45:あの時の出来事
ナタリアと王宮騎士一名が、皇太后も暮らす離宮にいる――そうガレスが教えてくれた。
「監視はつけているが、基本的に自由にさせている。拷問もしていない。きちんと衣食住に不自由はないようにしているから、安心しろ」
ナタリアの無事が確認できた。しかも湖に浮かぶ島ということで、逃げようもない。よって自由にさせていると聞いて、心底安心した。同時に。
王宮騎士一名が、誰なのか気になった。名前が分かるかと確認すると……。
「ロスコー・トーナと言っていたな。伯爵家の三男と聞いている。もう一人の王宮騎士、王立騎士団の二名の騎士、従者はダメだった。リンドンと彼の護衛騎士により、駆け付けた時には、既に害されていた」
このガレスの言葉には嬉しくなり、同時に胸に痛みを覚える。
嬉しくなるのはロスコーが生きていると分かったからだ。
共に森の中を彷徨い、ルドン峡谷を目指した。あの時のロスコーの献身は忘れられない。そしてロスコーは、ナタリアのことを好きだったはずだ。あの時、悲しい別れをしたはずが、再会できていたなんて……! これは当然嬉しくなる。
その一方で、秘密の地下通路を使い、脱出した後。護衛に新たに付いてくれた騎士、馬車の御者、もう一人の王宮騎士は命を落としていた。この事実には涙が溢れる。
ガレスが涙を受け止めてくれるから、そちらに意識が向かい、昂る悲しみはなんとか落ち着いてくれた。
そうなると、気になるのは、リンドンに害された――ということだ。
「王宮の門番たる衛兵は、手強かった。剣を交えたわけではない。いくらこちらが言葉を重ねても、一歩も譲らない。だが、リンドンの計画を話すと、ようやくだ。秘密の地下通路がどこにつながるかを、教えてくれた」
「二人の衛兵は無事なのでしょうか?」
「すぐに避難するようには勧めた。だが王家への忠誠が厚いようで、どうなったかは……」
このガレスの返事は想定内だ。
忠誠が厚い分、それは有事で死につながる。
「敗戦が色濃くなった時、リンドンもまた自身の国の宮殿から、秘密の地下通路を使い、脱出した。そしてスペンサー王国を目指していたんだ。リンドンの目的は、再起」
再起ということは、再び軍を編成し、ヴィサンカ帝国と戦うつもりだったということだ。
「諜報部から得た情報によると、リンドンは自身の両親の死すら利用し、悲劇の亡国の王太子を演じるつもりだったようだ。自身の国は滅ぼされてしまった。だが愛する隣国の婚約者を救い出し、再起を図ることを決めた。生き残ったハーティントン国とスペンサー王国の戦える者達は、新たなる建国王になるリンドンとその王妃フローラの下へ集えと、呼びかけるつもりだった」
ガレスの言い方にはなんというか、棘を感じる。それはハーティントン国とスペンサー王国を敵と見做しているため、再起を図ることを不快に思う……というわけでもなさそうだった。
「リンドン、というか、彼の両親。ハーティントン国王と王妃は処刑したが、それには理由がある」
銀色のガレスの瞳に、怒りの色が浮かぶ。
焚火の炎を受けた瞳は、その炎を宿し、憤怒となり、燃え盛っているように感じた。
しかもいつもの無表情ではなく、顔に露骨な嫌悪感まで浮かべている。
「ハーティントン国王と王妃、そしてリンドン。彼らはスペンサー王国を、乗っ取るつもりでいた」
「え!?」
「何年もかけ、奴らはヴィサンカ帝国の騎士や兵士の衣服を大量に作っていた。つまりは偽物のサーコートや隊服、軍服を作った。それを自国の兵士に着せ、ヴィサンカ帝国の兵士や騎士のフリをして、スペンサー王国に奇襲攻撃を仕掛ける計画を、ずっと昔から立てていた。スペンサー王国の王族は、たった一人を除き、皆殺しにする。リンドンの婚約者であるフローラだけは残す。なぜか。理由は、同じだ」
今日は衝撃な情報ばかり聞かされているが、今もそうだ。
おそらく、今日一番で激震となる話だった。
まさかそんな裏切りを……と、怒りと驚きを通り過ぎ、呆然としていた。
ヴィサンカ帝国の軍を装い、ハーティントン国は、スペンサー王国を乗っ取るつもりでいた。そのために、スペンサー王国の王族は、私を残し、皆殺しにする。その理由は、リンドンが口にしていた「再起」と同じ。それはつまり、こういうことだ。
