花神流という男
〜花神流視点〜
「俺のことは気にせず先に逝け!」
「はっ倒すぞ」
俺たちは今何をしているかといえば。
対立しているヤクザグループにカチコミを仕掛けているところだった。
奇襲の勢いも手伝ってか、今まで快進撃だったのだが。
あにはからんや。
首魁の部屋に至る直前で、強敵に相対してしまった。
こういうパターンを想定しなかったわけじゃない。
むしろ想定していたからこそ、構成員が少ないタイミングを見計らって、わざわざ奇襲を仕掛けたのだが。
畜生。
このレベルになれば重宝されている筈だし、出払っていると思ったのだが。
・・・・ここで全員が敵を相手取れば、時間の浪費は無視できない程膨れ上がる。
だから、この場はオレが受け持つ事で、状況の打開を望んだのだが。
良いところで噛んじゃった。
「違うんだよ。本当は『俺のことは気にせず先に行け!』と言いたかったんだ」
「ならいいが・・・・・それはそれで大丈夫なのか? 相手は"アレ"だぞ?」
「だいじょーぶ! 俺はテメェ等有象無象とは違ェーんだぜ?
「屠り倒すぞ」
やっぱり怒られてしまった。
悲しいぜ。
「ところで俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」
「死亡フラグだな」
「ケヒヒ! オイ、まずはアイツから倒していいのか?」
「死亡フラグだな」
「そうビクビクすんなよ! 幽霊なんているわけないじゃん」
「死亡フラグだな。・・・なぁ、お前生き残る気あるのか?」
胡乱な表現で、仲間の一人がそう言った。
それを受けて俺は笑う。
「ああ問題ない。むしろ追い詰められた状態の方が、俺としちゃ気合いが入るってもんだ」
「ハッ! それでこそお前だ」
顔を弛緩させて肩をすくめる彼だったが、すぐにその表情を曇らせた。
「・・・・なあ、本当に帰ってくるんだよな?」
「当然だ」
「・・・・・そう、か」
そう言うと、彼は口をつぐんでしまった。
これは信用されてないとか、信頼されていないとか、そういう事ではないんだろう。
コイツは俺の屍を踏み越えなければいけないことに、確かな罪悪感を感じている。
「・・・・・」
はぁ。
落ち込んじまうぜ。
俺は何も、そんな気持ちにさせたかったわけじゃあないのだけれどな。
「そんな顔するなよ! ・・・なぁ、帰ったら打ち上げでもしよう。酔っ払ってよ。二日酔いでゲロ吐いてよ、そんで一緒にカミさんに叱られに行こう。大丈夫さ。『心配かけてすまなかった』って、頭下げるまだは生き残るから」
「・・・・今のも、死亡フラグか?」
「違うね」
再び、俺は笑う。
「約束ってのは守るもんだ。特に、お前等みたいな腐れ野郎共との約束は」
──絶対に守るべきなんだ。
別れというのはいつ訪れるかわからない。
力の限りその運命を跳ね除けるけど、悲しいかな、仕方ない場合も少なからず、ある。
だからなのだろう。
彼は。
クソったれの仲間たちは、俺を笑顔で見送った。
「嫁の顔! 必ず見に行くから覚悟しとけよ!」
「・・・・フン。鬱陶しい奴らだぜ」
もう小さくなって、殆ど米粒みたいな仲間の背中に、いつもみたいに悪態をつく。
「さて! 行くか!」
顔を上げよう。
戦いに臨む男が見据えるのは、いつだって目の前の敵と決まっている。
「ヴ、ヴヴヴ、ヴィ」
「ヂヂヂヂ、ヂ、ヂ」
「ザザ、ザジザザゾ」
自我を掠われて、その代わり力を得た彼等。
三人の道化。
それは事実としてではなく、生き様のことを示している。
ピエロである事この上ない。
京極組、つまり俺たちに敵対するヤクザグループの幹部の中に、天与「等価交換」を持つ男が存在するらしいのだが、その男が、あの三人の「自我」と「力」を、等価交換して今の彼らが有るらしい。
しかも自分の意思で、つまり自我で。
自我と引き換えの力を欲したらしいのだから、やっぱり道化この上ない。
「かかって来いテメェ等、可及的迅速に殺してやるぜ!」
※
「皆さんが静かになるまで四十五秒かかりましたァ」
─オレもまだまだだぜ。
巨漢三人を相手取るのに、こんなに時間を取られるとは。
