親の仇は取らなくちゃな
いよいよクライマックスです!
「親でも殺されたのかっつーの(笑)」
そう言った。
親殺しの犯人が、なんの悪びれもなく、戯けた様子で。
全てわかった上で、悪戯に僕をそう煽ったのだ。
謝罪もなく、まして申し訳ないといった素振りも見せずに。
この男はただ、自ら手にかけた人間の死を、嘲ったという事になる。
正気の沙汰じゃない。
意味がわからない。
もし仮に、この男が毒杯を呷って、この僕に死んで詫びたとて。
その度生き返り、それを三度繰り返したとて。
僕は断じて、本当に断じて、この男を、決して許しはしない事だろう。
千回死のうが万回死のうが、母さんは決して帰ってこないのだから。
どころか、自分の死に何か誠意という価値があるものだと勘違いしたこの男に、僕は唾を吐きかける事だろう。
こんな有機物でできたゴミは唾棄すべき存在なのだから、十全に正しい判断だったと、この胸を張って喧伝できる。
「・・・・」
ここまで、僕の怒りに言葉を尽くしてきたわけだが。
それら全ては、たった二文字の同義語であった事をここに認める。
・・・・え? それは何だって? どんな言葉かって?
いやなに、そんな大層なものでもない。
この世に最もありふれた、普遍的にある悪意の言葉さ。
「死ね」
詰まるところ、僕の気持ちはコレに尽きていた。
※
「そんっ・・・・な! 死ねだなんて口の悪い! 母親の顔が見てみたいわ・・・・!」
「・・・・忘れたんなら見てこいよ。あの世でな」
「俺が会えるって事は地獄にいるのか。碌な人間じゃなかったんだな」
「───ッ!」
殺すッ!
刻んで殺す!
剥いで殺す!
「南山!」
「ええ!」
俺の合図と共に、南山は花神に肉薄し、踊りかかる。
そして、手首のグリップを効かせ、ナイフを──、
「そんなもの効かないぜ! 無駄無駄! ────復讐はなにも生まない。特にお前のは(爆笑) フッ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
刺した。
刺せた。
なんの抵抗もなく。
普通に。
「!? い"っっっっっでええええええ"え"え"!!!」
「復讐が、なんだって?」
今度こそ鮮血が吹き出した。
滔々と流れる通い血が外に漏れ出し、硬いアスファルトを叩いて、跳弾の様に四散した。
花神はその場でジタバタと苦しみ、暴れている。
そして、しばらく苦悶の表情を浮かべながら、なんとか体制を戻そうとして失敗するのを、二、三度繰り返してようやく立ち上がった。
その姿を見て、思わず僕は、言いしれぬ快感に貫かれた。
無様だ。
だが、こんなコトでは僕の心は晴れやしない。
もっとだ、もっと。
こんな男、痛めつけなければならない。
「くっ、クソァ! どういうコトだ!」
今度は花神が踊りかかった。
腕を大きくたわませて、南山の顔を、
「んがぁっ!!!」
殴れなかった。
どころかカウンターを入れられて、そのまま後方にすっ飛ばされてしまったようだ。
花神はワナワナと震え、怒った。
「何故だァ!! どうして勝てないィ!」
その問いに、僕は丁寧に返答する。
「お前の天与の能力は『不可能を可能にする事』、だったな」
「ああっ!? ・・・・・ああそうだが、それがどうしたぁ!?」
「それを踏まえて言うのだが、僕の天与の能力は──『可能を不可能にする事』」
「!? まさか──!」
※
僕とて、南山から説明を受ける際激しい動揺を隠せなかった。
「君の天与のせいで六人の天与が失われる事になった」という旨を、確か彼女は最初に説明してくれたと記憶しているが、それはつまり、僕の天与で、少年少女等の「天与を使う事ができる」という「可能」を「不可能」にしたという事だったのだ。
確か無意識からの被害故に、原因は判然としないのだけれど。
それでも誰何に望むならば、割合アリな線が捜査線上に浮かび上がる。
僕が公園で自嘲気味になっていた折。
その時に確か僕は。
彼等彼女等の眩しさに目を潰されて──「ここまで堕ちろ」と、独白してしまった事実がある。
「ここまで堕ちろ」という台詞は、僕のこの性格になった原因である所の、「天与がない」という自覚から来る僻みや劣等感に起因している──それはなんでかって、天与さえあれば、あの少年少女と同じ様な青春を送れたのだと勘違いしていたからなのだけれど──だから「ここまで堕ちろ」と言うのは、「天与を失え」と殆ど同義語だったのだ。
それ故僕は無意識に、彼等の「天与を使える」という「可能」を「不可能」へ変えてしまった。
とんだエゴイストがいたものだ。
まず天国に行けないのは確実だった。
さて、ここ迄で。
「ここまで堕ちろ」という台詞がどう起因して、あの少年少女等は「天与」を喪失してしまったのか迄は説明できたと自覚するが、「ここまで堕ちろ」という台詞で何故僕の天与が起動してしまったのかという話については、多分説明出来ていないと思う。
