21:見切る
初夜でガレスに毒を盛れば、皇妃は悲劇のヒロインとなり、同情が集まる。
そうだとしても。
初夜のタイミングだからこその犯行だったとしても、そもそも愛する相手に毒なんて、盛ることができるかしら? 私は……絶対にできない。邪魔者を排除するためとはいえ、愛する人が苦しむ姿を見る気にはなれない。でも皇妃は、それができる女性だというの?
皇妃が性悪な女性であることは、確かだ。ただ、分かりやすい女性でもある。嫌悪を悪意で包み込み、表向きは笑顔で接し、裏で散々悪口を言うタイプとは違う。嫌いな相手には、徹底的に嫌悪を剥き出しにする。そんな性格の皇妃が、自身の愛して止まないガレスに毒を盛る?
何かがひっかかる……。
そこにカシャカシャという音やカツーン、カツーンという音が響いたと思ったら、牢番、甲冑姿の警備兵、ブルーの隊服姿の近衛騎士、そして……ワイン色のドレスを着た皇妃の登場だ。
サッと確認したその顔は、怒りに満ちているが、同時に泣き腫らした痕が見えた。瞼は腫れぼったく、赤くなっており、鼻の頭も赤くなっている。
私はカーテシーをして、頭を下げていた。
よってもう皇妃の顔は見えていない。でも鼻をすする音が響いている。
これは同情を買うための演技? それとも本心?
すべての音が止み、顔を上げる。鉄格子から1メートルぐらい離れた場所に、皇妃他ほぼ全員が、ずらりと横並びになっていた。その中央、そして私の正面に当たる場所に、皇妃がいる。
「皇妃殿下にあ」
「この人殺し! 人でなし! あなたのせいで、陛下が大変な状態なのよ!」
挨拶のチャンスはなし。でも陛下の状態を確認するチャンスは到来。
「今、ガレス皇帝陛下はどのような状態なのですか? 意識はあるのでしょうか? どこか怪我をされているのですか?」
既にナオ達から得た情報で、ガレスの状況を知っていた。
でも私は、詳細を知らずにここへ連行されたことになっている。よってここは何も知らないフリをしたわけだ。
「な、何を、知らないフリをしているの! あなたが滋養強壮に役立つと言って殿下に渡した媚薬、本当は毒だったのでしょう! 毒草で作った毒だったのよ! 陛下はワインと一緒にその毒を飲んでしまい、急に手足が痺れて嘔吐し、今は意識がない状態よ」
「痺れと嘔吐、意識がない……。呼吸はどうですか? 熱は?」
私が症状を尋ねると、たじろぎながらも皇妃は素直に答えた。
「こ、呼吸は……苦しそうよ。熱は……普段、冷たい手をされているわ。それに比べると、温かく感じたから、熱は出ているのかもしれない。このままでは……陛下は、陛下は……」
さっきから皇妃のルビー色の瞳は、落ち着きがないように感じる。
とても動揺しているし、そして何かを隠そうしているように思えた。
ガレスが毒を盛られたことにショックを受けている――だけではないように思える。
「ガレス皇帝陛下の場合、ワインと一緒に毒を摂取されたのですよね。体温の上昇は、毒草というより、アルコールの影響も強い気がします。それに毒が体内を巡っても、なんらかの疾患を持っていなければ、二時間程で命を落とすことはないはずです」
今の言葉に皇妃の顔は……心底安堵した表情になっている。
自分で用意した毒を飲ませ、解毒薬を用意している……ようにはとても思えない。
「ガレス皇帝陛下はまだお若く、健康だったと思います。よって今は大丈夫でしょう。でも適切な処置をしないと、大変なことになると思います。侍医に見せたのですよね?」
「当然でしょう! ただどんな毒だか分からないから、苦労しているのよ! 今、分析しているのですわ!」
確信できた。
毒を飲ませたのは、皇妃だと思う。でもそれは毒だと思わず飲ませてしまった――これが正解に思える。本当に滋養強壮に効くと思い、手に入れた媚薬を、ガレスのグラスに入れた。まさか毒とは思わずに。
突然、嘔吐し、苦しみ始めたガレスを見て、自分がグラスに入れた媚薬が毒だと理解した。このままガレスが命を落とすことがあれば、当然だが、犯人だと疑われる。そこで私がスペンサー王国出身であることを思い出し、咄嗟にでっち上げたのね。