正直言ってちょっと悔しい。
もっといけると思ったのだが。
「・・・・・」
アイツらと出会って早三年。
仲間のふりをして奴らとの友情を築いた後、やおら裏切ってぶっ殺せば面白いんじゃねぇーかと思いつきで動いたまではよかったのだが。
友情が最高に高まるタイミングを見計らっていたおかげで、さっきのシチュエーションに至るまでは演技を続ければならなかった。
「長かったぜ、全く」
なかなかに骨の折れる作業ではあったが、結構な真実味が演出できたと考えている。
どうやら奴らの様子を見るに、少しも俺を疑っている様子はなかったようだし。
俺の苦労は、どうやら徒労にはならないらしい。
「さぁーて、と」
首魁の部屋の扉を開く。
すると未だに決着がついていない様子だった。
首魁は生きている。
それも、傷一つ負わずに立っている。
情けない。
この程度の男に1分以上もかかったのか。
「────ずあぁ!」
「ンギュグワァァアピ!??」
首魁の四肢が四散した。
周辺に、彼の血飛沫が放射線状に飛散する。
「!?」
「よう」
「流! 生きていたのか!!」
「よかったぁ! もう会えないのかと思ってたぜ!」
「本当にな! という流、今のはお前が───」
首が飛んだ。
想像していたよりも、なんだかキャッチーで、どこかふざけた音が鳴る。
ポンって。
馬鹿じゃねえの。
「な、何が、起こって・・・・」
「何って、死んだんよ。俺たちの仲間が」
信じられないという顔だった。
俺だって信じられない。
俺が首をはねたとはいえ、まさか死んでしまうなんて。
何故だ。
何故俺たちの仲間は、俺が殺したとはいえ命を落とすハメになった?
分からない。
こんな酷いこと、この世にあっていいはずがない。
「ぢぐじょおおおーーーーーーーーーっ!!!! なんでだよおおおおおおおおお!!!!!!」
「・・・・・・・はあ?」
仲間たちは恐怖しているようだった。
理解できないものを見るみたいに、酷く歪んだ表情をして見せた。
「そんなっ、そんな顔、しないでくれよ」
「ち、近寄るな──」
肩をつかむ。
話を聞いてもらうために。
「やめっ・・・・やめろぉ!!!。
人間とは対話の生き物なんだから、話せばわかるはずなのだ。
「俺さ! 最初こそお前らと仲良くなった後急に裏切ったら面白いかなって思っていたんだけれどさ!」
「はぁ!? そんなこと考えれたのお前!!?」
「お前らと一緒の時間を過ごしていくうちに!! だんだん!! 無意識のうちに!! 本当にお前らとの友情を感じてしまっていたんだ!! あいつが死んでやっと気づいた!!!!! あああああああああああ!!!!!!!!! 大切なものは失って初めてェェーーーーーーーッッ!!!!!!!!」
「何言ってんのかわかんねえよ!!!」
「テメエなんか人間じゃねえ!!!!!!!!!!」
「ふぶべ!?」
ぶん殴った。
人間とは対話の生き物であり、話せばわかる唯一の生命体なのだ。
なのにそれができないという事は。
話してもわからないという事は。
「テメエなんか!! 人間じゃねえてことだクソ外道!!!」
「は・・・・・・・・はぁ?」
彼は困惑している様子だった。
俺はこんなに真摯に仲間と向き合っているというのに。
「なんでだよ・・・・なんでわかってくれないんだ。ちょっと仲間の一人を殺しただけで、どうしてたったそれだけのことで、大切な仲間たちと仲たがいしなくちゃあならないんだ・・・・っ!」
「イカれてんのか!!! もういい!!! 俺の前から消えてくれ!!!」
五つの首が中空に舞った。
同時に。
景気の良い音を立てながら。
気が付くと、俺の大切な仲間たちは全員命を落としていた。
「なんで!!!!!!!! 殺したくらいで死ぬなよ!!!!!! クソああああああああああ!!!!!!!!!!」
嗚咽が止まらない。
クソ。
クソクソクソ。
「うぐっ! ひっぐ!」
喪失の痛みに耐えかねた俺は、つぶやくようにこう誓った。
「もう二度と───俺は仲間を作らねえ」
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