35:その意味は
ナオ、ネピ、イーモが二時間がかりで仕上げてくれた舞踏会の装い。
ドレスは、シャーベットカラーのラベンダー色。
身頃からスカートに、斜めに飾られているのは、立体的な紫の薔薇。チュールには、レジェール刺しゅうで花びらも散らされている。銀糸で葉も表現されていた。ちなみにチュールは濃淡の違う色が重ねられ、奥行きがあり、動きも感じられる。
合わせた宝飾品は、髪にパールのラリエット、リーフとパールモチーフのイヤリングとペンダント。オペラグローブにもパールがさりげなく飾られている。
シルクの生地の肌触り。本真珠の輝き。ホワイトゴールドの重さ。
そのすべてにヴィサンカ帝国の強大さを感じる。
離れから舞踏会が行われる宮殿のホールまで、庭園を抜ければ、徒歩でも行くことも可能だった。ただ庭園も宮殿も広大。開始三十分前に離れを出て、ギリギリの到着になる。よってあと、十分もしたら出発するつもりでいた。皇族の控室も用意されているので、ガレスとはそこで落ち合うことになると思っていた。
ところが。
「リリー様、皇帝陛下からの先触れです。ホールまでエスコートするために、離れへ向かっているそうです」
これにはナオ、ネピ、イーモと四人で「「「「えっ!」」」」と驚くことになる。
舞踏会や晩餐会にエスコートする際は、控え室で落ち合い、そこで会場となるホールや広間へ移動が常套と、ネピから聞いていた。完全に不意打ちを喰らった状態だ。
でも向かっているというなら、対応するしかない。
ちなみに離れに皇帝が現れるのは、夜が相場と決まっていた。
だが前皇帝だけは、あちらの欲求が強かったようで、昼夜問わずで訪問していたらしいが、歴代皇帝は違う。夕方から夜で、早朝には皇宮に戻るのが常と聞いている。
なにはともあれ、急ぎエントランスホールへ移動する。
エントランスホールに着いたところで、従者がホールに入って来た。ガレスは屋根のない二人乗りのバルーシュで、こちらへ向かっているという。
「まあ、皇帝陛下はわざわざ馬車を出してくださったのですね。そうなると近衛騎士は全員、馬に乗っていらっしゃることになります。これはまるでちょっとしたパレードですね。きっと廊下から皆様、陛下とリリー様をご覧になると思いますよ」
ネピの指摘に「え」と声が出そうになる。
離れからホールまで歩くと相応の距離なので、馬車を出してもらえるのは嬉しいことだった。でもオープンな馬車で、皆に見られるなんて……。
私がスペンサー王国の第一王女という身分でそうなるまだしも、今は奴隷女で皇妃の夜伽の身代わり。しかも離れから舞踏会の会場に向かうだけなのに。ふと皇妃に言われた“皇帝の性欲処理係”という不名誉な言葉さえ思い出してしまい、身が縮むような気持になってしまう。
だが私の気持ちなど関係なく、ガレスを乗せた馬車は到着する。
ガレスの髪はアイスブルー。
今日着ているテールコートもアイスブルーだった。
でもタイとベストは銀色。さらにタイを飾る宝石、カフス、ボタンは全て濃い紫のアメシストが使われていた。それを見たイーモが「これはリリー様の瞳に合わせたのでは?」と言うので、ドキッとしてしまう。確かにパートナーの髪や瞳の色に合わせた色を、衣装や宝飾品に取り入れるのは、この大陸共通の慣習だった。
もしわざわざ私のためにアメシストを選んでくれたのなら……それは普通に嬉しい。
背中に皇族の紋章が刺繍されている純白のマントを揺らし、馬車から降りたガレスに、カーテシーで挨拶を行う。するとガレスは、そばにいたナオに、ノリス卿が手にしていた何かを渡す。ノリス卿はいつものブルーラベンダーの隊服だが、装飾品が儀礼用のものに代わり、さらにゴージャスさが増していた。肩飾りも実戦では邪魔になりそうだが、舞踏会ではよく映える。
そのノリス卿がナオに渡したのは、アイスブルーの下地に銀糸による装飾が施された仮面舞踏会用のアイマスクだった。パールも飾られ、実に秀麗だが、今日は普通の舞踏会では?と思い、ネピを見ると。
「宮殿で開催される舞踏会に、皇帝は皇妃をエスコートして参加します。特に寵愛する皇妃に皇帝は、このアイマスクをつけさせるのです。それは仮面舞踏会とは関係なしに。理由は……あまりの美しさに招待客が皇妃に横恋慕しないようにするため……とお聞きしています」
これを聞いた私は頭の中が「?????」だった。