今はガレスに助かって欲しいと願いながら、自分が犯人と思われないよう、必死なのだろう。
私は花と自然を愛している。
薬草も毒草も。同じように学んでいる。そしてこの世界で、毒殺で使われる毒は、多くが毒草だ。侍医も当然、そこを心得ているはず。それでも成分を分析して、きちんと何の毒草が使われたかを特定してから、解毒薬を調合しようとしているのね。
それはきっと、ガレスが怖いから。間違った判断で的外れな解毒薬を調合して飲ませたら、首を刎ねられる……とでも思っているのかもしれない。でもそれが当然。人間の本能は生きたい――なのだから。
でも間違いなく私の方が、その侍医より先に毒草の特定をし、解毒薬を飲ませることができる。そしてガレスが回復すれば、私の無実を証明してくれるはず。
「皇妃殿下、私はご存知の通り、スペンサー王国出身者です。毒草を専門に扱う立場ではありませんが、王立薬草研究所に勤務していた期間がございます。そこは優秀であれば、平民でも働ける場所です。成果を出せば、爵位が与えられることも。ガレス皇帝陛下の容態を確認させていただければ、侍医より先に、解毒方法を見つけ出すこともできます」
「な、何を言っているのかしら、今さら。毒を仕向けたのはあなたなのでしょう。知っていて当然よ。それをしたり顔でそんなことを言えるなんて。恐ろしい女だわ! 剣を貸して頂戴。皇妃の名の元、私の大切な夫を殺そうとしたこの悪女を、成敗してくれるわ!」
皇妃であれば、貴族でもない奴隷女であり、自身の身代わり役の女の命を奪ったところで、罪に問われないということ? これで恋敵を消せる? いや、重要なのは、そこではない。私が悪女として、この世から消えてくれること。犯人死亡にすることが、目的だろう。そうなれば、もう皇妃は疑われずに済む。
「牢番、鍵を開けて。誰か一緒について来て頂戴。あの悪女を取り押さえて」
皇妃の手に剣が渡る。牢の中へ警備兵、近衛騎士、そして皇妃が入って来た。
心臓が命の危機を察知し、バクバク言っている。
大丈夫。大丈夫よ。
ここの人達は、毒草に関して詳しくない。
「暗殺に使われる毒が、そんなに簡単に解毒できると思いますか? 解毒薬が簡単に用意できたら、暗殺になりません。侍医はきっと、優秀な方だと思います。ですが、成分の分析に時間がかかり、さらに解毒薬の調合に時間がかかった結果。助かる命が助からない可能性もあります。今は一刻も早く、陛下の命が助かる方向で、動くべきではないですか?」
「そ、そうね。なかなか役に立つことを言うじゃない。じゃあ、教えなさいよ! 毒を盛ったのはあなたなのでしょう? だったら解毒薬は何を使えばいいのかも、知っているのでしょう? 言わないなら、その腕から切り落としていくわよ、この悪女め!」
落ち着いて、私。
深呼吸をして、剣を手にした皇妃を見た。
警備兵は、いつでも私を押さえられるよう、前に出られる姿勢をとっている。
つまり本当にいざとなれば、私を傷つけるつもりなのだと理解した。
もはや死人に口なしのゴールに向け、皇妃は動き出すつもりなのだ。
「腕を切ろうが、足を切ろうが、容態を確認しなければ、いくら毒草に詳しくても、解毒について答えることはできません。間違った判断をすれば、命はないでしょう、ガレス皇帝陛下の。もし陛下が亡くなったら、この大陸はどうなりますか?」
さっきナオ達と四人で話した、もしガレスが命を落としたらどうなるかの世界について話す。
これには警備兵や騎士の頬が、ピクッと反応している。
「へ、陛下は死にませんわ! 侍医が必ず、助けてくださります!」
「ではそれを信じ、指を咥えて待つといいでしょう。この後、ガレス皇帝陛下はさらに呼吸が困難になり、体を痙攣させ、意識が戻ることなく、息絶えるかもしれません。あなた方は何もせず、陛下を死に至らしめたと、後々後悔されるでしょう」
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