輝かしい始まり
今日もやることがない、それがどれほど贅沢な悩みであるかは私が一番よくわかっている。平和で穏やかな日常が続くことは素晴らしいことだと頭では理解しているのだが……
「暇だ」
こればかりはどうしようもない。
「そういえばこっちの世界に来てから随分経つんだよなぁ」
私がこの世界に転生したのは今から約5年程前になる。当時社畜生活を送っていた私は過労で命を落としてしまったのだ。
そして次に目を覚ましたとき、目の前には草原と森と川が広がっていたのだった。
初めは何がなんだかわからず戸惑ったが、しばらくすると自分が死んだこと、また生まれ変わって新たな人生を送ることになったことを自覚した。それからというもの私は様々な生き物を観察したりしながら異世界生活を満喫していた。安全性を確かめる術がないので、不安な気持ちを押し殺して川の水を飲んだり、他の動物が撮って食べてる木のみとキノコを採取して食べていたのだが、ある日誘拐されてしまった。
その日はいつも通り狩りをしたあと帰路についていたのだが、背後からの気配に気付き咄嵯に身をかがめた瞬間、頭に激痛を感じそのまま意識を失ってしまった。目が覚めると見慣れない天井があり、手足を縛られ寝転がされていた。辺りを見回すとそこには自分と同じく檻に閉じ込められた人たちがたくさんいた。
おそらくここは奴隷商人の屋敷だろう。なぜこんなところにいるのか考えているうちに頭がはっきりしてきた。そうだ、俺はあの時後ろから来たやつに殴られて気を失ったんだ! それにしてもこの状況はまずいぞ、なんとかして逃げ出さないと……。幸い見張りはいないようだし今の内にどうにかしないとな。
とりあえず俺と同じように捕まっている人達がいるが、言葉が通じそうにないから後回しにしてまずは自分の身の安全を確保しよう。幸い武器は取り上げられていないみたいだし縄さえ解ければ何とかなるはずだ。
よしっ! なんとかなったぞ!! 早速脱出だ! ん? なんか体がおかしいぞ!? あーもういいや考えるのは後にしよう!こうして俺は無事脱出することに成功したのであった。しかし檻から脱出できたところで状況は一向に良くなることはなかった。死角は多いけど永遠に続く迷路のような廊下を歩いているとどんどん不安になってくる。このままじゃいずれ見つかってしまうかもしれないしどこかに隠れるしかないかな。
隠れられる場所を探しているとある部屋を見つけた。ドアノブに手をかけると鍵がかかっていなかったようで簡単に開いた。中に入るとそこは倉庫として使われている部屋の様で色々なものが雑多に置かれていた。よしここならしばらくは見つからないだろう。
ふぅ、やっと一息つけるよ。それにしてもこれからどうするべきか。まさかいきなり監禁されるとは思わなかったぜ。とにかく情報が足りないから情報収集する必要があるよな。先ほど感じた体の違和感を再び思い出す。服の中に手を伸ばし体を触って確認する。うわっ! 毛だらけじゃないか! 俺の体、なんでこんなことに。お腹の一部に犬のような毛が生えていた。部屋にある鏡で自分の体を確認すると、右胸に呪文のようなものが刻まれていた。これは一体どういう意味なんだろ? 自分の体に起きている変化だけでも訳がわかんないのに更に謎が増えてしまったぞ。まあいいか、わからないことを考えても仕方ないし。それより出口を探さないとね。
そう思い立ち上がろうとしたその時、ドアの向こうから人の足音が聞こえてきた。慌てて身を屈めやり過ごそうとするも見つからずには済まないようだ。扉の前で止まったと思ったらガチャリという音と共に光が差し込んできた。誰かいる! 咄嵯の判断で棚の後ろに隠れたため見つかることはなかったが、その後すぐに男が入ってきた。男は何か探し物をしているようでキョロキョロと周りを見ながら歩いていた。
まずいなぁ見つかったら絶対殺されるよね? でもこのままここにいてもいずれ見つかるだろうし……こうなりゃ先手必勝だ! 勢いよく飛び出すと男に飛び掛りそのまま床に押し倒すことに成功した。突然の出来事に驚いた様子の男だったがすぐ冷静さを取り戻し反撃しようと腕を振り上げた。だが私の方が早かった。振り下ろされた拳をかわし男の腹部目掛けて膝蹴りを食らわせる。男は苦悶の表情を浮かべるが構わず顔面を殴り続ける。
やがて力尽きたのか動かなくなったのを確認してから手を離すとドサッっとその場に倒れ込んだ。私は急いでその場を離れようとしたが、違和感を感じると足を止めた。初めて人を殺してしまった。いや、そもそも人に危害を加えたことがないのに、なぜ平然としてるんだ。
体の変化と体に刻まれたこ変な呪文が何か関係してるのかもしれないが、今は逃げることに集中したい。私はそそくさと倉庫を出て再び歩き出す。早くここから出ないと。
どれくらい歩いただろうか、疲れたので壁に寄り掛かり休んでいると、前方から複数の人が走ってくるのが見えた。反射的に物陰に隠れ息を潜める。すると男たちの声が微かに聞き取れた。「おい、この辺で例の子供を見たっていう情報があったらしいぞ!」
子供だと!? どうして子供がこんなところに? 考え込んでいると一人の男がこちらに向かってきていることに気付いた。ヤバいっ、こっちに来るのかと思い身構えたが、私の前を通り過ぎていった。
この時私は自分が聞いたこともない言語を理解できるようになったいたことに頭が回らなかった。隠れては進み隠れては進みを繰り返してると兵士たちが大慌てで叫んでいる。「勇者ちが大規模の魔法を放つ準備に入った!さっさとーー」その瞬間音を置き去りにするほどの大爆発が放たれ、山より大きな城が半壊した。私は衝撃にやられた体をゆっくり起こし辺りを見渡すと、そこには鹿いっぱいの晴天とお互いを睨み合う勇者と魔王がいた。