母親の死
経年劣化の影響か。
街灯が鈍く瞬いていた。
その光の下。
スポットライトの輪の中で。
二人の能力者が睥睨しながら、じっと相対を崩さずにいた。
実のところ、これは正鵠を射る表現とは言えないのだけれど、兎も角。
二人は睨みあっていた。
片方は街灯の下。
安いスポットライトを全身に浴び、その分に、相応の濃い影を自身の体躯に落としていた。
もう片方は。
暗闇に。
闇夜の底に沈んでいた。
ただ、三白眼の眼光だけが、淡く光を帯びて煌煌と光輝いていた。
書き連ねるうち、正鵠を射た表現になっていたが。
まだ追加情報が要される事態にある。
それは──、二人は臨戦状態にある、という事だ。
「お前に私は倒せないよ」
「抜かせ、オレは不可能を可能にする男だ」
「ハッ! やってみせろォ!」
刹那。
スポットライトの輪を飛び出して、女は男に肉薄した。
そして女は、男の鳩尾の辺りを、眼光のように強く鋭く、力のままに殴りつけた。
「ぐっ!」
はるか後方に跳躍する。
少しでも。
少しでも衝撃のベクトルを、緩衝させてから受ける為に。
「くふ・・・っ!」
それでも、膝をつくのは免れない。
顔を上げると。
「ずああっ!」
女が踊りかかっていた。
思わず胸の前で腕をクロスし、その場凌ぎのガードを設けていたのだが──だが。
女は。
そのガードごと、男の低い鼻を砕いた。
「・・・チッ!」
瞬きを終える頃には。
暗闇にいた男は、腹に十字傷を作っていた。
出血が止まらない。
それを追って、臓物が露出し始めた。
「たった数瞬でこのザマか。貴様、何の根拠があって私に勝てるとほざいたのだ」
それを受け、追い詰められた男は笑う。
「いいや、オレはそんなことは言っていない。一言もな」
「暗に言っていただろうが、たしか不可能を可───まあいい」
もうどうでもいいか、と。
女は詰問をあきらめる。
そして。
「もう死ね」
縦に割れた。
綺麗な断面で、正中線から真っ二つに。
女は二分されていた。
「が・・・・・あ・・・っ!」
「そう、オレは『不可能を可能にする』男」
言う。
決め台詞のように。
この勝負の終わりを、早々に予見していたかのように。
「安心したよ。オレにお前を倒すのが『不可能』で」
『不可能を可能にする』。
そういう能力。
発動条件は対象が『不可能』である事。
彼はその能力で、「自分より埒外に強い女を倒す」という『不可能』を───『可能』にした。
※
退嬰的。
行動を起こす際に、何かと理由をつけて諦めること。
僕のことだ。
僕はこの性格のせいで、大きく人生を歪められてきた。
「何もしたくない」
恥ずかしい思いをしたくない。
責任やリスクを負いたくない。
馬鹿や阿呆だと見られたくない。
その上で。
大事に抱えたプライドを誰かに一蹴されたくない。
土壇場に露見する性根を誰かに看破されたくない。
誰かの悪意や害意や中傷に心の傷を負いたくない。
だからやっぱり。
「何も、したくない」
僕以上に恵まれていたやつは居なかったし、その上で。
僕以上に救えないやつもいない。
僕はけだしそう思った。
「はあ・・・」
日曜の昼間から、陰惨なことを考えてしまう。
よくない癖だ。
せっかく外にいるのだから、少しは晴れやかにならないものか。
そう思って天を仰ぐ。
太陽が眩しい。
僕は思わず目を逸らした。
現実から目を逸らす要領で、それはそれは慣れたものだった。
次に、歩道の側に臨する公園の砂場へと目線を向ける──すると。
可能性に満ち溢れた子供達が、何やら視界に飛び込んできた。
しかも内一人は、何やらこちらの視線を気取った様子だ。
・・・今のオレは、冴えない顔をしているだろう。
彼等彼女等を見つめるには、明順応が足りていないのだ。
それくらいに眩しかった。
太陽と同じくらい、眩しかった。
だからやっぱり、嫉妬だとか、憎しみだとか。
そんな、綺麗とは言い難い表情を、浮かべていたに相違ない。
けれどこちらを見た少年は──笑った。
ニコッて。
莞爾と笑い、彼はこちらに手を振っていた。
目を丸くする。
そして、その次には、僕は自分が情けなくなった。
「・・・・・ハハ」
自嘲気味な笑みが溢れる。
僕にもあんな時期はあったのだろうか。
遠い昔で、思い出の輪郭が朧気だった。
このコントラスト際立つ構図に、思わず呪詛を吐きたくなった。
「ここまで堕ちろ」
それは、何よりみじめなセリフだった。
頭を振る。
馬鹿なことは考えるな。
そもそもあの子は、僕に笑顔を向けてくれたんだぞ。
情けがない。
見ろ。
あんなに楽しそうに、自分の『能力』で遊ぶ子供たちを。
