37:驚きの連続
舞踏会が始まった。
ガレスのエスコートで会場入りしたが、エントランスの時のように、好奇の目を向けられることはない。
控え室で待機していたのは、十五分程度だった。
でもそれで十分だった。エントランスホールで起きた出来事は、会場入りした貴族達の間で、あっという間に広がっていた。ガレスが放った言葉。暗殺者に対してとった行動。ノリス卿が刺したとどめ。
特に貴族達を震撼させたのは、ガレスのこの言葉だと思う。
――「もし彼女に悪意を向ければ、それはわたしへの反逆とみなす」
反逆と見なされた結果、あの暗殺者のように、とんでもなく悲惨な末路を辿る。それを沢山の貴族が目の当たりにしたのだ。相当、野心家な者でない限り、私を見て薄ら笑いを浮かべたりはできないだろう。
ガレスは舞踏会の開催の挨拶を述べるが、まだオールソップ公爵のことには触れない。冒頭の挨拶を長々するのではなく、場が温まり、皆が一通りダンスをしたタイミング。そこで毒殺未遂事件について触れると決めているようだ。
確かに舞踏会の開始を今か今かと待っている時に、長々と話すより、まずはスタートさせた方がいいだろう。私はガレスのそばで、実にシンプルな開催の挨拶を聞いていた。聞きながら、最初のダンスは誰が踊るのだろう?と思っていたら。
挨拶を終え、拍手が起きる中、私の方を向いたガレスがお辞儀をした。その上で、すっと手を差し出す。それは実に自然な流れであり、そして見慣れたものだった。「あ、ダンスね」と私はすぐに応じ、そこで気が付く。
まさかの最初のダンスを、ガレスは私と踊るつもりだったの!?と。
私はスペンサー王国の第一王女だったので、このダンスのお誘いの流れに、まさに反射で応じてしまった。だがこのヴィサンカ帝国で、私は奴隷女のはず。
応じてしまったけれど、いいの?
というか、私がダンスできると知っていたの、ガレスは!?
もし私がこの国での自分の立場を思い出し、ダンスに応じなかったらどうするつもりだったの……?
瞬時にいろいろ考えてしまうが、ガレスは当然のように私をエスコートし、ホールの中央へと向かう。
こうなると、ごちゃごちゃ考えても仕方ないと思えた。
それに冷静になって思い出したことがある。
奴隷女と言われている。
だが皇帝の初夜の練習相手として、ここに連れてこられているのだ。平民や貧民街で連れ去れて奴隷となった女性ではない。没落貴族の令嬢、敗戦国で身をやつすことになった令嬢が奴隷となり、売られているのを買うと、ソークは言っていた。
それはつまりある程度のマナーと教養を担保した女性を、皇帝の初夜の練習相手に選んでいるということだ。よってダンスが出来ても、何もおかしなことではないはず。
ホール中央に到着し、開始のポーズをとる。
「……綺麗な姿勢だ」
ガレスの独り言なのか、私への言葉なのか。
どちらなのかと、その顔を見上げる。
だがその瞬間に音楽がスタートし、ダンスに集中することになった。
暴君ガレスとのダンス。
イメージは、強引なリード、パートナーを考慮しないキツイ動き……だった。
だが実際はその真逆。
私のダンスの腕前がどれほどかを、しばらく動くことで見極める。その後は、まさにレベルに応じたリードをしてくれた。ガレスのリードに私が合わせるというより、私が最大限美しくダンスを披露できるよう、導いてくれている気がした。
久々のダンスだった。
でもとても踊りやすく、気持ちよく終えることができた。
貴族達も惜しみなく拍手をしてくれている。
これはガレスへの忖度というより、純粋にいいダンスだった……そんな意味で拍手してくれているように思えた。
ホール中央からはけると、貴族達がダンスを踊るため、移動を開始する。
ノリス卿たち近衛騎士が待機するエリアに戻ると、ガレスは私をバルコニー席へとエスコートした。中二階にあるバルコニー席は、こぢんまりとしており、皇族専用となっている。ホールを見下ろすことができ、まさに特等席だった。
用意されている椅子は、玉座のように立派なもの。
私は皇族でもないのに、座っていいのかしら?
