20:必要な存在
ナオに続き、ネピもこんな風に言ってくれた。
「リリー様が毒で誰かの命を奪うような方には思えません。それに暗殺を目論むなら、とっくに逃走していると思います。なぜなら毒草で作られた毒は、既にガレス皇帝陛下の手に渡っており、後は初夜に飲んでもらうだけです。それならばむざむざと捕まるようなことをせず、逃げると思います」
本当にその通りだと思う。つまりこれは……。
「ここにいる三人は少なくとも、皇妃が怪しいと思っていますわ。リリー様を陥れるための罠なのでは?と。もし暗殺を考えるなら、劇薬を飲ませ、即死にしないと意味がないと思いますもの」
私が考えたことを、イーモが言葉にしてくれた。そう、そうなのだ! 毒草による毒では、即効性のある劇薬にはならない。どうしても毒の効果が出るまで、時間がかかってしまう。そう考えると、ガレスに盛られた毒は、効果が出るまでに時間がかかっていた。よって毒草による毒物であることは、間違いないだろう。
「確かに劇薬で即死させていたら、それこそ悪女よね。……それでガレス皇帝陛下は、生きているのね?」
私の問いに、イーモは頷きつつも、こんな不穏なことを言う。
「もしガレス皇帝陛下に万一のことが起きていたとしても、それこそ今は隠ぺいすると思いますわ。ハーティントン国とスペンサー王国を滅ぼし、領土は拡大。今、ヴィサンカ帝国は、建国以来の最大の領土を保持した状態です。でもこれだけ国土が広いと、維持することも困難」
するとネピも、さすが王族出身なだけあり、的確な分析をする。
「広い国をまとめるだけの、カリスマが必要となります。それがある意味、ガレス皇帝陛下です。暴君もまた、一種のカリスマですから。その彼を失えば、求心力を失くすことに繋がります。ガレス皇帝陛下の意志を継ぐ者達、皇太后を担ぐ一味、皇妃とオールソップ公爵家……様々なところが動き、内乱状態に突入するのではないでしょうか」
「ヴィサンカ帝国が内乱状態になったら、周辺国も動き出すだろうねー。しかもこれまでのように、内乱に乗じて帝国に攻めてきた敵を撃退するような、前皇帝もいない。大陸全土が、帝国の内乱を皮切りに、紛争状態になると思う」
ナオも鋭い。ナオは市井の感覚で話しているが、天性の勘の良さもある。高貴な身分の落胤というのは本当だと思う。だからこそ宮殿の下級メイドにもなれたのだと判断できる。
「つまり三人の言っていることをまとめると、ガレス皇帝陛下に毒を盛ったのは、皇妃。悪女は皇妃だった。そして動機は……私の排除ね。皇帝暗殺が目的ではないから、即死していない可能性が高い。ただ、実際はどういう状態かは分かっていないと。仮にガレス皇帝陛下が命を落とすことがあれば、大変なことになるのね」
そこで私は考える。現状把握はできた。ではこの状況をどう打破するかだ。
私はガレスを、皇帝を暗殺するつもりでいた。
でも奇しくもそれは思い留まることになった。それはある意味、正解だったのかもしれない。
暗殺後のヴィサンカ帝国の混乱について、ある程度は想定していたつもりだった。でも改めてこの三人と話し、この帝国だけではない。この大陸に、ガレスという暴君は必要だと理解した。
しかも今となっては私もこの帝国の一員であり、三人の仲間もできている。三人とも、元は奴隷の出身。それでもここで生きているのだ。辛い思いをした分、幸せになって欲しい。
よって最初にすべきこと、それは暴君を救うことだ。そう、つまり――。
「まずはガレス皇帝陛下の安否確認ね。もし毒でまだ苦しんでいるなら、解毒する必要があるわ。陛下の解毒がうまくいき、目覚めれば、皇妃が嘘をついていることも、証明してくれると思うの。だって私、身一つであの寝所へ連れて行かれたのよ。そんな媚薬なんて、渡せないから」
ずっと肌身離さずつけているロケットペンダントがある。ここには毒薬と解毒薬が入っていた。よって完全に身一つだったわけではない。でもこれは今、ここで話さなくてもいいだろう。話すならば、ガレスに対してだ。
「陛下の安否確認ぐらいなら……なんとかすれば、私達三人でも……。もしメイド長の協力を得ることができたら、確認できるかもしれません。いかせん皇宮の使用人は、口が堅く……。皇宮に詰める兵士も騎士も近衛騎士も、同じです。陛下の容態は、簡単には教えないと思います。メイド長に対しては、もしかすると、話してくれるかもしれません」
ネピの言うことはよく分かる。例えメイド長でも、その権限は宮殿まで。皇宮のことに干渉は、難しいだろう。
「もう国外に出てしまった可能性は高いと思うわ。でも見つけることができたら、ソーク様を見つけて欲しいの。彼は何だか隠密行動に長けているし、皇宮にも人脈がありそうな気がする。ガレス皇帝陛下がどんな状態か、探ることができそうな気がするわ」
