レッツストーキング(後編)
二人がその後楽しげにいくつかのクレーンゲームに興じているのを私は歯痒い思いで陰から観察していた。
相変わらず早矢峰さんは右代宮先生の腕に抱き着いたままですごくモヤモヤする...
そして、早矢峰さんは突然、右代宮先生の手を引っ張って店の奥に向かった。
早矢峰さんが案内した場所にあったのはプリント倶楽部、通称プリクラである。
周りは、女子高生等が多く、高等部と初等部の二人がいるのは傍目から見ても違和感を感じずにはいられなかった。流石の右代宮先生もかなり困った顔を浮かべて手を左右に振って拒否しているようだ。
右代宮先生。ちゃんと断って。
早矢峰さんとプリクラなんて取っちゃ駄目だよ!!
もう完全に早矢峰さんを敵認定した私は二人のプリクラ撮影を阻止するよう、神に祈っていた。
右代宮先生に何度も拒絶された早矢峰さんはやがて俯いて肩を震わせて静かに泣き始めた。
いやいや。あれ百パーセント噓泣きだよ。
しかし、周りの女子高生達からの注目に耐えることが辛くなったのか、大きな溜息をついて困った笑顔を浮かべながらプリクラの機体の中へ入っていった。
ノー――――ッ。神は私をお見捨てになったのか...
二人が機体の中に入るのを確認すると、二人に注目していた女子高生たちは口々に
カワイー、兄妹かしら。お兄ちゃん大好きみたいな。
兄妹でしょ。じゃなきゃ、ロリコン犯罪者っしょ。
えー、あんた今でもお兄ちゃん大好きでしょ。
いやいや、兄貴とかマジうぜーし。
周りの女子高生達もしばらくはそんな事言っていたがやがて自分達のプリクラの作業に戻っていった。
しばらくすると、プリクラの機体から二人が出てきた。
早矢峰さんは耳まで顔を真っ赤にしながらホクホク顔。対する右代宮先生は苦笑いを浮かべている。
えっ、待って。中でナニがあったの...
困惑する私を他所に早矢峰さんはプリクラを手慣れた手つきで半分に鋏で切って右代宮先生に手渡した。
うー。見たい。一体何が写っているんだ。
プリクラを終えた二人はゲームセンターを後にした。
時間はやがて六時半になろうとしているが、夏を目の前にした夕焼けの太陽はまだまだ暗くはならない。
右代宮先生が自動販売機でジュースを買って、早矢峰さんに手渡す。
そして、二人は広場のベンチに座ってジュースを飲みながらお喋りを始めた。
幸いにも二人が腰かけているベンチの後ろ側には植木を挟んでもう一つベンチがあった。
その為、私はその場所に陣取り二人の話を間近で聞くことが出来た。
「先生。今日はありがと。とっても楽しかったわ。」
普段、学校では聞いたことがないような可愛らしい声で右代宮先生にお礼を言う。
早矢峰さんとはほぼ関わり合いがないけど、横目でたまに見る彼女はどちらかというと小生意気で高飛車な印象が強く、どこか人を小馬鹿にしているような態度を取る子だ。
決してあんなに素直に他人にお礼や感謝の気持ちを伝えたりなんかしない子である。
「凜ちゃんが楽しめたならよかったよ。でも今日はビックリしたよ。僕が勉強を教えている女の子の体調が悪かったみたいだから早めに切り上げたんだけど、凜ちゃんの家に行くまで大分時間があったから時間潰しに本屋に行ったらそこに凜ちゃんがいるなんて思わなかったよ。」
「私もビックリしたわ。でも本当にその子には悪いけどおかげで私は先生とデートできたんだから感謝しなきゃ。」
「凜ちゃんはおませさんだね。」
「むう、また子供扱いしてー。」
えっ、ってことは私の行動が今現在のこの状況を生み出したってこと...
「そういえば、その体調崩しちゃった子は凜ちゃんと同じ学校の同級生なんだけど知ってるかな?北条恵梨香ちゃんっていうんだけど。」
「ええ。よく知ってるわ...よぉくね。」
私の背中に急に悪寒が走った。
早矢峰さんは恐らく私が右代宮先生の家庭教師の授業を受けている事をずっと前から知っていたのだろう。
そして、今まで何かにつけて私に張り合ったり、私に対してのつっけんどんな態度を取ってきた事は右代宮先生に関する事が絡んでいたに違いない。
あくまで私の勝手な憶測だけれど恐らく間違っていないはず。
時刻はやがて七時。太陽が沈み辺りが暗くなってくるとふいに私の携帯がなった。
着信表示を見るとママだ。
あー、家を出てくる時ちょっと怒っていたから、無理もないか。
「さあ、やがて七時だよ。凜ちゃんの家で勉強しようか。」
「えー、私今日はもう疲れたんだけど。私も北条さんと一緒で体調不良―。」
何か勝手に人の名前を使われたんだけど
「ダメダメ。遊んだ後は勉強しないと君のお父さんに怒られてしまうよ。」
「お父様は私に甘いから大丈夫。」
「僕が怒られるんだよ。あんまり聞き分けが悪いと今日あげた熊のぬいぐるみを没収するよ。」
「駄目―。わかったから、ちゃんと勉強するからクマキチは没収しないでー。」
冗談交じりの二人の笑い声が私の心に深く刺さった。
その後、ママからの二度目の着信で私は楽しげに笑う二人に後ろ髪をひかれつつ帰路についた。
案の定、帰ったらママにかなり怒られ家を飛び出した理由を聞かれたが、変装の為のハットを以前街で見かけて在庫が少なかったからどうしても欲しかったと誤魔化してなんとかなった。




