19:何が起きたのか
美しい宮殿の地下に、こんな場所があったなんて……。
地上の楽園が宮殿なら、ここは地下の地獄。
まさにそんな言葉が似合う所だった、この地下牢は。
地下なので窓がない。
三方が岩の壁で、残りは鉄格子。
天井も床も剥き出しの岩。
じめじめと湿っぽく、そして地上より気温が低い。
天井から時折、水滴が落ち、ピチョンという音を水溜まりに響かせている。
スペンサー王国の第一王女として、王宮で暮らしていた。突然の戦争で、王宮から逃げのび、森の中を彷徨った。奴隷として買われ、皇帝の初夜の練習相手にさせられたが、立派な離れに住む機会を得た。だが、行きついた先は地下牢。しかも問われているのは「ガレス皇帝陛下暗殺未遂」だ。最悪な状況。
これが二日前の夜の出来事だったら、理解できる。
そう、あの夜に、私がソークに言われた通り、皇帝暗殺を遂行していたなら……。
だがガレスはどう見ても体力がありそうだし、運動神経もよさそうだ。
一度目の攻撃は通ったとしよう。でも二度目は無理で、手から簪は奪われるはず。つまりガレスは命を落とさない。その場ですぐ私は拘束され、地下牢へ連行。その上で「ガレス皇帝陛下暗殺未遂事件の犯人」とされたのなら、まだ理解できる。
だが私は暗殺を遂行していない。
それなのになぜあの夜から二日後の今、しかも皇妃の名の下、「ガレス皇帝陛下暗殺疑惑」を問われ、地下牢に閉じ込められるのか。
もしやさっき別れたソークが私を売った? 私が簪を持っていることを指摘し、これで二日前、皇帝を寝所で害そうとしていた――と皇妃に密告した? そこで金を得て、宮殿からとんずらした?
そんなことをソークはするのだろうか?
あの離れの小さな庭で、ソークが口にした言葉に、嘘はなかったと思う。私のことを認め、優しいと褒め、皇妃のひどさに憤ってくれた。「自分には手の届かない存在になった」と言って、キスをした彼のあれが演技だったとは思えない。皇帝の女になった私への当てつけで、暗殺の件を皇妃に告げ口したとは思えなかった。
そうなると、どこで私が暗殺を試みていたことがばれたのか、だ。
皇妃が私を探り、簪を見つけ、それでばれた? 東方の国では、簪が武器として有名だったりするの?
いくら考えても分からない。でもこのままでは私は確実に死刑だろう。
皇妃は私のことを嫌っている。この機会にいなくなってくれればいいと思っているはずだ。ろくな弁明の機会もなく、刑は確定し、私は絞首台に消える……。
そう、ヴィサンカ帝国には、死刑が存在していた。それは絞首刑だ。
スペンサー王国では、死刑が存在していなかったので、心底絶望的な気持ちになる。
もう、絶対に助からない。
鼻の奥がツンとして、両目に涙がじわっと溢れた時だった。
「「リリー!」」「リリー様!」
声に顔をあげると、そこにナオ、イーモ、ネピの姿が見える。
「……! 三人とも、どうやってここへ!?」
するとイーモが指を唇に当て「しーっ」と合図を送る。
「使用人や下級役人はみんな、同じピラミッドの底辺だから。金と変な連帯感で、ある程度の融通が利く。それを利用しただけ」
ナオがあっさりそう答える。
つまり地下牢を警備する兵も、牢番も、他の兵士や役人に比べると、身分が低い。宮殿で働いているとはいえ、給金は十分ではなく、賄賂には弱い……ということね。あとは身内のよしみで融通を利かせてくれた。
「今日は婚儀で高級なワインが厨房には沢山用意されていたの。それと舶来品の葉巻やチョコレートを届けたら、いちころでしたわ」
「で、でも、イーモ、そんなものを持ち出したら……」
「大丈夫ですわよ。メイド長が『これでリリー様が救われるなら、それに越したことはございません』とおっしゃってくださったのですから。味方がいないと、肩を落とす必要はありませんわよ」
イーモの言葉に、再び涙が溢れそうになる。
「離れにいる他のメイドや従者も、皆、心配しています。リリー様が婚儀で使う花を蕾から見事に開花させた――という件は、離れの使用人はみんな知っていますから。離れの主は今、リリー様です。リリー様は、犯人などではありません。みんな、リリー様の無実を信じています」