まず、私は皇妃ではない。次に、ガレスから寵愛を受けている実感はゼロ。最後に、隠す程の美しさではないだろうと思うのですが。
「これをつけるのですか、私が?」という思いを込め、ついガレスを見てしまう。
エントランスに登場したガレスは、直視するのが困難な程、優美で洗練されていた。顔の無表情さえ、許容できてしまうのではないか。だが今は、その美を超越した疑問で、ガレスを見ている。だが彼はなぜか視線を合わさない。少し横を向いたガレスの、サラサラの前髪が風に揺れる。
無口を決め込むガレスに答えを求めても、返ってこない気がしたので、ノリス卿に答えを求めた。
「皇妃は本日、死刑が発表されます。つまり、実質皇妃はいませんから。こちらのアイマスクをリリー嬢がつけていただく分に、問題はございません」
それでは答えになっていない。
抗議をしようとすると「それでは時間に遅れないよう、馬車へお乗りください」とノリス卿が白い歯を輝かせて笑う。逃げた!と思うが、まるでタイミングを合わせたかのように、ガレスが手を差し出している。仕方ないのでナオからアイマスクを受け取り、ガレスの手に自分の手を乗せた。
お互いにオペラグローブ、シルクの白手袋を着用しているので、素肌が触れあうことはない。でもやはりガレスにエスコートされると、いろいろな意味で落ち着かなかった。
ひとまず馬車に乗り込み、ゆっくりと走り出すと、ガレスは私が持っているアイマスクを手に取る。そして当たり前のようにアイマスクをつけてくれた。
「ガレス皇帝陛下、質問を」「永年許可を与えたはずだが」
そうだった。
まさかの離れへの迎え、しかも馬車、そしてアイマスク。
加えてガレス自体もとても麗しい姿をしていた。
おかげで私はタジタジだった。
「このアイマスク、つけてくださり、ありがとうございます」
「ああ。……キツつくはないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか」
終ってしまった。
なぜこのアイマスクを?と聞きたいのに、聞けない。
ノリス卿のとんちんかんな回答ではなく、もしガレス本人から「リリーは皇妃ではない。だが元奴隷女だ。こんな奴隷女を?と思われると困る。極力顔が見えないようにしたい。よってこのマスクは、舞踏会にいる間は外すな」とでも言われたら……。
「ノリスが」
前方に目を向けたまま、突然、ガレスがノリス卿の名を出すので「?」となる。
「舞踏会のためにドレスアップしたリリーは、間違いなく、一番の美しさになると言っていた。今日の舞踏会にいる女性の中で」
ノリス卿はイイ人だと心から思う。
「まだ若く美しいリリーに、つい言い寄りたくなる男どもを寄せ付けないために。このアイマスクが効果てきめんだ――そう言われた」
そんなわけはないと思う。私は皇妃の夜伽の身代わりで奴隷女と認識されている。言い寄る男性などいるはずがない。
それに皇帝が皇妃につけるアイマスクには、自身の寵愛を示すことができる。それはさっき聞いていた。でも私は皇妃ではない。よって私がアイマスクをつけていたところで、寵愛を示すことにもならない。
「皇妃ではなくても、このアイマスクをつけることで、大切にしていることは伝わる――そうノリスが言っていた」
「……!」
「皇妃がいない中、離れに住むリリーの存在は、大きな意味を持つ。自分の娘を皇妃にという貴族は、オールソップ公爵だけではない」
そういうことなのかと理解する。
一瞬、私のことを大切に思っていると、言ってくれたのかと思った。でもそういうわけではない。皇妃が不在になれば、後釜を狙う貴族が現れる。でも皇妃の夜伽の身代わり役が、本来皇妃がつけるはずのアイマスクをつけていれば……。
皇帝の寵愛が今、どこにあるか明白になる。つまりは一種の牽制になるということだ。
「リリー。伝えたいことがある」
突然、そう言われ、もう何度目か分からない。
ドキッとしてしまう。
「自ら毒を服用し、なんの毒であるかを特定。その後、最適な解毒薬を調合した。そうノリスから聞いている。……私のために身を挺したのだな」
もしかすると、御礼を伝えるつもりなのでは?
これは意外であるが、御礼を言ってもらえるなら……普通に嬉しいことだった。
頬が緩みそうになるのを我慢し、次の言葉を待つ。
「二度とするな」「え」






















































