28:もう一度
迂闊だったとは思わない。
あの時、毒を盛った犯人でありながら、解毒と称して、また毒を飲ませるつもりか――。
そんな風に疑われている状態で、しかも一刻も早く、ガレスに解毒薬を飲ませる必要があった。解毒薬を調合している時間が惜しい。だからこそ身分を明かし、持っていた解毒薬を使うことにしたのだ。よってあの時、ノリス卿に自分の身分を明かしたのは、仕方ないことだと思う。
でもまさかそのノリス卿に、呼び出されるなんて……!
ノリス卿に呼び出されることになるのは、ブランチを終えた時まで遡る。
ブランチを終えた私に、メイドのネピは、日光浴を勧めてくれた。
せっかくドレスに着替えたので、庭園を散歩してもいいかしら……と思ったが、庭園は植え替え作業で、散歩などできる状態ではない。というのも昨日の婚儀のために、蕾の花を片っ端から摘んでしまったので、庭園は見渡す限り、ほぼグリーン。つまり花があまりにもない。そこで中庭や東の庭園などの花を、このメインの庭園に移し、植え替えをしていたのだ。
その様子を見ると、植え替えを手伝いたい気持ちになるが、何気にこれは重労働。土を掘り起こしたり、中腰姿勢になったりで、かつ意外とちょこまか歩く。昨日の今日で、あまり体に負担はかけたくない。
そこでミルキーな紫色のドレスに、銀色のショールを羽織り、離れの噴水前のベンチに腰を下ろした。何もせず、ただぼーっとするために、座っていた。
建物寄りの庭の端に、近衛騎士の姿が見えた。でも見なかったことにして、ぼんやり、空を眺める。
ここ数日で、あまりにもいろいろなことがあった。
……リンドンは、どうしているのかな。
宮殿の外に出て、これからどう生きて行くのかしら?
敗戦国の元王太子という身分は、諸刃の剣だ。
その名の下、生き残った兵士や騎士、国民がうまく集結できれば、チャンスはある。国の再興。もしくは新天地で新しい国を興す。
さすがにヴィサンカ帝国に、戦を仕掛けることはないだろう。そうするには少なくとも十二万以上の軍を編成しなければならない。そんなこと、にわかにできることではなかった。では何年もかけたらできるかというと……それも無理だろう。
つまりヴィサンカ帝国の目を逃れ、どこか遠くで、新しい国を興し、そこで細々と生きて行く――それが元王太子の身分としては、一番かもしれない。平民落ちして、底辺生活を彷徨った場合、早死にする可能性が高そうだ。
一方で、自身が滅亡したハーティントン国の王太子であると知らせることで、命を狙われる可能性も高まる。それはヴィサンカ帝国から。ヴィサンカ帝国に媚びを売りたい国からも。
王族として普通に生きている時でも、暗殺の危険性とは、無縁とは言えない。でも周囲には、沢山の騎士や兵士がいてくれた。護衛してくれる人がいるわけだ。しかも王宮のような、防御を固めた住居に、住むことができた。
だが今のリンドンは、自身を護衛してくれる騎士や兵士も、防御に配慮した住居も、持っていない。命を狙われたら、致命的だと思う。何より暗殺者を気にすることによるストレスが、大きそうだ。
よって敗戦国の元王太子という身分は、実に諸刃の剣だった。
どう生きるにしても、リンドンの進む道は、いばらの道であることに、変わりない。私のことを迎えに行くと言ってくれたが、それは期待しない方が良さそうだ。
まずリンドンは、既に私がガレスとそういう関係だと思っている。それに自分が生きて行くので精一杯なのに、私を助け、共に生活するなんて無茶だろう。
リンドンは左眼を失い、あんな地下牢に入れられ、家族だって失っている。沢山辛い思いをしたのだ。もう彼に無理をさせたくない。とにかく健康で生きていてくれれば、私のことは、気にかけてもらわなくていいと思えた。
何もなかったのなら。ヴィサンカ帝国の突然の侵攻がなければ。リンドンと私は、いずれハーティントン国の国王と王妃になれたのだ。きっと仲の良い二人になれたはずだったのに……。
「もしも……」はいくら考えても、意味がない。
何より。
あまりにも怒涛の勢いでいろいろあったが、私はソークとキスをしていた。
しかもファーストキスだ。
それは「好き」の意味を込めてされたキスなのか。