思わず尋ねると、ガレスが答えるまでもなく「陛下がエスコートしているのは、リリー嬢ですから。着席して当然です」と、ノリス卿が答えてくれた。
腰をおろすと、ガレスがおもむろにこんなことを口にした。
「先程のエントランスホールでの、公爵家の残党の襲撃を踏まえ、皇妃は公開処刑にするつもりだ」
これには不穏な意味で、心臓が飛び上がる。
スペンサー王国には、死刑制度がなかった。死刑と聞いただけでも、不安になってしまう。ましてや公開処刑なんて……。
「ガレス皇帝陛下、私は……そこまでしていただかなくても……。あの場で全員、処罰できたわけですし、私自身は無傷ですし……」
「だが宮殿のエントランスホールで刃物を持ち出した。それにリリーに手を出そうとしたのだ。今後、同じようなことをさせないためにも、見せしめは必要だと思う」
公開処刑にする理由は、見せしめ、同じような犯罪の抑止、罪の重さを知らしめるなど意味があることは、知識として知っている。それでも……。
「その……陛下、今回の襲撃は、皇妃の指示ではないですよね? 彼女は幽閉され、関係者との接触は、一切禁じられています。公爵家とつながりのある人間が、独断で行った犯行では? 先程の襲撃に、皇妃は関係ないかと……」
「違うな」
「え……」
サラッとアイスブルーの髪が揺れ、その表情は、冬の嵐のように厳しいものに変わった。
思わず、息を呑み、固まってしまう。
「礼拝堂での一件。地下牢での一件。例え最後の最後で、改心し、短剣を渡したとしても。皇妃がリリーに投げかけた言葉は、ひどいものばかりだ」
ガレスは皇妃が私に投げかけた言葉を知っているの……?
あ、そうか。
ノリス卿からヒアリングされ、私はすべて話していた。
報告をノリス卿からガレスは受けていたのね。
皇妃が発した私へのひどい言葉……。
それはその通りなので、困ってしまう。
でも多少なりとも、配慮してあげても、と思ってしまうが……。
「リリーへの態度もそうだが、彼女は皇妃でありながら、わたしに毒を盛った。先程の襲撃がなかったとしても、最初から公開処刑にすべきだったと思うが」
「ですが彼女は、陛下のことを愛されていたと思います。毒とは知らず、父親であるオールソップ公爵に騙されたのです。そう言った意味では、皇妃も被害者ではないでしょうか? まさか自分が愛する人に毒を盛ることになるとは思わず、ショックだったと思います」
「皇妃になったのだ。父親の言いなりに、そもそもなるべきではなかった。毒ではなく、例え媚薬だったとしても。グラスに混入させること自体、非常識だ」
正論だった。
皇妃がやったことを擁護することは難しい。ただ……。
「皇妃という身分なのに、彼女の行動は甘かったかもしれません。それでも婚儀を挙げ、愛を誓った相手です。その相手から、断罪され、公開処刑をされるのは……。とても辛いことだと思います」
置き換える必要などないのに、皇妃に自分を置き換えて考えると、それは胸が張り裂けそうなことだと思う。愛している相手から、死刑宣告を受けるなんて。
「その言い方だと、リリーは皇妃の死刑そのものを望んでいないのだな」
「それは……」
思わずガレスの顔を見るが、その瞳は氷点下の冷たさではない。
なんだか優しい眼差しに感じる。
「皇妃を生かしたいか?」
「! もしその方法があるなら、更生の機会をあげていただきたいです。スペンサー王国では、死刑制度はなかったので、なおのことそう思ってしまいます」
するとガレスがこちらへと腕を伸ばすので、反射的に体を震わせてしまう。
だがその手は、私の髪をひと房掴み、そしてキスを落としていた。
ガレスがこんな行動をとると思わず、目の間で起きた出来事が、現実のことと思えない。
驚く私に、さらにガレスは、ビックリするようなことを告げる。
「一つだけ方法がある」
「え」
「皇妃を処刑しないで済む方法がある」






















































