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【蝶々姫シリーズ/モニラゼ】モニへの遅れてきたバレンタイン

作者: 薄氷恋

─世界暦1862年─

ハルモニアがラゼリードからチョコレートを「バレンタイン当日には」貰い損ねるお話。


「よし、今日こそラゼリードに求婚するぞ」


 ハルモニアはいつもよりドレスアップした服の襟の合わせ目を直し、鏡の前で整えた髪──といっても、櫛をいつもより念入りに通しただけだが──を眺めて気合いを入れる。


 テーブルには12輪の赤、黄、ピンクのガーベラの花束。

 それぞれ重たい程の愛の花言葉を持つ花を、更に12輪。

 その花束の意味は「私の妻になってください」だ。


 とんでもない重い愛情の男だ。よくラゼリードに縁を切られないものだ。

 友好国の女王と王太子というだけでなく、何かしら想いが通じあっているとハルモニアが本気で思っている所が凄い。


 そんな訳で求婚の為に火の道から、今日はカテュリア王城イヴァナンに一番近い『精霊の駅』へと彼は飛んだ。

 正式に城へ訪問して謁見し、求婚する。

 それが、ハルモニアの描いた計画だ。


 しかし、その未来図は侍従長の座に上り詰めたヨルデンによって打ち砕かれる。


 通された部屋はラゼリードの私室でも玉座の間でもなく、ヨルデンの控え室。

 隣はラゼリードの私室だ。


「ラゼリード様は本日はお加減が悪うございますからお帰りください」

「なんだと? ラゼリードは病気なのか!?」


 花束を抱えたままハルモニアは、青ざめた顔でソファから身を乗り出す。

 澄ましきった顔のヨルデンは、いえ、と応えた。


「いつもの『悪い癖』です」

「いつもの悪い癖?」

「ええ、いつも通り『悪い癖』が発病中なので通すな、とのお達しです」

「発病? 本当に悪い病ではないのか」

「しつこいですね。あ、そうそう。僕はラゼリード様からシリルから輸入されたとかいうウイスキーボンボンチョコレートを戴きましたよ。─────あなたも、僕の残り物で宜しければお食べになります?」


 と、もうすっかり大人のヨルデンは悪い顔をして、懐から紫色の小箱を出してきた。

 ハルモニアは当然の事ながら癪に触った。

 だがヨルデンはラゼリードの一番のお気に入りの侍従長。

 無礼討ちにするにはこちらの方が立場が上でも相手が悪い。

 そもそもコイツは口の利き方がなってないのだったな、と思い出したハルモニアは。


「邪魔したな」


 と言い捨ててその場で、火の道から帰路に着いた。


「ラゼリード様の選んだボンボンチョコレート、美味しいのに。少なくともラゼリード様の手作りよりは見た目もいいのに」


 ぽそっ、とヨルデンは呟き、チョコレートを口に運んだ。


「さて。ラゼリード様はどれくらい鍋を焦がしてるかな。……僕の鍋……」


 ヨルデンは先程、主がフライパンでチョコレートを炒めて焦がし、哀れなフライパンが召された事を思い出して頭が頭痛で痛いのであった。


 ◆◆◆


 ハルモニアは自室に辿り着くと、渡せなかったガーベラの花束を乱暴にテーブルに投げ出し、髪の毛をグシャグシャに掻き乱した。

 髪が乱れるのと同じくらい心が掻き乱される。

 ラゼリードの『いつもの悪い癖』とはなんだ?

 俺には会いたくないと?

 そのくせ、お気に入りの侍従長には手ずからチョコレートを渡した……?


 まさかラゼリードはヨルデンのことを愛しているのか? 確かヨルデンは25歳で結婚し、もう子供も何人か居る筈だが?


 ────道ならぬ恋も、主従関係だからとラゼリードが強引に迫っ………………それはないな。


 流石はハルモニア。鋼のメンタルである。

 都合良く考えた訳ではない。


 ラゼリードは清廉な人物だ。フィローリと契った事も初めて女性として会った時に話してくれた。

 そんな彼女が妻子の居るヨルデンを兄弟弟子や侍従という意味以外で寵愛する訳が無い。

 それにそんなことがあろうものなら俺に一言あってもおかしくない筈だ。(鋼メンタル)


