31:初夜の真相(1)
ノリス卿によるヒアリングは、あの一回で終わるのかと思いきや、そんなことはなかった。翌日もまた、ガレスの寝所へ呼び出され、そこでヒアリングとなる。だがそれは昼食の時間。しかもその昼食には……ガレスも同席だった。
ガレスは、通常公務に戻りたがっていたが、侍医が「三日間でいいので、安静にしてください」と懇願したという。
これについてノリス卿は、こう解説した。
「陛下の辞書には、どうやら『休息』の文字がないようです。この国に来てからは、まずは皇太子教育。それが終わったと思ったら、すぐに即位。学んだことを実践しながら、立ち止まることなく駆け抜けています。侍医としては、ここ幸いなのでしょう。少し休んでください――ということだと思います」
つまり本人が公務に戻れると言っていたが、それは本当に戻れる状態だった。私ほどではないが、毒耐性は一応つけている。それにまだ若い。解毒薬も効いた。だからもう起き上がっていいのだろうが、侍医は、少しは休んでほしくて「三日間の安静」をお願いしたのだろう。
こうしてガレスのベッドテーブルには、料理がずらりと並べられた。そして彼のベッドのそばに、テーブルがセッティングされたのだ。そのテーブルにも、同様の料理が用意されている。そこにノリス卿と私が着席し、昼食を摂ることになった。
だが。
ガレスは普段から、あまり言葉を発さない。でも王侯貴族の食事は、これまた社交の場でもある。会話が基本。勿論、今回は別に晩餐会ではない。皇帝の私室、しかも寝室で食べる昼食なのだ。よって会話が盛り上がらなくても、問題はないと思う。
それにこの昼食では、ヒアリングを兼ねている。つまりは皇妃が地下牢に来た時、どんな会話を私としたのか。それをノリス卿が私に確認するわけだ。皇妃からの聴取は済んでいた。よって後は私へ確認すればよく、それがこの昼食をしながら行われる。
つまりノリス卿と私が話し、それをガレスが黙々と食事をしながら聞いている……という状況で、問題はないと思うのだけど……。せっかくの食事。楽しい話をしながらがいいのではないか。
ノリス卿と私は、ヒアリングをしながらでもいい。だがガレスを巻き込む必要があるのか。
寝室に着いた直後、皇宮のメイドが料理を運んでいた。そこで扉の近くで私は、思わずその件について、ノリス卿に尋ねてしまった。すると……。
「今回の毒の一件があり、私が過保護になっているんですよ。今は片時も陛下から離れたくない。理由は簡単です。弱っている時こそ、狙われやすい。よってこの寝室で、三度の食事を摂っています。リリー嬢のヒアリングですが、せっかくなら美味しいものを食べながらがよいかと思い、昼食を指定しました」
「なるほど。でも皇妃があの地下牢で私に対してかけた言葉、それは客観的に聞いて、あまり気持ちがいいものではないと思います。不快に感じるかもしれません。そんな言葉を聞きながらの昼食では、ガレス皇帝陛下は、食事の味を楽しめないのでは?」
するとノリス卿が、眩しそうに私を見る。
「……リリー嬢はお優しいのですね。陛下は憎むべき相手なのに」
「! ノ、ノリス卿、変なことを言わないでください。私はそんなこと思っていませんから!」
「大丈夫ですよ、誰も聞いていませんから」
それは分からない。どこから漏れるか分からない。
心臓が突然バクバクした私に、ノリス卿はさらに追い打ちをかける。
「では昼食は、ただ昼食として楽しみましょう。ヒアリングは食後で」
「え」
墓穴を掘ってしまったと思う。会話が盛り上がらないのではという心配を、再びすることになった。いや、ここは「ヒアリングは食後で」と言い出したノリス卿に任せよう。私は知らないわ……。
「ちなみに昨日と今日で、五人の暗殺者を処理しています」
「え、そ、そうなのですか!? この寝所まで暗殺者が!?」
「寝所の手前まで辿り着いた者もいました。でもそれは内部の裏切り者でしたから。家門ごと潰したので、もう問題ありません」
ノリス卿は、本当にあのオールソップ公爵が言っていた通り、レストルームと入浴以外は、ここに張り付いていた。そこまでノリス卿が尽くすことには、驚きだった。
ガレスは暴君で、冷酷無慈悲で、皆、恐怖で従っている……と思ったが、そういうわけでもないようだ。粛清を行い、自身の側近で固めているせいもあると思う。それもあると思うものの。ノリス卿も含め、他の要職者も、皆、ガレス命という人ばかりに思えた。
やはりあの寝言と涙で感じた、ガレスが悪人に思えないという感覚は、間違っていなかったの……?