そうネピは言ってくれたが、これは間違いない。ネピのおかげだ。ネピが仲間の使用人に、私の良かったところを、きっと話してくれていたのだろう。悪意ある噂より、身近な相手の言葉の方が、信憑性が増す。離れの使用人は宮殿や皇宮で、オールソップ公爵令嬢が……皇妃が流した悪意ある噂より、ネピの言葉を信じてくれたのだと思う。
「みんな、ありがとう。とても励まされるわ。でも本当に、皇帝の暗殺未遂なんて、青天の霹靂よ。一体、どういうことなのかしら?」
改めて情報を得るため、三人の顔を順番に見ながら尋ねると、次々に何が起きたのか、教えてくれた。それは私がまったく予想していないことだった。
ガレスとオールソップ公爵令嬢の婚儀は無事、終了した。
挙式の後の、パレード、ウェディングパーティー、ウェディングディナー、ウェディング舞踏会。舞踏会はまだ続いているが、皇帝と皇妃は退席、最後の儀式に備えていた。つまり、初夜だ。
ガレスと皇妃はそれぞれの部屋で、身支度を整え、皇宮内の寝所へ向かった。
ここで初夜がつつがなく行われれば、ヴィサンカ帝国は古来からの習わしに従い、翌朝「契りの証」を示すことになる。これで名実ともに二人は夫婦、そして皇妃誕生と諸外国に知らされることになるのだ。
二人が寝所へ入り、そう時間が経っていないのに、皇妃が血相を変え、寝所から出てきた。
「陛下が、陛下が毒を盛られました!」と。
「毒?」と私がオウム返しで尋ねると、「そう、毒ですわ」とイーモが頷く。
「私達は宮殿付きのメイドなので、直接見聞したわけではないですわ。でも皇宮を警備する近衛騎士が侍医を呼びに来て、その侍医についている従者と警備兵が、その近衛騎士が話す内容を聞いたというのですから、毒で間違いないと思うわ。しかも……」
寝所で二人きりになった時。
皇帝は用意されていた赤ワインをグラスに注いだ。勿論、その赤ワインは毒見が済んでいる。だが、彼は着ていた黒のバスローブのポケットから、小瓶を取り出した。皇妃がなんであるかと尋ねると「初夜の練習をした夜、リリーから渡された。彼女はスペンサー王国出身で、薬草にも詳しい。これは男性の気持ちを高め、持続性を高める成分が含まれていると教えてくれた。つまり媚薬だ。婚儀の夜に使えば、皇妃も喜ぶはずだと言っていた」と答えたという。
その小瓶の中身を数滴、ワインに入れ、それを飲んだ。
その後、しばらくはソファに座り、皇帝と皇妃はワインを楽しんでいる。
するとやがて皇帝の、あの透明感のある肌が、ほんのり薔薇色に色づき始める。そして頬を赤らめた。銀色の瞳を潤ませ、息を荒くした皇帝に抱き寄せられた皇妃は、そのままベッドに押し倒され――。
だがそこで異変が生じる。
突然、皇帝が苦しみだした。そこで皇妃はピンとくる。
あの皇妃の夜伽の身代わであるリリーという女は、薬草だ、媚薬だと偽った。本当は毒草で作った毒を、皇帝に渡したのではないか。皇帝との一夜を経験したリリーは、皇妃の夜伽の身代わりでは、我慢できなくなっていた。皇帝の愛を、独占したいと思ったのではないか。だが、それは無理な話。
そこでリリーの皇帝への気持ちは、可愛さ余って憎さが百倍となった。自分だけのものにならないなら、殺してやる。皇妃になど、皇帝のことは渡さない。そこで薬草で作った媚薬と偽り、毒草で作った毒を飲むよう、あのリリーが仕向けたのではないか。恐ろしい女。悪女だわ!――そう、皇妃は言い出したのだという。
その結果、今、私は地下牢に捕えられているわけだ。
これにはなんというか、驚いて言葉にならない。
「リリーは皇帝と皇妃の婚儀のために、蕾の花を咲かせようとしたよね。二人の結婚を客観的に見ていたし、嫉妬に狂っていたようには思えない。それに普通、男の愛を手に入れたいと思ったら、女の方の命を奪うと思うよ。男の命を奪っても、残された自分に何のメリットもない。だからもし毒を利用するなら、女性側に効く薬と偽って毒草を渡し、女にその毒を飲ませ、消すのが筋だと思う。それこそが悪女では?」
ナオの理論はまさにその通りだと思う。さらにネピもこんな風に言ってくれた。






















