愛する婚約者の母国が、ヴィサンカ帝国の奇襲に遭った。王都は壊滅的で、スペンサー王国の王族は、第一王女であるフローラ以外は命を落とした。フローラ王女は、たまたま婚約者であるリンドン王太子が主催する舞踏会へ参加するため、ハーティントン国へ来ていたのだ。つまりフローラ王女だけが、偶然にも生き残ることになった。
傷心のフローラ王女を励ますため、リンドン王太子はすぐに婚儀を挙げることにした。スペンサー王国は滅びてしまった。だがその王族の血は、ハーティントン国の王家と一つとなり、残ることになる。
生き残ったスペンサー王国の戦える者達は、未来のハーティントン国王となるリンドンと、その妻であるスペンサー王国の最後の王女フローラの下へ集え――そう呼びかけるつもりだったと言うのだ。
呼びかけた応じた者は、兵になる。つまり兵が増えるということ。兵力が上がれば、国力も上がる。そこでスペンサー王国の領土を、故郷を取り戻そうと、兵士達を促す。弔い合戦を経て、スペンサー王国の領土を取り戻し、そのままハーティントン国の領土へと組み入れる。この領土拡大を目論んだ計画を立てたのは、ハーティントン国王夫妻とリンドンだ。
ヴィサンカ帝国は奇襲なんてかけていないのに、濡れ衣を着せるつもりだった。
しかもこのヴィサンカ帝国軍になりすました奇襲攻撃は、近日中に行われることになっていた。
ハーティントン国に、宣戦布告なしでガレスが侵攻したあの日。本当はその翌週、リンドンが主催する舞踏会に、私は参加することになっていた。招待されたのは私だけだった。そして私はリンドンに会えると、その時、胸をときめかせていた。
だがその舞踏会の日こそが、ハーティントン国が計画していた、ヴィサンカ帝国軍になりすました奇襲攻撃の決行日でもあったのだ。
お互いに友好国と信じ、王太子と王女が婚約もしていたのに。ハーティントン国はずっと、スペンサー王国を裏切るつもりでいたのだ。
それをガレスは諜報部を通じ、知ることになった。
ヴィサンカ帝国の名を不正に騙るなど、許せることではない。そして――。
「この悪夢のような計画が遂行されたら、フローラが不幸になる。何も知らずにリンドンと結ばれ、もしかするといつか役目は終わったと、消されることだって考えられた。それを阻止したいと考え、こちらからハーティントン国に、宣戦布告をせず、侵攻することにした。確実に滅ぼすために」
ヴィサンカ帝国の騎士や兵士は怒りに燃えていた。誇りある帝国軍の名を語り、偽物が悪さをするなど、許せないと。ハーティントン国打倒のために、十二万もの兵が集結したのは、義憤による怒りも大きい。
計画の首謀者であるハーティントン国王と王妃、王太子はすぐに追い詰めることができたが……。突然、参戦してきたスペンサー王国軍、その数はわずか三千。だが統率がとれ、風のように動き、山のような防御で、ヴィサンカ帝国軍を苦しめた。
率いていたのは……私の兄であり、王太子のマーカスだ。
「フローラの兄君であるマーカス王太子は、とても素晴らしかった。スペンサー王国を敵に回すつもりはなく、マーカス王太子には降伏してもらいたいと考えていた。だが彼は、ハーティントン国の国民を助けようと最後まで奮闘し……」
そこからはリンドンを尋問した時に聞いた話も含め、兄の身に何が起きたかを教えてくれた。
「リンドンとその父親であるハーティントン国王は、籠城を決め、王城に沢山の国民を引き入れた。国民を守るため、王城に逃げるよう、彼らを引き入れたのかと思った。だが、それは違う。盾にするためだった。食べ物や毛布を与え、国民を休ませている場所は、城門を抜けたばかりの広場だ。帝国軍が城に入ったら、最初にハーティントン国の国民とぶつかるようにしたんだ」
国民を盾に利用するなんて、ひどい話だった。盾にした国民で時間稼ぎを行い、ハーティントン国の王族達は、自分達だけ秘密の地下通路で逃げることにしていた。それを私の兄は知り、阻止しようとしたのだ。






















































