27:その後の様子
私が地下牢からこの離れに戻った経緯は、把握した。
逃亡した囚人が見つかったという話は、出ていない。リンドンと従者は、うまく宮殿から逃げ出せたのだろう。昨日は皇帝の婚儀もあり、沢山の貴族が宮殿に訪れた。だがそれだけではない。婚儀に関連して、様々な業者の出入りもあった。夜間でも普段より宮殿への人の出入りはあっただろうから、それに紛れることができたのだと思う。
よってリンドンは、逃げることができた。
地下牢にいたので、どれだけひどい目に遭っているかと思ったが、目立つ傷は、矢を受けた左眼ぐらいだった。拷問の痕もない。侵攻を受けた、ハーティントン国の王太子だ。即刻処刑されていてもおかしくない。しかもリンドンを捕えたのは、あの暴君ガレスの部下かと思うと……。よくぞリンドンは生かされていたと、安堵と同じぐらい、驚いた。
ガレスという人間は、やはり私には理解できない。
理解できないガレスであるが、彼が今、命を落とすと……。いろいろと大変なことになる。それは散々、ナオ達と話した。それに暴君なのだろうが、彼のことを根っからの悪人に思えなかった。簪を使い、暗殺しようとした過去があるのに。毒で理不尽にガレスが害されるのは許せない――という気持ちにもなっていた。
よって解毒薬を飲んだ彼がどうなったか。それをネピに尋ねることにしたのだ。
「ガレス皇帝陛下の容態について、何か発表はあったのかしら?」
するとそこに、ナオとイーモがブランチを用意し、戻って来た。
二人がそれぞれ押してきたワゴンからは、とてもいい香りがしている。
こうなると話は一旦中断となり、「冷めないうちに、まずは食事をしましょう!」となる。
「驚きましたわ。厨房に向かったら、エントランスホールがざわざわしていたので、どうしたのかと思い、見に行きましたの。すると皇宮から、食事が届けられたと言われました。リリー様にと」
イーモはそう説明すると、窓際のテーブルに、その皇宮から届けられたという料理の配膳を始める。ナオとピアも手伝い、それはあっという間に終わった。
着席した私は、並べられた料理を改めてじっくりと見て、「これは……」と驚くことになる。
ブランチのような、中途半端な時間に出る前菜は、冷製が多い。でも出された前菜は、ボイルした野菜をスープ仕立てにしており、クローシュを取ると、湯気が立った。
早速頂いてみると……。
ボイルされている野菜はホロホロで、口の中では溶けるよう。
前菜とは別に出されたカブのスープは、優しいコンソメ風味だが、油は使われていない。カブもざく切りではなく、かなり小さいサイズに切り刻まれている。スープが染み込んだカブは、噛みしめると、じわっとスープと甘味が口の中で溢れた。
この国へ来て、初めて食べ物の味をしっかり感じた気がする。
連日食欲はなく、口をつけても上の空だった。
でも毒を服用することで、体が生命の危機を体験した。そのことで生きるために食事をせよと、脳が命じている気がする。しっかり味を感じ、食欲を湧かせろと、脳が言っているように思えた。
鶏のむね肉は、スライスしたものに、バルサミコ酢を使ったソースをつけ、食べるようになっている。シンプルな味付けで、肉も柔らかく食べやすい。蒸した白身魚も岩塩で食べるようになっており、こちらも塩味のみなのに、なんだかとても美味しく感じる。
パンはなく、代わりにリゾット風のオートミールが用意されていた。まろやかなチーズ風味だ。甘いオートミールが、実はあまり得意ではない。だがこれはとても食べやすく、綺麗に平らげてしまった。
すべて食べ終えてから、気が付いたことがある。どれも消化がよさそうで、胃への負担を減らそうとしていることが、感じ取れた。さらに胃を刺激しないような調理法と味付けがされている。これはもしかすると、ガレスのために用意された料理を、私にも出してくれたのでは?と思い、確認すると……。
「ガレス皇帝陛下は、意識もある。ちゃんと自分で食事を摂れるまで、回復しているって。それに食事を終えると、ベッドで執務も再開した。料理を届けてくれた皇宮付きのメイドが教えてくれたよ」
ネピはナオに「リリー様は主なのですから、敬語を使ってください!」と注意しているが、私は「大丈夫よ、気にしないから。ただ、来客時は敬語を使ってもらえる? そんなに来客はないと思うけれど。他の貴族が見たら、離れのメイドは教育がなっとらん!って、陰口を叩くかもしれないから」と言うと、ナオは……。