これにはナオとイーモが「なるほど」と頷き、ネピは「ソーク様?」となっていたが、説明する時間はない。何せさっき、牢番の男が「皇宮から誰か来る」と教えてくれたのだから。
「もし陛下がいまだ毒で苦しんでいるなら、どうするおつもりですか? 頃合いを見て、つまりはリリー様が処罰されたら、皇妃としては目的達成。それにあわせ、解毒薬を陛下に飲ませるかもしれません。でもそれまでは、陛下は毒で苦しむわけですよね?」
ネピが心配そうな顔で私を見る。私は「心配しないで」と示すために頷き、口を開く。
「一応、私はスペンサー王国出身だから、他のみんなよりは、少しは解毒薬にも詳しいかもしれない。ともかくどんな毒草が使われたか、ちゃんと確認できたら、なんらかのアドバイスはできるかもしれないわ」
「でもリリー様。スペンサー王国出身と言っても、毒草に関しては、王族のみしか扱えないのですよね?」
そうだった。そのことを皇妃……オールソップ公爵令嬢に話した時、ネピはそばにいたのだわ。咄嗟に身分を誤魔化すため、「毒草に関しては、王族のみしか扱えない」という言い方をしたが、厳密には王族のみではない。
王族が所有する研究施設の職員も、毒草は扱えた。そしてその施設では、平民出身の職員も働いている。ただその研究は、まさに毒にも薬にもなること。どちらに転んでも重要性が高い。ゆえに施設へ入所した段階で、平民であれば、爵位が与えられた。
スペンサー王国では、貴族の行動について、詳細を管理することができた。つまり毒草の研究施設の職員は、皆、貴族であり、そこには平民出身者も含まれている。そして悪いことができないよう、行動はしっかり管理されていたということだ。
この長い説明をするわけにはいかないので、端的に答えることにした。
「毒草の扱いは、基本的に王族のみよ。でも例外もあるということ」
なるほどとネピが頷き、ナオは「もしも陛下が、既に天に召されていたら、どうする?」と私を見た。
「その可能性は、限りなく低いと思うわ。毒草というのは、即効性は限りなく少なく、じわじわと症状が出てくるの。それに」
「おい、みんな、皇妃だ! 皇妃が来る。今すぐ上がって来い!」
牢番の声に、全員がビクッと体が震えた。
地下牢にまで、皇妃が来るなんて!
まさか裁判もなしで、いきなり命を奪うつもりなんじゃ……。
急に不安がこみあげる。しかもみんな、行ってしまう。
「ソーク様のことは、必ず見つけるから!」
「リリー様がスペンサー王国の出身であることは、メイド長も分かっています。解毒方法について知識があるかもしれないと、メイド長に話してみますわ。もしかすると解毒剤を用意しろとなって、牢から出られるかもしれません!」
「絶対に助けますから。気持ちを強く持ってください。また来ます!」
ナオ、イーモ、ネピが順番に、私を励まそうと懸命に言葉をかけてくれる。
三人がこんなに必死なのだ。ここで私が不安だ、怖いと弱音を吐いている場合ではない。
「くれぐれも無茶はしないで。気を付けて」
「「リリーも気を付けて」」「リリー様、待っていてくださいね」
あっという間に三人は、地上へ続く階段を上っていく。
その姿を羨ましいと思ってはいけない。
本来は赤の他人。
こんなところまで来る必要はない。それでもここまで来てくれた。感謝しなければならない。何かを求めてはダメ。何より、人任せではなく、自分自身でも何か考えないと。
そこで考えるのは、皇妃の気持ちだ。
礼拝堂での態度からすると、皇妃はガレスに好意を抱いていると思う。だからこそあれだけ、先にガレスと結ばれたと思っている私に、冷たい態度をとったのではないかしら。
そこまで好きな相手なのに。
しかも初夜で、毒草を飲ませたりする?
「契りの証」を国内外に示すことで、皇妃として盤石になる。初夜を終え、ガレスが離れに目を向けたら、毒を飲ませた方が……。ああ、そうか。そうすると「いかにも」になってしまうのね。
平時に突然、ガレスが毒を盛られるような事件が起きれば、疑いの目はありとあらゆることに向けられる。離れに目を向けたガレスの心を引き留めようとして、毒を皇妃が盛ったのでは?と噂を流せば、それを信じる者も出てくるかもしれない。
でも今日は盛大な婚儀があり、皆、浮足立っている。
そこで起きた皇帝の毒による暗殺未遂。しかも初夜のまさにその時に、事件は起きた。これには皇妃を憐れむ声が多数で、代わりに皇妃の夜伽の身代わり役である私への非難が殺到する。皇妃と皇帝が結ばれるのを邪魔しようとしたという噂が、最も強い影響力をもたらすタイミングだ。ここで、皇妃が私を貶めるため、犯行に及んだ――と声をあげても、弱い。
結局、初夜の悲劇の当事者に、同情は集まる。






















