「さて、用意できたようです。楽しい昼食としましょう」
果たして楽しい昼食になるのか。私は不安だった。
ところが!
それは杞憂に終わる。ノリス卿のおかげで、昼食の最中、ガレスが話をしてくれたのだ。しかもそれは……皇妃との初夜の話。まさかこの件を、ガレスが自ら話すなんて。
「陛下はあの日、寝所に三十分も遅れてやってきたんですよね。何をされていたのですか? 扉前で待機していた近衛騎士に聞いたら、陛下は顔を赤らめ、早足でやって来たというじゃないですか。あの皇妃との初夜を想い、一人バスルームで盛り上がっていたんですか?」
みじん切りの沢山の野菜が、ヨーグルトソースで和えられたサラダを食べながら、いきなりノリス卿がそんな質問をした時。私はサラダと同時に出されていたスープを飲んでいたので、思わず吹き出しそうになっていた。
「……違う。入浴はとっくに終えていた。気が向かなかっただけだ。遠回りして寝所へ向かったら、時間を大幅に過ぎていた。仕方ないから少し走った。それで顔が赤くなったのだろう」
ガレスは……ノリス卿の問いに、とても冷静に答えた。表情に変化はない。相変わらず澄んだ声で、アイスブルーの髪はサラサラと美しく、銀色の瞳は冴え冴えとし、そして無表情。
しかも際どいジョークも盛り込まれているのに、完全にスルーして、事実だけを返している。
「なるほど。陛下の到着を待ちくたびれた皇妃は、既にワインを開けていたと。それで陛下もそのワインを飲むことに?」
「皇妃は自分でもワインを飲んでいた。だがわたしにも気を遣ったのだろう。赤ワインが満たされたグラスが、ソファの前のローテーブルに用意されていた」
皇妃としては、待ちに待った初夜なのに。皇帝であるガレスが来ない。婚儀は挙げている。立場上、初夜をすっぽかすはずはない。そう分かっていても……。
待ちわび、そして不安にもなったのではないか。気分を紛らわすため、ワインを開けた。用意されていたグラスは、二人分だったはずだ。そこで皇妃は自身とガレスの分として、グラスにワインを注いだのだろう。
「楽しく二人で、乾杯ですか」
ノリス卿が茶化すように言うと、ガレスは一瞬、片眉だけをくいっと上げた。
私はドキッとし、固まる。
ガレスが手に持つグラスの水を、ノリス卿にかけるのでは……そんな想像までしてしまったが、そんな事態にはならない。
「言っておくが……別に皇妃との初夜を楽しみにしていたわけではない。義務。公務の一つと思っていた。酒でも飲まないとやっていられない――という気持ちがなかったわけではない。それにわたしとしても、待たせた、遅れたという負い目もあった。あとは寝所に用意されているワインは、毒見が済んでいる。だが甘かったと思う。皇妃が毒を仕込んだ可能性を考えず、勧められるままに、ワインに口をつけてしまった」
これには「そうだったのですね」という気持ちになる。
こんな風に言われると、私との初夜の練習の時も、乗り気ではなかったのではないか――と思えてしまう。
実際、あの夜にガレスから投げかけられた言葉を思い出すと、背筋が凍り付く。
同時に。
そのガレスとなぜ昼食を摂っているのか。
今のこの状況が、シュールにしか思えない。
それに義務。公務の一つ。
そんな風に考えていたのね。
皇妃に対してそうなら、私の時だってそうだったのだろう。
あの夜を振り返ると、いろいろな感情が湧き上がるが、そうしたところで何も変わらない。正直、何に満足したから私を離れに住まわせているのかも、分からずじまいだ。だが聞いたところで、ガレスが素直に答えてくれる気がしない。
「ワインを飲んだ時に、違和感を覚えなかったのですか、陛下?」
ノリス卿の言葉に、意識を目の前の会話に戻す。
「気づいた。匂いがおかしいと。稀に失敗作のワインで、異臭とも思える香りを感じる。一瞬それかと思い、もう一口飲んだ。二口目で確信した。何かを盛られていると」
「すぐにそのワインは、吐き出したのですか?」
思わず食いつくように尋ねてしまった。毒を盛られた時の状況は、初めて聞いたからだ。でも冷静に考えると、こんな風に私から質問してよかったのかと、焦ることになる。
「失礼しました。ガレス皇帝陛下。つい、許可もとらずに」「構わぬ」
即答だった。即答し、すぐに私の質問に答えてくれる。






















































