43:夢と現実
降り注ぐ陽光と、優しく吹く風が心地いい。
ここは眼下に王宮や宮殿を見下ろすことができる丘の上だ。宮殿の敷地内とは思えない程、広々としている。日当たりがよく、風通しもよく、巨木の下は日陰もでき、いろいろな種類の花・薬草の栽培に向いていた。
子供の頃はこの場所に、毎日のように貴族の令息達が、私に会いに来ていた場所でもある。まだ婚約者が決まっていない私に気に入られようと、日替わりで貴族の令息が、挨拶に来ていた。
そして今日も早速、誰かがやって来た。
『フローラ第一王女様、初めまして、こんにちは。僕はリラード伯爵家のロヴェルと申します』
『こんにちは、ロヴェル。私のことは、フローラと呼んで構わないわ』
『え、王女様を名前でお呼びしていいのですか!?』
ロヴェル・デヴィッド・リラード。
フルネームでしっかり覚えているのに、顔の詳細がよく思い出せない。でも細いフレームの丸い眼鏡をかけ、宮廷音楽家みたいに、ブラウンの長髪のかつらをかぶっていた気がする。どうしてかつらを被っているの?と聞いたら、髪の色が珍しいので、いじめられたことがあるからだと言っていた。
『あら、髪の色が珍しいからといじめをするなんて。随分ヒドイ話だわ。珍しいと言ったら、私の瞳を見て。こんな色の瞳、見たことがないでしょう? 他の子と違うわよね。でも私は気にしないわ。だってこの瞳、気に入っているもの。みんな同じではつまらないわ。私はこれが個性だと思うの。文句を言う子には、こう言うわ。私の瞳が珍しいからって、妬まないで頂戴!ってね』
『フローラはすごい。強いんだね』
『みんなとは違うって、萎縮したら、そこがつけいる隙になっちゃうのよ。意地悪をしたい人は、そういう隙を見つけるのが得意だから。隙を見せず、なんならこの人に何か言ったら、ぎゃふんとされちゃうぐらいのイメージを、植え付けちゃえばいいのよ。この人、怒らせたら怖いって。一度そのイメージがつけば、手出しはしてこないわ。それでも手を出して来たら、もう最大限でぎゃふんと言わせてしまうの。多分、そうしたら、もう手出しはしないと思うわ』
子供の頃の私は、勝気だ。
第一王女であり、長女だったし、幼い頃からしっかり教育をされていた。ゆえに男勝りで、弁が立つ子だった。それなのに「素直で可愛らしく、美しい君は、お飾り妃にピッタリだと思った。だがこういう時は鈍感で、役立たずで、本当に困るよ」なんてリンドンに言われてしまうなんて……。
でもそれは……リンドンが私に、こう言ったことに起因すると思う。
「フローラは綺麗で可愛くて、ふわふわした子でいてくれればいいんだよ。僕の隣でいつもニコニコしていればいい。僕に甘える愛らしいフローラでいてくれると、嬉しいな」と。
そこで最後に見たリンドンの冷たい顔を思い出す。
いつも見せていた優しい表情が思い出せなくなるぐらい、冷めた顔をしていた。まるで虫けらを見るような目つきだった。
愛されていると思っていたけれど、どうやら違ったようだ。
――「フローラ。地獄へ向かう君に、手土産だ。君の兄であるマーカスを背中から刺したのは、この僕だよ!」
この言葉を思い出すだけで、心臓が止まりそうになる。
兄は黒装束の男に、背中から刺されたと、ナオは言っていた。
黒装束の男=リンドンだったというの……?
「お兄様……」
涙が次から次へと溢れる。
「フローラ……」
お兄様なの?
ふわりと抱き寄せられ、その温かさに、心の底から安心できた。
兄は亡くなったと思っていたのに。生きていたのね……。
ぎゅっと抱きしめられ、その胸に頬を寄せる。
やはり騎士の訓練もしていただけあり、たくましいわ。
シルクのような肌触り。
その肌にもっと触れようと伸ばした手を、ぎゅっと握られ……。
「チュッ」
目元に触れた柔らかさと温かさに、ドキッとして目が覚める。
兄を慕ってはいるが、目元にキスをされると、さすがに驚く。
目を開け、ほのかな明かりの中、浮かび上がる素肌が目に飛び込んでくる。
「えええええ」と叫び、「気づいたか」の声に、ハッとして顔を上げると……。
アイスブルーの前髪は後ろに流しており、形のいい額が露わになっている。銀色の瞳には炎が映りこみ、いつものクールさがなくなり、なんだか情熱的な雰囲気が漂っていた。さらに炎の揺らめきに合わせ、顔に陰影ができている。結果、そのシャープな顔立ちだと鼻の高さが実に際立っていた。
そう、顔を上げるとそこには、上半身裸で、これまた上半身裸の私を抱き寄せる、ガレスがいたのだ。そして私はどうやら気を失い、過去の記憶を夢のように見ていた。
その事実を認識し、陶器のような素肌に残る傷痕を見て、お互いが上半身裸であることを思い出す。
悲鳴をあげようとしたら、両手で頬を包まれ、「きゃぁふゅうぅぅぅ」となんだか変な声をあげることになった。
「何があったか、覚えているか?」
そう問われると、馬車から落下する瞬間を思い出し、泣きそうになる。
じわっと涙が溢れたその時。
ふわりとガレスの唇が目元に触れた。
え、私の涙を、唇で受け止めてくれている!?