未来は明るい。
あの子たち迄巻き込むな。
「はあああ・・・・・・」
それでもやっぱり、ため息は出る
諸人に下賜される神の奇蹟、「天与」
今まさに子供たちが使っているように。
この世に生まれたなら当然に付与される超常能力の総称だ。
まあ、付与されるといっても。
どうやら僕一人を除いての話らしいのだが。
だからため息も出てくるのだが。
「全く・・・」
とはいえ希望がないわけでもない。
なぜって、「天与」の発現にはいくつか種類が存在するのだ。
一つは、先天性天与。
生まれつき能力が何か備わっているケースだ。
うらやましい限りなのではあるが、子供が大きな力を持つと余計なことが起こりかねない。
生後すぐに能力を使用することはなく、しばらく矯正機器に縛られるらしい。
一つは、後天性天与。
生まれてしばらくは無能力だが、何かのはずみで能力が発現するところが特徴だ。
通常5歳以降に発現することはあり得ないのだが、つまりそれ以外は先天性天与なのだが───僕はそこのところに希望があると睨んでいる。
きっと人より遅いだけ。
そのはずなのだ。
「さて、・・・と」
道草を食うのはもう終わりだ。
閑話休題とでもいうように。
僕は再び、本来の道行きに軌道を戻す。
元々お墓参りに来ていたのだ。
四年前に殺されてしまった、僕の。
僕の母親。
そのお墓参りが、本来の僕の目的だった。
「・・・・」
殺された、と言ったが。
検死した人に聞く限り、(仮にいるとして)母を殺した下手人は、凡そ人間とはいいがたい方法で母の殺害に及んだという。
頭蓋から恥骨にかけて真っ二つ。
僕自身は、あまりに酷薄無残な惨状故に見せてもらってはいないのだけれど。
死体はその状態で発見された。
あまりに綺麗な断面なので、検死結果も「わからない」に落ち着いて。
だから、そんな殺しができる人間がいるとは思えないという事で、「仮にいるとして」、なんてハッキリしない物言いになったらしいが。
・・・・本音のところでは、殺されたに決まっていると考えている。
だってそうだろう。
そんなもの、天与であればいくらでも可能なのだから。
僕は持っていなくて、そして。
みんなの持っている天与だったなら。
そもそも。
未だ警察機関が天与に対応できていないのは些か問題があるだろう。
確かにここ数十年で突如現れた現象だけれど。
マニュアルやテンプレートがそろそろ出来上がる時分のはずだ。
生まれてすぐに戸籍に天与の詳細は書き込まれるし、そうでなくとも。
天与が何の能力かわかり次第戸籍は随時更新される。
だったならば、検死の結果から能力を誰何し、戸籍から候補を挙げるなりして対策はいくらでも打てるだろうに。
と、ここまで考えたところで。
今回はイレギュラーであったのを思い出す。
真っ二つ。
そんなことができる人間はいない、のではなく。
それが可能な人間が多すぎて、絞りようがないのであった。
例えば天与、「斬撃」の能力人口は膨大であるし、そうでなくとも研鑽次第で、「斬撃」を演出可能な天与は、捜査線上の候補の中に多分に含まれてしまっている。
そりゃあ警察側としても、素直に自分達が天与の事件に未熟であると認めるのは気後れするだろうし、だから「犯人側がスゴい」と言う形で、この話を落としたかったのだ。
だから「仮にいるとして」という物言いは、ある種自己弁護じみていて少し幼稚だ。
前提として、人間を二分出来るほど「斬撃」を鍛え上げるのは容易ではなく。
なんとなく絞れそうではあるのだけれど。
生憎、能力の程度なんて項目は戸籍に記載されていない。
それ故わからないという結論へと、どうも帰結してしまうのだが………。
「あなたが七夕勘助ね」
「!?」
自分の名を呼ばれ、思わず肩が跳ねる。
いかにも僕はこの地で育ったいじめられっ子。
七夕勘助に相違ないのだが。
僕の名を呼ぶ人間なんて相当に限られてしまっている。
最近は家族にもハッキリ呼ばれた覚えがない。
だからというか何というか、おおよそ候補は絞ることが可能なのだけれど。
そのはずなのだけれど。
僕はこの声を、一度も聞いた覚えがない。
だから僕は仕方がなく、振り返って確かめることにした。
「だ、誰────」
「たった今、6名程の人間が各々の天与を失った」
は?
なんだいきなり。
何もかも唐突で、困惑する僕に追い打ちをかけるようにして。
僕の後ろに立つ少女は、いや。
僕の母親によく似た少女は、間抜けた顔でこう続けた。
「君の天与のせいよ」
※
「な、なにを・・・」
というか誰だ。
なぜこうも、僕の母親に似ているのだ。
他人の空似か?
