性がいると思わないか、リリー」と言っていたと明かすと……。
「ネピ様! 陛下の周囲に、そんな“丁度いい女性”なんて、いらっしゃるのですか!?」とイーモが尋ねる。するとネピはしばし考え込み、ゆっくり話し出す。
「陛下はこれまで戦に出ていることが多かったのです。大陸の北には小国が沢山ありましたよね。そこが小競り合いして、帝国に仲裁を求めたり、自国の味方にならないことに腹を立て、勝てるわけがないのに帝国へ戦をしかけたり。まるで子供みたいな北の小国の相手に、陛下はしばらく追われていました」
先代皇帝時代からくすぶっていた問題であり、即位したガレスは、まずこの北の地の沢山の小国と向き合うことになる。
「業を煮やし、北の地の小国はまるっと『ノース・カントリー州』という州にまとめ、帝国の直接配下に置かれたのです。ノース辺境伯を新たに任命し、ようやく落ち着いて。そんな感じですので、舞踏会なんてそもそもあまり参加されたことがないのです。戦勝祝いの宴ばかりでした」
そう言えば近々、戦勝慰労の宴があると言っていた。それはハーティントン国とスペンサー王国との戦での勝利を祝う宴だろう。ハーティントン国はともかく、スペンサー王国については、ガレスの思惑とは別に、滅ぼすことになってしまった。それはリンドンが暗躍したせいだ。でも責任をガレスは感じている。だから戦勝慰労の宴のことを、なんだか言いづらそうにしていたのね。
私がそんなことを思う一方で、これまで宮殿付きメイドとして働いていたネピは、舞踏会で軽食を出したり、片付けたりしていた時に見聞したことを教えてくれる。
「いざ舞踏会に顔を出すと、令嬢は皆様、陛下とダンスをしたいのでしょうが……。陛下は寄せ付けませんでした。それでもオールソップ公爵令嬢だけは、果敢に陛下にダンスを求めていましたね。陛下もしぶしぶですが、応じていました。やがてオールソップ公爵令嬢が婚約者に収まると、他の令嬢は彼女の顔色を窺い、陛下とダンスをしたい……!と口にすることはなくなったのです」
「つまり陛下にはオールソップ公爵令嬢以外に、丁度いい女性なんていないんじゃないの?」
ナオのフランクな話し方に、ネピは一瞬眉を上げた。だが今、部屋には私達四人しかいない。どうやらネピは容認することにしたようだ。開きかけた口を閉じた。だがハッとして再び口を開く。
「丁度いい、というわけではないですが、でも陛下がエスコートし、アイマスクを渡した女性がいますよね?」
うん?と思う。
「そうですね。現状、考えますと、陛下が一番接点を持っており、昨晩の舞踏会ではダンスもされていますわ。……陛下が言っていた丁度いい女性、それはリリー様のことでは?」
イーモの言葉に「まさか」と私は笑うことになる。私は笑うが、三人はそんな私を見て、逆に不思議そうな顔をしていた。それを見ると「えっ……」と思ってしまう。
「ガレス皇帝陛下が、わ、私のことを……」
あり得ないことなので、恐ろしくて口にできない。罰が当たりそうな気がした。
「皇妃にと、お考えかもしれません」とネピ。
「陛下からすると、解毒薬で助けてくれた命の恩人ですから、リリー様は。これをきっかけに、皇妃にと望むぐらい、リリー様のことを好きになったのかもしれませんわ」とイーモも微笑む。
「もしかしたらリリーは、実感がないのかもしれない。でもさ、よく思い出したら、陛下と距離が縮まる出来事がなかった?」とナオに尋ねられる。
そこでふと浮かんだのは、河で助けてもらい、私が涙を落とした時のこと。
あの時、まるで涙を受け止めるかのように、ガレスの唇が目元に触れた。
今、改めて思い出すと、ドキッとする。
なんだか恋人同士がするようなことに思えた。
そこであの河原で話したことを反芻する。
ガレスは、自身がスペンサー王国で生まれ育ったことを明かしてくれた。つまりスペンサー王国は、ガレスにとって生まれ故郷だった。よって今回ハーティントン国の罠に落ちないように、助けてくれたのだ。
そんな事情を知ると、もはや仇……という気持ちにはなれない。
それに暴君かと思ったが、そんなこともなかった。
皇妃になるとかそこは一旦忘れることにして。私自身はガレスのことをどう思っているの……?
お読みいただき、ありがとうございます!
夏のホラー2024のために書き下ろした久々の短編がございます。
本当にあった怖い話『団地の噂話』
https://ncode.syosetu.com/n4865jg/
これは私が東京の会社に就職が決まり、東北から都内の古い団地へ越して来た時の話です。団地には幽霊にまつわる噂話がよくありますが、気にせず、引っ越しをしたところ……。
4,159文字とサクッと読めます。
良かったら寝る前にでもどうぞ(笑)。
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