「お転婆だったとは思ったが、まさか馬車から飛び降りるとは」
「! そ、それは、私が好んで飛び降りたわけではありません! リンドンが私を蹴飛ばし、なんとか掴んだカーテンも切り裂いたからで……」
「そうか……」
フイッと横を向いたガレスは「足首から順番に折っていくか。それとも切り落とすか? それとも……」と、なんだか不穏なことを呟いている。
一方の私は、上半身は裸であるが、ドロワーズは履いている。ちなみに胸は、自分の長い亜麻色の髪で、隠れてくれていた。チラリと見たガレスも上半身は裸だが、ズボンは履いたままだ。
本来こんな姿、未婚女性として、異性に見せたくなどない。だが目の前にいるのは、この国の皇帝だ。それに初夜の練習相手として対面した時に、これとほぼ似たような姿で会っている。今さら恥ずかしい……とは言えない。
それにしても、ここはどこなのだろう?
よく見ると、焚火がたかれ、その周囲に着ていた物が広げられている。さらにパチパチと焚火の音が聞こえるが、カエルの鳴き声も聞こえ、水の流れる音も聞こえた。目を凝らすと、三日月が揺れるように川面に映っている。
つまりここは、川原なのか。
どうして……と思ったら、ガレスがこちらを向いた。
やはり炎を宿した銀色の瞳は、いつもと違い、とても情熱的に見える!
「リンドンには、フローラにしたことを一生後悔するような罰を与えよう」
「あ、え、でも……」と言い淀んだが、リンドンが兄にしたことを思い出す。兄はリンドンに裏切られ、背中から刺された。とても卑怯なやり方で、兄は殺されたのだ。
「はい。極刑でお願いします」
そう答えた後に、いろいろと「?」と思うことになる。
まず、私のことを当たり前のように「フローラ」と言わなかったか。それに割とあっさりと、自身が滅ぼしたハーティントン国の王太子の名を口にしている。
「順に話そう」
そう言ったガレスがまず話してくれたのは、今の状況。
私を乗せた馬車をガレス、ノリス卿他、近衛騎士、帝国騎士団の騎士が追っていた。
エントランスで私がわざと落としておいたハンカチ。護衛についてくれていた近衛騎士は、すぐに発見してくれたのだ。
しかもこのハンカチは、目印で落としたに違いないと、判断してくれた。私は何者かに脅迫され、馬車に乗せられた――つまり連れ去られたと、想定してくれたのだ。すぐにガレスへ連絡が行き、私を連れ去る馬車の追跡が始まった。
宮殿の周辺には、警備兵が等間隔で配備されており、彼らは宮殿周辺を行き交う馬車の監視も兼ねていた。そこで宮殿の敷地から出てきた、少し急いだ様子の馬車を、しっかり見ていたのだ。
ガレスはその馬車を追うことになった。
馬車の左側で見た黒鹿毛に乗った騎士――それがガレスだった。
つまり、私が馬車から落ちそうになり、カーテンを掴んでいる姿も。そのカーテンを引き裂かれ、馬車から降りる瞬間も見ていた。
私が落ちた場所は、不幸中の幸いで、橋の上だった。
つまりそのまま河に落ちることになったのだが……。
河に落ちる私をガレスは見ていた。
そして彼は迷うことなく、自身も河に向け、飛び込んだのだ。
「な、どうして……!」
「私の愛馬は頭がいいから、私がいなくても問題ない。それにノリスが間違いなく、リンドンの乗った馬車を、押さえたはずだ。わたしが河に飛び込む姿は、後ろに続いている部下も見ていただろう。だから大丈夫だ。救援は間もなく来るだろう」
いや、そこではない。
なぜ、ガレス、あなたは河に飛び込んだのですか!?






















