「リリー様、敬語頑張ります! あたしの……私のせいで、リリー様が馬鹿にされるのは、納得いきませんから!」
大変素直にそう言ってくれた。そのことに喜んでいると、ネピがこんなことを口にする。
「皇宮付きのメイドは、無口で知られています。自分達から話すことは、ほぼないと言われているのです。それなのにガレス皇帝陛下の様子を教えてくれたのは……リリー様が心配していると思い、敢えて教えてくださったのかもしれません」
「そうね。解毒薬を用意したのは私だから、ちゃんとその効果が出たことを、伝えてくれたのかもしれないわ」
食後のミルクティーを飲みながら、さりげなく口にした言葉だった。だがナオ、イーモ、ネピが、驚いた顔で動きを止め、私を見た。
「侍医が用意した解毒薬で、回復したわけではないのですね!」
ナオに言われ、「そうだわ!」と思う。
この三人は、何が起きたのか、知らないのだわ。
そこで私は、昨晩起きた事件について話した。
三人と別れた後、皇妃が来たこと。皇妃は私の命を奪うつもりだったが、それを説得し、ガレスの寝所へ向かったこと。そこで使われた毒草を特定し、解毒薬を調合。それを飲ませたところでオールソップ公爵が登場し、私を地下牢へ戻すよう要求したのだ。
「その結果、地下牢に戻され、そこにあのオールソップ公爵が来て……。後はメイドが話してくれた通りよ」
本当は、信頼している三人には、リンドンのことを話したかった。でもそれはできない。私の身分がばれてしまう。
そこで思い出す。
毒草の特定ができ、ロケットペンダントに入っている解毒薬で、ガレスを救うことができると分かった時。もう身分を明かすしかないと思った。そしてあの時そばにいたノリス卿に、自分がスペンサー王国の第一王女フローラであると、明かそうとしたのだ。でもノリス卿は、先に私が誰であるか察知してくれて「名乗ならなくても大丈夫です」と言ってくれたのだ。
だが冷静に考えると、ガレスの側近中の側近に、私の身分がバレている。
あの時は腹を括り、覚悟を決めていた。どこかで「いつこの世界から退場することになってもおかしくない」という気持ちもあった。それに実際、昨日は何度、命を散らしかけたか。だが蓋を開けると、私は生き残っている。
ガレスの解毒は成功。食事もでき、執務も行っているという。それはもうガレスの若さ、体力、強運。この三つの賜物だろう。ガレスの命を狙い、私を犯人に仕立てようとしたオールソップ公爵は死亡。皇妃は全てを白状し、幽閉中だ。
私は離れに戻り、皇帝であるガレスと同じ食事を食べさせてもらえた。
一見すると、脅威は去り、平和が訪れた……かのように思えるけれど!
ヴィサンカ帝国により、滅ぼされた国の第一王女という身分を、ガレスの最側近であり、近衛騎士隊長であるノリス卿にバレているのだ。
既にノリス卿は、ガレスに私の本当の身分を話したのだろうか? もし私がスペンサー王国の第一王女と知ったら、ガレスは私をどうするだろうか……?
通常、敗戦国の王族が生きていた場合、処刑されることが多い。それは報復を恐れるためだ。つまり王族の元に残党が集い、蜂起する――このような報復を避けるための処刑ということ。
さらに王族がいることで、生き残った国民が再興を望み、征服した国に忠誠を誓わない事態も起きる。そうならないよう、男子だったら百パーセントの確率で処刑。女子もかなりの確率で処刑されるが、場合によっては王妃や皇妃として迎えられることもある。敗戦国の生き残った国民を懐柔し、共に一つとなり、頑張ろうと納得させるためだ。
だが相手は、暴君で知られるガレス。
そもそも身分を偽り、奴隷として、初夜の練習相手に選ばれている。さらには皇妃の夜伽の身代わりという役目を任ぜられていた。「敗戦国の人間であり、国を滅ばされた王女でありながら、お前は何を考えてここにいるのだ?」と問われたら……。「最初は暗殺するつもりでした。でも皇帝が亡くなると、この大陸が大変なことになりそうなので、解毒することにしたのです」――そんな風に答えるわけにいかない。
ガレスからしたら、騙された、転がされた、ふざけているのかとなり、「消えろ」だろう。
つまり身分がばれれば、即刻、処刑される……!






















































