38:唯一の方法
皇妃を処刑にしないで済む方法があると、私の髪をひと房掴み、キスをしたガレスが告げた。もう心臓が大騒ぎだが、言われたことの意味をなんとか考える。
皇妃は、皇帝の毒殺未遂を問われていた。かつオールソップ公爵家とつながりのある人間が、宮殿で襲撃事件を起こしている。そんな皇妃が処刑にならずに済む方法なんて、あるのかしら?
「恩赦だ」
「恩赦……!」
「そうだ。恩赦は皇室の祝い事や、帝国の重要な行事にあわせ、実施される。例えば……現皇妃は死刑の罪に問われているが、新たな皇妃が誕生することになった。つまり皇室の祝い事が行われる。そこで恩赦として、死刑の執行を無期延期にする、もしくは死刑ではなく無期懲役にする――ことも可能だろうな」
これには「なるほど」だった。
そんな方法があったのかと納得したが。
「だが、皇妃の処罰は、この舞踏会で発表することになっている。ゆえに新たな皇妃を決めるなら、今すぐ決めなければならない」
「そ、それは……それは無理なことですよね!?」
「そうか。無理か? 式まで挙げる必要はない。皇妃と定めると宣告すればいい。実際の手続きは後日でもできる。平民も王侯貴族も、本来、思い立ったその時に、婚姻できるのがヴィサンカ帝国の基本だ」
でもそれは、ヴィサンカ帝国の特殊なルールでもある。
というのも先代皇帝が好戦的だったので、内紛は勿論、他国ともしょっちゅう戦争をしていた。動員される騎士や兵士は、いつ戦争に駆り出されるか分からない。よって婚姻を速やかにできるよう、ヴィサンカ帝国は法を改正していたのだ。
「帝国婚姻法が、三十年前に改正されたことは、知っています。平民から皇族まで、婚姻届けに署名し、立会人がサインし、帝国管理院に提出すればいいのですよね。婚姻にまつわる細かい契約書は、必要に応じ、後日提出でも許される。ですがさすがに皇帝の結婚相手です。宣告だけだとしても、それ以前に……」
「わたしの相手がいない。つまり新しい皇妃がいないと?」
「そうです」と私が返事をすると、席から立ち上がったガレスは、バルコニーから眼下のフロアに目をやる。
「これだけ沢山の貴族がいて、未婚の令嬢も多くいる。わたしが声をかければ、すぐに新しい皇妃は見つかるだろう」
「そ、それは……そうかもしれませんが、皇妃をそんな安易に選んではならないと思います。婚姻は簡単にできても、離婚を禁じているのですから」
するとガレスは「面白い」という瞳で私を見た。
その銀色の瞳を向けられても、もう寒気は感じない。
「わたしの妻となる女性だ。安易に選ぶわけにはいかない。……そう言った意味では、丁度いい女性がいると思わないか、リリー」
「! このホールに、そんな令嬢がいる――ということですか!?」
立ち上がった私はガレスの横に立ち、ホールを覗き込もうとした。
「!」
勢いよく覗き込み過ぎて、バルコニーから落ちそうになってしまった。
だが私の体を、フワリと後ろから抱きとめてくれたのは、ガレスだ。
悲鳴をあげなかったのは、どう考えてもあげれば大注目されてしまうと、分かったから。
でも心の中でも、脳の中でも、盛大に悲鳴をあげていた。
理由は明確だ。
まず、バルコニーから落ちそうになったのだ。当然、驚き、悲鳴は出そうになる。次にガレスに、後ろから抱きとめられたのだ。フワリと抱きしめられたが、その後はぎゅっと力が入っている。
見た目はスリムだが、きっちりとあるべき場所に筋肉があるその体に、抱きしめられたのだ。当然だがガレスを異性として意識し、心身は反応してしまう。何よりも氷のように冷たいガレスだが、こうやって抱きしめられると、体温を感じる。それは気持ちのいい、心地いい、温かさだった。
しかも余計なことを、考えてしまう。
もしこのガレスに、初夜の練習相手として手を出されていたら……。
破裂しそうな心臓をなんとか宥め、鼻息が荒くなりそうなのを落ち着かせ、深呼吸を繰り返す。そしてなんとか声を絞り出した。
