24:伏魔殿
オールソップ公爵は、皇妃を皇帝と一緒に、葬り去るつもりだったのでは?
もしかするとあの小瓶は、男女のその両方に効く媚薬として、渡された可能性がある。「皇帝と共に飲むといい」と言われていたのでは? でも皇妃は恥ずかしがり、ガレスのグラスだけに媚薬を注いだ。その結果、ガレスだけ毒で倒れ、皇妃は大いに慌てることになった。そこで咄嗟に私のことを思い出し、犯人に仕立てあげた。
オールソップ公爵はもしかして、娘――皇妃も消し、自身が新たな皇帝として立つつもりだった……? なんなら皇太后と再婚するという手もある。皇妃が生き残り、婿を迎えたら、それはそれで新たな火種になるだろう。ならば娘もろとも、現状の皇帝と皇妃を消してしまう……そんな考えをしていたなら……。
なんて恐ろしいことを考えているのだろう。
ガレスと剣を交えることになれば、相応の軍備力が必要になる。いくら公爵家でもそれはキツイ。それならば娘もろともガレスを葬れば、周囲から疑われることもないだろう。なにせ皇妃――娘まで毒殺されている。しかも初夜に。皆、同情するし、その直前にハーティントン国とスペンサー王国も滅んでいるのだから、このどちらかの残党による報復だと思うだろう。
思うだろう――というか、そうヴィサンカ帝国の国民や貴族達が思うよう、オールソップ公爵が誘導するに違いない。
そうか。
私がスペンサー王国の出身と、オールソップ公爵が最初から知っていれば、確実に私に罪を被せる前提で計画を考えただろう。どの道、私の出自がバレた時点で、私は“悪女”に仕立てられることになるんだ。
でも大丈夫。
ガレスは助かる。ノリス卿もそばについているから、回復するまで、狙われることはない。私は命の恩人なのだ。いくら暴君でも、ガレスは私の無実を証明してくれるはず。そうなれば皇妃の悪事がバレ、そこから付随して、調査が進み、オールソップ公爵の企みも露見すると思う。
さすがに皇妃も皇帝に毒を盛った罪を問われたら、父親のことを話すと思った。
それにしても。
牧歌的なスペンサー王国と違い、ここは伏魔殿で恐ろしい。
でもヴィサンカ帝国は、そもそも皇族自体が骨肉の争いの上で成立している。
ガレスが暴君として君臨することで、落ち着いたかと思えたけど、オールソップ公爵のように暗躍する者がまだいるんだわ……。でもオールソップ公爵の先祖を辿れば、皇族になるはず。きっとどこかで“皇帝になりたい”という野望があったのだろう。
「何をぼさっとしているの、さっさと入りなさいよ!」
皇妃の声に、我に返る。
随分と考え込みながら歩いている間に、地下牢に到着していた。
さっきから私は、ガレスを信じている。もし彼が私を無視し、全く違う角度から皇妃とオールソップ公爵を追い詰めたら? 私は地下牢で放置にならない?
さっきまで地下牢で、果報は寝て待つ――ぐらいの気持ちでいたが、ここに来て怖くなってきた。本当に、ここから出られるのかしら……。
「どんくさい女ね!」
皇妃に突き飛ばされ、地下牢の入口の段差につまずき、そのまま牢獄内の床を転がることになった。固い岩の床。あちこちが痛みで悲鳴をあげている。
床に転がる私のそばに、皇妃がしゃがみこんだ。
「あんたみたいな悪女、この地下牢が、本当にお似合いよ!」
そう罵った皇妃が、私に急に顔を近づけた。
「ありがとう。陛下を助けてくれて。でも私では、あなたを守れない。これを置いて行くから。もしもの時に役立てて」
低い小さな声でそう言うと、皇妃が手に持っている布から取り出したのは、短剣だ。
これはさっきオールソップ公爵から受け取っていたものでは……?