でもこれは置き論破というか。
置き説明というか。
殆ど事前に、ガイダンスは実質的に済ましてある。
読者諸賢は覚えていらっしゃるだろうか。
南山反駁が、「負の感情が高まると天与は誤作動を起こしやすいの」と言った事を。
・・・・「ここまで堕ちろ」という台詞は、多分どう解釈しても、負の感情の高まりだろう。
だからというか、何というか。
今回の天与の誤作動に関しては、それなりに納得して貰えると考えている。
倫理的な事は置いておいて、だけれども。
論理的には。
後まあ、付け加えるとしたら──僕の性格の話だろうか。
先刻、僕のこの性格は、天与を僕一人だけ持てなかった(勘違だったけど)事から起因していると軽く説明をした筈だけれど。
正確にいえば違ったのだ。
いや勿論、「僕は天与がないから、結果として良い人生が送れなかった」という意識だった事には変わらないが。
そうではなく、意識ではなく。
事実として、どうしてこの性格になってしまったか。
それを説明したいと思う。
こんな会話があった。
「君は自分の事を『退嬰的な性格』と評したわね」
「そうだけど、それがどうしたんだよ」
「退嬰的、それはつまり、行動を起こす際何かと理由を付けて諦めようとする態度の事」
「そうだな」
「それってつまり、『行動を起こす事ができる』という『可能』を、何かと理由を付ける形で『不可能』に変えているんじゃないの?」
「──!」
「『可能を不可能にする事』。貴方は結局、自分の天与のせいで今の性格に至っている。・・・所詮は仮説だけれどね」
「・・・・いや確かに、筋は通っている」
「そうね。それに時期も合うのよ。確か貴方、今の性格になったのは『あのいじめに遭ってから』と言っていたけれど、それはいじめが原因であると同時に。いじめられる事によって、自分を卑下する感情が天与の誤作動を誘ったとは考えられないかしら?」
「た、確かに!」
「『あの頃から僕は自嘲気味な性格になった』とも言っていたわね。その自嘲という負の感情こそが、きっと天与の誤作動に起因しているのでしょう」
誤作動の原因は、どうやらそういう事らしかった。
ただ、誤作動の原因は兎も角、どうして「『行動を起こす事ができる』という『可能』を、何かと理由を付ける形で『不可能』に変える」という形で発動したのか。
そこのところは依然説明不足と云えそうだった。
恐らくだが。
「馬鹿は何をやってもうまくいかない、だったら何もしたくない。するべきじゃない」という自嘲を受けて、「可能を不可能にする」という能力を発動させたから。
だから多分、その台詞──何もしたくない、するべきじゃない──を叶える形として、行動(可能)を起こす際理由をつけてやらない(不可能)という形式を採ったのだろう。
何やってもうまくいかないんだから、何もしなければいいじゃない、と。
そういう事になるらしい。
だから、退嬰的。
その性格に帰結する。
「お前がいくら『不可能』を『可能』に変えようと。変えた先が『可能』である限り、僕はその『可能』を『不可能』にし続ける事ができるわけだ。さて、困ったな?」
「く、──く!」
「今のお前に、南山を倒す事は『不可能』だぜ?」
「ぐじゅおおおおおおおお"お"!! 今からでも不可能を可能に──」
花神の顔が醜く歪み、僕の方へと強襲した。
「終わりだ」
惨。
と音を立てて、花神は鮮血を撒き散らした。
実に痛そうである。
南山がつけたナイフの跡を腕で抑え、身をよじり、その場で背中を丸めている。
ここまでくるともはや虚しいもので、彼は涙を浮かべながら、過呼吸にすら陥っていた。
それを見て、果たして、胸がすく様な心持ちになった。
ザマァない。
コレが因果応報というコトなのだろう。
「う"あ"あ"あああああっ!!」
「無理するなよ。お前に勝ちはあり得ない。お前は南山への攻撃の瞬間に不可能を可能にしているのだろうが、僕はそのタイミングを見切って天与を無効化できるし、その為の訓練を続けてきた」
一見無意味に見えたあのスマホの犠牲も、一応は役に立ったというコトである。
タイミングを見計らう技術なんて、どう鍛えればいいか、正直分からなかったのだけれども。
こうして本番に活きて、練習して良かったと心から思う。
「さて、そろそろ死ぬか?」
花神はもう、指一本動かせないでいた。
「た、助け、助けて、くれぇ・・・」
「断る。親の仇は取らなくちゃな」
「・・・・・って、くれぇ・・・・」
フ○ーザの最期かよ。
「安心しろよ花神。お前には、自慢の天与があるじゃねぇか」
「いっ、いや、もう降参だ。助け・・・・」
「大丈夫さ、『────復讐はなにも生まない。特にお前のは(爆笑)』。だろ?」