いや意味が分からない。
たまたま自分の母親に似た少女が。
たまたまこんな意味の分からないセリフを吐き出す確率。
むしろ運命じみている。
そんな推測に推測を重ねるみたいな。
偶然と偶然の重ね掛けなんて。
「そ、そもそも。僕は天与なんか持ち合わせてない」
まずはそこから。
同姓同名の別人に話しかけた可能性も勘案するのだ。
「いいえ、貴方は天与を持っている。間違いないわ」
「・・・・・えぇ」
なんなんだよ、その自信。
源泉がどこにあるのか聞きたいくらいだ。
箱根か?
それとも草津?
美肌効果とかあるのだろうか。
そんな、誰にもツッコめないボケをしていると。
「あそこを見なさい」
少女は、公園の砂場の方を指差した。
え、でもそこって確か・・・。
「!!?」
「あれが証拠」
彼女が指さした方向には、六人が。
さっき僕の視界に入った、さっき僕が呪詛を吐き捨てた、六人の子供たちが、その場に倒れ伏していた。
そして内一人は、僕に笑顔を向けてくれた少年だ。
な、何が・・・・・・。
「なにが・・・あって・・・」
「ああ、説明してあげよっか」
そう言う彼女は、滔々と説明を続けだした。
「砂場の縁に伏臥してうずくまってる男の子。名前は天川翔平で、天与「韋駄天」の持ち主ね。足が速くなる能力だから、やっぱり足が健在であるのがどうしても前提にあるのだけれど、彼は砂場に足を取られてその場に転び、砂場の縁に足を強打して複雑骨折しているわ。その後処置が遅れて両脚を切断する事になり、可哀想に。「没天与」として彼はその生涯を閉ざしてしまうのがわかっているの。次に天川君の横で目を抑えている女の子。名前は天鳳流子で、天与「透徹理眼」の持ち主よ。この世に遍く総ての理を見透かす能力なのだけれど。天川君が転んだ時に蹴り上げた大量の砂を目に入れてしまい、失明してその後、どうやら戻る事はなかったみたい。彼女も天川君と同様、「没天与」としてその生涯を閉ざしているわ。3人目は越後林。この子も女の子ね。天与は「微塵斬り」。この子の悲劇にも天川君が起因していて、彼女が天川君に心配して近くに寄った時、痛みにもがく天川君に驚いてバランスを崩し、後頭部を砂場の縁に強打しているわ。最悪な事に彼女は没天与では済まされずに、自身の命を落としているの。それで四人目は・・・・」
「ま、待って、一旦待って」
状況が受け入れられない。
気になるところとツッコミどころが飽和していて、もはやちょっとだけ食傷気味だ。
「僕の、これっ、僕のせいなのか?! 取り返しがつかな・・・・ていうか死人っ、怪我人だけでもアレなのに! 今すぐ病院に・・・・いや死んでるんだか───」
肩をたたかれた。
思いっきり。
謂わばショック療法的にして、僕は落ち着きを取り戻した。
「落ち着いて。先ずは深呼吸」
「・・・・・っ!」
言われるままに、ぼくは肺の空気を一新した。
すると動悸は収まり、不思議と冷静に思考できた。
「・・・・・君は」
僕は取り敢えず、状況理解に努める方向へと舵を切る。
「君は『その生涯を閉ざしてしまうのが分かっているの』という表現を、確か何度か繰り返したな」
「ええ」
「この表現は未来人、若しくは未来を予見する天与の力を想起させる」
「それで?」
「君は何者だって聞いてるんだ」
僕の詰問を受け、彼女は「あなたの想像通りよ」とだけ返した。
ならば、それはつまり。
「天与『未来予知』────ッ!」
「いえ違うわ」
「・・・」
違ったらしい。
普通に恥ずかしい。
「じ、じゃあ何なんだよ」
「時均し」
「?」
聞いたこともない天与だな。
別に未来予知だって聞いたことはないのだけれど。
それにしたって耳馴染みがない。
そんな、困惑する僕をフォローするようにして。
「時代遡行の天与よ」
彼女はそう続けた。
「そう、か」
なら納得だ。
その能力ならあの見てきたような物言いにも、幾らか信憑性があると言うもの。
酷く得心がいった。
彼女は、実際に見てきたのだろう。
見聞きして、その後この世界に来たのだろう。
だからこその、あの言い回し。
「ん・・・・? というか確か君! あの男の子は処置が遅れて足を切断するんだよな!?」
「ええ」
「なら今助ければ良い!! 言い方からして今助ければ間に合うんだろう!?」
「ダメよ」
「え? 助からないのか・・・!?」
「いいえ、今なら間に合うわ」
「じゃあ何がダメなんだよ!? 足を切断する事になるんだぞ!?」
「とある事情があってね」
「事情!? 何の事情があったら───」
僕に笑顔を向けたあの少年を助けたい。
その一心だった。
それ故に、今にも掴みかからんとする勢いの僕だったが。
毛程も気にせず、彼女は続けた。
「あなたには、あの子を見捨ててもらいます」
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