「死人に口なしにしろ――そう、お父様に言われたわ。でも恩人であるあなたに、そんなことはできない。なんとか生き延びて」
立ち上がった皇妃は、再び目尻を吊り上げた。
「この悪女! いい様よ!」
床に唾を吐き、そして牢獄から出て行く。
私は慌てて短剣をスカートの下に隠した。
「鍵をかけなさい」
皇妃は振り返ることなく、警備兵と近衛騎士を連れ、地上へと戻っていく。
彼らの姿が見えなくなってから、スカートの下に隠した短剣を取り出した。
通常の短剣より、さらに小さい。
小型のナイフを短剣にしたようなものだ。
でも鞘やガードに宝石の飾りもあり、決して安物ではないと分かる。
オールソップ公爵は、この短剣を皇妃に渡し、私をこの地下牢で害するように命じたのね。
あくまで初夜に皇帝に毒を盛ったのは、私とするために。
皇妃が復讐で私を害したとしても、世論は皇妃の味方だろう。
だが、ガレスにはどう言い訳をするつもりなの?
言い訳なんて通用するとは思えない。
そうなるとどう考えても近日中に、オールソップ公爵は、ガレスを手に掛けるつもりだと思えた。解毒薬を飲んでも、さすがに以前通りの状態には、すぐには戻らない。毒耐性をつけているなら別だが、それがないならせめて一週間は、安静にしておきたいところだ。
そんな弱った状態のガレスに、手を出そうとするなんて……。
なんとか阻止できないものかしら。
ナオ達も動いてくれているし、またここに会いに来てくれるだろう。そこでオールソップ公爵の悪事について話して……。いや、ダメだ。それでは間に合わない。
皇妃が私をやり損ねたと知ったら、オールソップ公爵はどうする?
そこで嫌な想像をしてしまう。
本人が来る可能性がある。
まさかその時に身を守るため、この短剣を使えというの?
……そういうことだろう。
ソークと言い、皇妃と言い、どうして腕に覚えのない私に簪やら短剣でどうにかしろと言うのだろうか。私は花と自然を愛するスペンサー王国の第一王女だったのだ。女騎士ではないのに!
ただ、ソークに習ったことは、役に立ちそうだ。
何せ簪の一刺しで狙うのは、人間の弱点。そこへ簪より威力のありそうな短剣を突き立てることができたら……勝機はあるかもしれない。
そうなると、この短剣を隠さないといけないわ。
でも簪と違い、短剣を隠すのは難しい。
しかも今はイブニングドレスを着ているのだ。
こうなると……。
胸元に隠すのは、リスキー過ぎる。対面で向き合って目につく場所であるし、隠し持っているとバレてしまいそうだ。ドレスのスカートのポケットには入らない。どうしたら……。
しばらく思案したが、隠すのは無理だった。
もしオールソップ公爵が来たら、背中に隠すしかない。
そこまでは緊張感が漂った。
でも、あの場で私自身も解毒薬を飲んだとはいえ、毒を体に入れていた。耐性があっても、解毒薬を飲んでいても、体を休める必要がある。
粗末なベッドが一応、置かれていた。
枕と薄っぺらい掛け布。
森での日々を思えば、これだけでもありがたい。
そう思い、まずは腰かけることにした。
腰を下ろした瞬間、どっと疲れが出る。
短剣はひとまず、右手のそばに置いた。
「フローラ」
閉じかけた瞼を、驚きで開けることになる。
懐かしい声が聞こえた気がした。
ドキドキしながら、薄暗い地下牢の様子を探る。
自分がいる牢以外にも、牢屋があることは分かっていた。
だが通路を挟んだ対面の牢屋は、すべて扉がついているタイプで、中は見えない。
「フローラ」
またもや声が聞こえ、心臓が跳ね上がる。
この声は、まさか、まさか……。
驚いて立ち上がり、鉄格子を掴み、左右の様子を窺う。
その時だった。
足音が聞こえてきた。
それは階段の方だ。
地上から誰かが地下牢へやってきた。
もしかすると……!
慌ててベッドに戻り、短剣のそばに座り直す。
まさにその瞬間。
「見つけだぞ、この悪女め!」
お読みいただき、ありがとうございます!
完結のお知らせです。
【章ごとで読み切りの第三章が完結】
『転生したらモブだった!
異世界で恋愛相談カフェを始めました』
https://ncode.syosetu.com/n2871it/
「職場恋愛が上手くいくコツ」
「高嶺の花/ハイスペック男子へのアプローチ法」etc
などのお客様の恋の悩みにアドバイス!
さらに主人公の前に現れる新キャラクター。
三つ巴ならぬ四つ巴の展開、勝敗の行方は!?
ページ下部にイラストリンクバナーがございます。
ぜひぜひご覧くださいませ☆彡






















