「────っっっ!」
そのあとはもう、一方的だった。
今までだって花神は攻撃を当てられていなかったのに、それ以降はもう、ただ僕が花神を暴行するだけの構図になっていた。
もちろん天与の発動も欠かさない。
今の花神には、もはや僕を殺すことだってできない。
つまり不可能。
天与の発動条件が揃っていたのだ。
だから僕としても、攻撃を当てる直前には天与を発動せざるを得なかった。
花神が不可能を可能にしても、僕は可能を不可能にした。
僕を殺せなくした、不可能にした。
次第に花神は、反抗すらしなくなっていった。
「・・・・・」
「どうしたよ? お前は不可能を可能に変える男なんだろう? ほら、やってみろよ」
「・・・・・」
「黙ってんじゃねえよ。その不可能を可能にする天与とやらで、僕の母さんも生き返らせろよ、なぁ?」
「・・・・・・・せ・・たら、助け・・・」
「あ?」
「生き返らせたら、助けてくれるか・・・・?」
「ホラ吹いてんじゃねーぞカス」
右手を潰した。
嘘つきは泥棒の始まりだからな。
事前に芽を摘んでおかなくては。
「・・・・・・・・・・」
花神の目には絶望が湛えられていた。
もう、一切生き残る希望を持たないといった風で。
そして同時に、どうせ生き残れないのなら、という様にも映る、やけっぱちの感情が発露した卑屈な表情が見て取れた。
「オイ、妙な気を起こすなよ?」
「・・・・・・・・・・さあな」
一発やらかしてから死んでやる。
そういう顔だ。
「もういい───死ね!」
僕は足を上げて、標準を花神の顔に合わせた。
そして、今まさに頭蓋を砕かんとするその瞬間、
「一分だ!」
「!」
花神はそう叫んだ。
「・・・・一分でいい。時間をくれ。これは命乞いだ」
「暇乞いなら応じてやるぞ、言うまでもなく、永劫の暇乞いだがな」
一瞬迷って、その後、
「なら一分暇乞いさせてくれ。謝罪も込めて」
「・・・・・勝手にしろ」
僕がそう言うと、花神は静かに語り出した。
まずは謝罪と、一分貰えたことへの感謝を。
制限の中で実に丁寧に、流麗な言葉を綴り出した。
「・・・・ふむ」
結局花神は、たかが前置きに35秒程度かけた。
どうせ死ぬくせに誠実だな、と鼻で笑いかけると、奴もまた、ニヤリと含み笑いをした。
それを「なんだ?」と違和感に思う間隙もなく、いつのまにか話は、本題に突入し始めていた。
「君の母親を手にかけた時、俺はある違和感を感じたんだ」
「・・・・おい、暇乞いじゃなかったのか? 殺すぞ」
僕の脅しに構う事なく、
「何故だか終始、奴には圧倒され放しだった。最終的には勝ったは勝ったが。それも狙ったタイミングな訳じゃない。『奴を倒せない』という『不可能』を『可能』に変える工作は、戦う前に済ませていた筈だったのに」
と、続けた。
「それは・・・」
妙だな。
確かに違和感を拭いきれない。
「そこでお前の能力を思い出して欲しンだが。「可能を不可能にする事」だったな?」
「・・・・ああ、それがなんだ」
「お前の母親は並々ならぬ強者だった。つまり俺を殺す事が『可能』な人間だったんだよ」
「は」
それは、つまり。
僕の天与が発動できる、条件が整っていた、という事だ。
「な、何が言いたいのか、わから、ない」
「だから。お前の母親を殺したのは他でもない。お前自身だって言ってんだよ」
花神の右腕が弾けた。
血飛沫が僕の頰をなぞる。
「そんなわけがないでしょう! 巫山戯るのも大概にしておきなさい!」
僕より先に南山が激する。
思う様冷嘲熱罵を飛ばし、彼女は必死で僕を庇った。
「だから! そんな事! 1ミリだってあり得ないわ!」
「いや、待てよ南山。その線はかなりアリだ」
「え」
「僕は昔、『母さんなんて犯罪者に負けちゃえば良いんだ!』と言い放った事がある。知っての通りな」
「──」
「母さんはその後すぐ異動があって、しばらく犯罪者と戦うこともなかったのだけれど。アレは、どう考えても負の感情の高まりだ。当時の僕は、天与を誤作動させたに違いない」
「・・・・・・・そんな」
「そして四年前、僕が天与を誤作動させて以来初めて、母さんは花神流という『犯罪者』と戦った」
滔々と、語る。
平静心を保つ為に。
僕が今どんな顔をしているのか、もはや僕にだってわからないが。
敵の前に姿を晒しているのだから。
少しだって、隙を見せちゃあならないのだ。
平静に、冷静に。
僕はポーカーフェイスに努めていた。
しかし敵。
花神流は、イヤらしく口元を歪めてこう言うのだった。
「確かお前『親の仇は取らなくちゃな』とか言ってたよな? その意見には賛成だぜ」
「───」
「とっとと自殺しろ! 底抜けの間抜けにゃ地獄が似合いだ!」
刹那。
花神流は肉になった。
もうちっとだけ続くんじゃ。