 そんな事を考えていると、カツカツカツと派手な靴音がして父・エルダナが入ってきた。手には紫色の包み紙の小箱。


「ハルモニア、ラゼリード女王陛下にシリルから輸入した超高級ウイスキーボンボンを貰ったんだが、お前の戦利品はなんだね?」

「チクショオォ!!!」


 ハルモニアは両手で顔を覆って天を仰いだ。


 ◆◆◆


 その頃、カテュリアでは……。


「あっ……ラゼリード様……そんなに掻き回してはいけません……!」


 ヨルデンが悩ましい溜息を漏らした。


「わたくしのやり方が間違っているとでも?」


 ラゼリードは手を止める気配は無い。


「はい。その速度で掻き回したらチョコレートに湯煎の湯が入ります。ほらね」

「早く言って頂戴!」


 髪を振り乱して振り向くラゼリード。

 何回目ですか、と頭を抱えるヨルデン。


「やはり、アレ(ハルモニア)にもシリルのウイスキーボンボン渡して終わりにしましょうよ」

「嫌よ。…………何故か、嫌なの」


 こんなに可愛い顔のラゼリード様を見れなくて、アレ(ハルモニア)は本当に可哀想ダナー。

 ヨルデンは心の中で棒読みに呟いた。


「この駄目になったチョコレートはどうしたらいいの?」

「ラゼリード様には駄目になった食物(しょくもつ)の大切さを学ぶ必要がありますね。ご自身でお召し上がりください」

 ヨルデンは容赦がなかった。


 その後もラゼリードは様々な失敗をした。


 失敗しては食べさせられるチョコレートにラゼリードは女王らしくもなく、何度もベソをかいた。

 このままでは太って、ドレスを作り直さなければならなくなりかねない。

 ラゼリードは必死に頑張った。




 ────そして夜が明ける頃、ハルモニアへの手作りチョコレートが完成したのだった。


 ◆◆◆


 ハルモニアは、窓が開いた冷気で目を覚ます。寝台から身を起こして彼は問うた。


「ラゼリード……か?」

「……ええ。わたくしよ」


 か細い女性の声が返ってくる。

 見ると、窓辺に珍しくマーメイドラインのドレスを着たラゼリードが立っていた。


 ハルモニアは寝台から飛び跳ねるように降りると、窓辺に立つ愛しい女王に、自身がまだ夜着であるのも構わずに近寄り、きつく抱き締めた。


「ラゼリード。俺は昨日お前に求婚する気だったんだぞ」


 吐息の様な声で囁くハルモニアに、ラゼリードはテーブルの上のしおれたガーベラの花束を確認し、彼には見えないように悲しそうな顔をした。


「……ごめんなさい。まだ、決心が付かないわ。フィローリの様に夫を先に失いたくないの。それより苦しいから離して、箱が潰れてしまうわ」

「箱?」


 ハルモニアはそっとラゼリードを腕の中から離した。

 彼女が胸の前に捧げ持つのは紫色の小箱。


「俺に、ボンボンチョコレートか?」

「違うわ。見たら分かるから。それじゃ、また逢いましょう」


 ラゼリードは赤みを帯びた耳に髪を一筋掛けると、風の道へ……つまりカテュリアに帰ってしまった。


「ラゼリード……」

 ハルモニアは紫色の小箱にキスをする。

 箱を開けてみれば、なんとも美しいスミレの花びらの砂糖漬けを飾った、楕円形のチョコレートが幾つか入っているではないか。


 ハルモニアは一粒摘んで口に放り込んでから、気付く。

 ラゼリードの魔力の残滓。

 スミレじゃなく、ラゼリードが毒抜きした薬草カティの花びらだと解った。

 中のスミレのクリームも美味しい。

 ハルモニアは呟く。


「昨日一日かけて作っていたんだな、俺の為に」


 笑みをこぼした彼は箱の底の紙に気付く。


 そこにはラゼリードの細い筆跡でこう書いてあった。


「カティの花言葉は『あなたは(とりこ)』。」



 ──完──


ガーベラの花言葉は色によって違います。

ハルモニアは赤、黄、ピンクの花を各4本の花束にしました。

ハルモニアの求婚は失敗に終わりますが、ラゼリードも憎からず思っているようです。


ラゼリードがハルモニアに贈ったチョコレートは故エリザベス女王が愛したスミレのチョコレートをイメージしています。

興味があったら調べて見てください。美味しそうで可愛いチョコレートです。


ラゼリードが作った? いやいやまさか。料理長やらヨルデンに手伝われたに決まってるでしょう?

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