「ガレス皇帝陛下、危ないところを助けていただき、ありがとうございます……」
「……とんでもないお転婆姫だ」
返す言葉がない。もう十八歳なのに、子供ではないのだから。バルコニーから落ちました――なんてシャレにならない。
「陛下、よろしいでしょうか」
バルコニーは、劇場のボックス席と同じで、扉があった。
今、ノリス卿がノックと同時に声がけをしたのだ。
ガレスがため息をついて、扉へと向かう。
私はまさに力が抜ける状態で、椅子に腰を下ろすことになった。
本当にいろいろ驚いた。
「リリー、わたしは少しはずす。ここで休憩しているか? すぐに戻るつもりだが」
まさに腰が抜けたような状態だったので、このままここで休んでもいいかとお願いすると、快諾された。
「飲み物を持って来させよう」と呟きながら、ガレスは部屋から退出する。入れ替わりで給仕の男性が入って来た。
「フローラ様、お飲み物は何にしますか?」
声に心臓が止まりそうになる。
慌てて振り返り、その姿をまじまじと見てしまう。
白シャツに黒のテールコート、白の手袋。
髪はダークブラウンで、瞳は碧眼。
「リンドン王太子殿下なのですか……?」
「そうだよ、フローラ。驚いた?」
「……驚きました。髪が……ブロンドの髪が」
「染めたんだよ。それにこの目はガラスでできた義眼だけど、こうやって前髪をおろすと、本物みたいだろう」
言われてじっくり見て、ようやく義眼と分かった。
あの時、包帯を巻いていたが、こうやって義眼を入れるような状態だったと分かり、胸が痛んだ。
「フローラのことを迎えにきたよ。僕と一緒にこの宮殿を出よう」
「……!」
迎えに来ると言われていたが、無理だろうと思っていた。
でも本当に来てくれるなんて……!
胸が熱くなり、涙が出そうになった。
「でもその前に。僕をこんな姿にして、フローラを奪った暴君には、復讐しないといけない。これから飲み物を持ってくる。ガレスは毒を警戒し、アルコールは口にしないと聞いているよ。だからグレープフルーツジュースを用意した。苦みがある飲み物だから、毒の混入が分かりにくい。ガレスに飲ませるんだ、フローラ。寵愛しているフローラからの飲み物なら、気を許して飲むだろう?」
リンドンが突然言い出したことに、頭がついていけない。
グレープフルーツジュースは苦みがあるから、毒を入れたというの?
それをガレスに飲ませろというの……?
「即効性があると、フローラが疑われるし、僕達の逃げる時間がなくなる。飲ませたら、できるだけ早く、ガレスから離れるんだ。疲れたから、離れに戻りたいとか言ってね。エントランスに馬車を用意してあるから、それで逃げよう」
そう言うとリンドンは、既に扉の方へ向かっている。
「え、あ、ちょっと待ってください、リンドン王太子殿下」
「フローラ、ここでその呼び方はダメだよ。僕のミドルネームのジョージで呼んで」
「あ、はい。リン……ジョージ」
「では今、持ってくるから」
慌てて立ち上がり、リンドンのそばへ向かう。
今すぐにでも出て行きそうなリンドンの袖を、なんとか掴むことができた。
「リ……ジョージ待って。いきなりいろいろ言われても、私」
「フローラ」
リンドンがため息をついた。
「君はもっと聡明だと思ったけれど……。あのガレスに、すっかり骨抜きにされてしまったのかい?」
「!?」
「さっきまで、ここで熱烈に抱き合っていたそうじゃないか。ホールに沢山の貴族がいるというのに。それにそのアイマスク……まさか本気で皇妃になるつもり?」
リンドンの棘のある言い方に、気が付く。
彼は、私がガレスの初夜の練習相手を務めたと思っている。そしてさっき、バルコニーから落ちそうになったのを助けてもらっただけなのに、熱烈に抱き合ったと勘違いしていた。
違うのに。そうではないのに。
リンドンの誤解を解かないといけない! それに――。






















































