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ノーテンガメラの木

作者: T.ムルソー
掲載日:2020/04/23

  ノーテンガメラの木


 その庭は、こじんまりとして、すこぶる落ち着いた高原の雰囲気に満ちていました。ことにその庭の主人は、白樺の木の純白な幹の色と、風に揺れる控えめな黄緑色の葉が大好きで、庭に5本の白樺を植えました。庭の中央には四季バラが植えられ、春と秋の両方に見事な花を咲かせます。春には南東角に植えた梅の木が咲き誇り、秋には南西角の紅葉が真っ赤に色づきます。庭にアクセントをつけるため、大きな焼石をいくつも配置しました。決して派手ではありませんが、落ち着いた雰囲気が何とも言えず主人は気に入っていました。


 あるとき、知り合いの男が訪ねてきて、庭を見てたいそう褒めました。庭の主人は鼻高々でした。その知り合いの男は、この庭に夏に花を咲かせるノーテンガメラの木を植えると、さらに鮮やかに見栄えのする庭になるだろうと言いました。


 庭の主人は、そのノーテンガメラという木を一目見てみたいものだと知り合いの男に言いました。


 それから数日後に、男はビニール袋に入った、ノーテンガメラの木の苗木を持って現れました。そして、南の中央に生えていた白樺の木の根元に植えるといいだろうとアドバイスしました。「来年の夏には驚くほど綺麗な花を咲かせますよ」と自慢げに言いました。


 翌年の春になると、ノーテンガメラの苗木がスルスルとツルを伸ばし、白樺の木に巻き付きました。それはどうやらツル科の植物で、他の木に巻き付く習性があるのだと分かりました。それは、他の植物とは比べ物にならないほど成長が速く、夏の初めごろには白樺の木のてっぺんまでツルをのばしました。


 ある朝、庭の主人が目を覚まして家の外を眺めました。空は雲一つない青空でした。初夏の陽光が眩しく庭全体を照らしていました。するとどうでしょう、白樺の木のてっぺんに鮮やかなオレンジ色の花が咲いているではありませんか。主人は驚いて目をこらしました。というのも、今まで白樺の木がオレンジ色の花を咲かせるなんて聞いたことも見たこともなかったからです。よくよく見ると、そのオレンジ色の大きな花は白樺の木に巻き付いたノーテンガメラの花だということが分かりました。


 主人は、その花の原色のオレンジ色と、大ぶりで派手な踊り子のような美しさにうっとりしてしばらく眺めていました。それまで自分の庭の落ち着いた慎ましやかな美しさに満足していたのですが、何か少し物足りなさを感じていたのです。その物足りなさとは、今目にしているノーテンガメラの花のような、手の平に乗りきらない、自由奔放に主張する存在なのだということに気付いた気がしました。夏の終わりごろになるとノーテンガメラはいくつもの花を白樺の木に咲かせました。主人はそれを見て満足気でした。


 翌年になると、驚いたことに、少し離れた違う白樺の木にもノーテンガメラの花が咲きました。地下で根を伸ばし、他の白樺にも巻き付いたようなのです。主人はその生命力と繁殖力に驚き、感心しました。


 ガメラの木は次の年には梅の木に、その翌年には紅葉やバラにも巻き付き、相変わらず見事なオレンジ色の大輪の花をさかせました。


 植えてから5年目には庭のあちこちに芽を出し、庭石の上にまでそのツルを伸ばすようになりました。すると、さすがに主人もこのままではまずいと思うようになりました。というのも、このまま放っておくと庭一面がノーテンガメラに占拠されて、今まで生えていた草木が全て台無しになってしまうのではないかと心配になってきたのです。


 そこで、ノーテンガメラが春先に芽をだすと、はじからその芽を摘み取っていきました。でも、摘み取っても摘み取っても後から後から直ぐに芽を出すのです。根が庭中に広がってしまっているからだ、その根を退治しない限り芽を出し続けるだろうと気が付きました。そこで、芽が出たあたりからその根を辿って引き抜き始めました。しかし、ノーテンガメラの根は、まるで毛細血管のように地中に張り巡らされ、しかも深く潜っているので取りきることは不可能に思えました。


 やがて、庭いっぱいに広がったガメラの木は、境界を越え、隣の家の栂の木にも巻き付きました。さらには、道路を挟んだ道向かいの家の庭にも芽を出すという驚異的な繁殖ぶりを見せ始めました。


 困ってしまった庭の主人は、ノーテンガメラの苗木を譲ってくれた男を呼んで事情を話し、何とかならないかと相談しました。男は頭を掻きながら、「そうだ、この木は地面に直接植えてはいけなかったんですよ。大きな鉢に植えないと根が果てしなく広がっていってしまうんです。うっかり言い忘れてしまいました」と謝りました。


「何とかならないのか。前のような落ち着いた庭に戻したいんだ」と庭の主人が哀願するように言いました。しばらく考え込んでいた男は、「一つだけ方法があるかも知れない。ひとから聞いた話ですが、おおもとの木を伐り、その切り口に酢をかけると、そこから広がっていった根が全て枯れてしまうということのようです。やったことはありませんが、試してみてください」と言いました。


 そこで、庭の主人は言われたとおり、初めに植えた、白樺の木に巻き付いたノーテンガメラの木を伐り、その切り口にたっぷりと酢をかけました。するとどうでしょう、3日間のうちに、ノーテンガメラの木は付けていた葉を落とし、花もしおれ、しがみ付いていたツルも力なく滑り落ちました。


 次の年の春には、それまでがウソだったかのように、白樺の木をはじめとして、庭の木々が生き生きとよみがえりました。白樺はかつてのように控えめな黄緑色の葉を付け、春風に震えています。梅の木も見事に咲き誇り、バラも大輪の花を咲かせました。かつて、少し物足りなさを感じていた庭が、生き返ったかのように力強く、息を吹き返したのです。


 庭の主人は、庭を見渡しながら、「これが私の大切な庭なんだ」と一人つぶやきました。


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