された私は……当然だがその瞬間からずっと、ソークのことが、気になっている。異性として、急激に意識していた。リンドンと再会したその時は、リンドンのことや故郷のこと、兄のことを思い出し、ソークにまで意識が向かなかった。でも今、こうして落ち着くと。
ソークのことを、考えてしまう。
何より彼に助けられたのだ。もう絶体絶命だった時に。
絶体絶命という点で考えれば、最初の出会いの時だって、何気に私は大ピンチだったと思う。あのまま奴隷市場に連れて行かれ、意地悪い貴族に買われたら……。ボロボロになるまでこき使われる可能性だってあった。ボロボロになるだけではなく、暴力を受けたり、体を弄ばれたりで、一方的に搾取される人生に、なっていたかもしれないのだ。
無論、ソークに買われ、ヴィサンカ帝国に来た時。仇である暴君の、初夜の練習相手だったが、そこには復讐――暗殺という目的もでき、一方的に搾取される状況ではなかった。
船旅での気遣いを含め、ソークには恩ばかり感じる。でも私がソークに対し、何かできただろうか? ソークが最も望んだガレスの暗殺も、結局成し得なかった。それなのに。何もできなかった私を、叱ることはない。それどころかガレスが私に与えた役目を受け入れ、生きていくと決めても、文句を言うこともなかった。
彼が最後に求めたのは、あの儚いほどの一瞬の口づけ。それだけで満足してくれたソークを思うと……。
どうしても意識してしまうし、会いたいと思う。そして再会は思いがけない形で叶ったが……。彼は突然倒れ、誰かに支えられて去っていった。どこか怪我をしたのかとも考えた。そこで鍵束を探す際、オールソップ公爵の服やその周辺を確認したが、ソークにつながるような血痕はない。
直前に発した言葉も、ハッキリしたものだった。突然意識を失うような事態につながる要素は、見当たらない。怪我ではなく、疲労か何か立ち眩みのようなもので、倒れたのではないか。
無事だと思うが、ソークとの連絡手段があるわけではない。そこを気にし始めると、限りなく不安だ。しかもソークの活躍は、なかったことになっている。あのオールソップ公爵と二人の兵を害したのは、リンドンということになっていた。
地下牢にいて、目撃でもしていない限り。公爵と二人の兵を倒したのが誰かなんて、分かるはずがなかった。それにあの場に、ソークともう一人の何者かが現れた痕跡は、残されていないのだろう。その一方で現場からは、二人の囚人が逃亡している。そうなるとリンドン達が、公爵達を手に掛けたと思われても……。仕方ないと思う。
状況証拠からも、リンドン達の仕業――この結論になるだろう。だがしかし。自己申告で、それは変わるはずだ。
つまりソークがガレスに報告すれば、真相は明らかになる。恐らく煙幕もソークだろうし、二人の兵士を音もなく倒したのもソークだ。そして公爵を倒したのは、間違いなくソークだった。実に素早く、鮮やかな腕前。
報告をしていないその理由の可能性は……。
ソークの活躍の場は、表舞台ではない。裏で、隠密行動が基本なのではないか。表でその名が立つようなことは、避ける必要がある……とか?
もしくは別の任務に当たっているはずなのに、ガレスの暗殺未遂を知り、命令に反して宮殿へ戻って来た。そこで私が犯人扱いされていると知った。地下牢にいることを突き止め、助けにきてくれた。しかしそれは、本来の業務と関係のない行動。よって名乗ることもない……。
もしソークが、自身が動いたことを伏せようとしているなら、私が「実はソーク様に助けていただきました!」と話すわけにはいかない。
あのキスは何だったのか。どうして助けた後、連絡なしなのか。どこか具合は悪くないのか。
とにかくソークに会い、話をしたい……!
どこかにソークが私の所へ送ってくれた碧い鳥がいないか、つい探してしまう。
「リリー様!」
ネピが庭の小道を通り、小走りでこちらへ向かっている。
あんなに急いで、どうしたのかしら?
「皇宮から使いが来ました。ティータイムに、ガレス皇帝陛下の寝室へ、来ていただきたいそうです。ノリス卿が、リリー様と話をしたいとのことですよ」






















































