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黒騎軍戦記  作者: JAKUSUI
序章 海の帝国
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第一節 建国祭



 ………文明国の文明国たるゆえん、大国の大国たるゆえんは、ひとえに、多種多様の文化、価値観を抱擁し、中庸の道を歩む、その一点にある。

 周辺国を蛮族と蔑むことは、まさしく愚かな行いであり、いたずらに戦火を交えることは、不道徳の極みである。今こそ四方に視野を向け、この世にある全ての物事を学びとる時だ。

 鋭気と才をあわせ持つ者が、時を得て初めて、新しき世を切り拓いていくだろう。


 (公用暦四四五年  学芸尚書、ワン・ティアンシャン)







 ………西の果ての国々より、その国の貴族、政治思想家、聖職者が多数、このジョンファ帝国に留学、もしくは亡命してきた。

 彼らの旅してきたその路は、彼らの言葉によれば、「絹の路」という。ジョンファと、ファルースの国々とを結ぶ、西域と呼ばれる地域の、その路の総称である。経済規模で言えば、無きに等しい小規模な交易ではあったが、文明の転換を支えた文化の路として、この呼称は、定着していくだろう。


 ……中略……。


 陸路と海路。この二つの路が、このジョンファ帝国と、その他の諸国とを結び続ける限り、この帝国は、「中華(ジョンファ…世界の中心の意)」であり続けるであろう。


 (公用暦四四七年  司法尚書、ツァオ・ジャオウェン)










 四八四年の八月六日。

 夏薔薇の美しい季節であった。

 新しい王朝の開闢に伴って帝都に選定された、中京ファンタン府の宮中には、四季色々の花を愛でるための庭園がある。



 五年に及ぶ戦乱の末ゆえに、戴冠式に参列した要職者も、軍人がほとんどであった。

 ジョンファ帝国が誇る、ツァオ氏ジン王朝建国の功臣たちだ。

 彼らが一声上げるだけで、百万の将兵が立ち上がり、その指揮号令に従うだろう。彼らは建国を祝う宴と戴冠式を終え、今この庭園に移動してきたのだった。


 絢爛豪華な将帥たちを見渡しながら、彼らの上位者たる建国皇帝は、彼らに向かい言葉を発する。穏やかな第一声だった。


 「覚えているか。初めて我らが、同じ志の下に集った時のことを…」


 皇帝、ツァオ・シュアンイェの声は、とても穏やかでありながら、周囲の人々の腹にまで響き、まるで皆が彼に従うのが当然であるかのような、静かな威厳に満ちていた。


 彼のその静かな問いに、将帥たちは一人一人、言葉を返していく。その最初の言葉は、ジョウ・ウェイダの言葉であった。


 「忘れたことなどありません。我が皇帝。陛下ご自身の志を、我らも共に抱いてきたこと、それが我が誇りです」


 音律豊かなその声は、彼の秀麗な容姿とも相まって、庭園の中に彩りを添える。彼の声の美しさも、その発音の端正さも、諸将の内で最も際立っていると、そう評されていた。

 ジョウ・ウェイダは、新帝国にあっては統帥本部総長として、平時は帝国軍全体の基本戦略を預かり、戦時は皇帝直属の首席幕僚として作戦立案を行う。その地位の高さと責任の重さは、永きにわたって、ツァオ・シュアンイェの信頼を受けてきた彼にとって、ふさわしいものであった。


 そんな彼に続き、帝国陸軍司令長官であるドゥアン・シャオワンも言葉を発する。


 「今思えば、先々代から引き継がれてきた志を、我らが共有したのも、旧都ヨンアン府にて、一堂に会した時でしたな。紅蓮旗を掲げて転戦した日々が、懐かしいな」


 小柄ではあるが、見た目も声も剽悍そのものである彼のその言葉に、周囲の男たちは笑声を挙げた。事実、彼は剽悍という言葉を体現している男で、並み居る将帥の中で最も迅速な用兵と、巧みな作戦指揮を高く評価されている。彼はジョウ・ウェイダと共に、「帝国軍の双璧」と称される、帝国軍屈指の勇将であった。


 そんな二人の傍らに立つ隻眼の将軍が、とある僚将に向かって声をかけた。


 「グイフェン。そなたもモンゴル・ウルスにありながら、我らに力を貸してくれた。我らの天下取りは、モンゴルにとっても良い変化であったか?」


 独眼竜将軍、シャホウ・ホンリのその問いかけに対し、グイフェンと呼ばれた将軍は、その幼い顔を上げた。

 ヤン・グイフェンは、中性的な美しさを持つ、モンゴルの帝室出身の将軍だった。その年齢も、僚友たちより一0歳ほど若い。

 彼がかすかに首を傾げたことで、艶やかな黒髪が流れ、その白桜色の唇からは、美しい声と言葉が紡ぎだされた。


 「それはこれからの、私たちの努力次第だと思います。両国にとってこの同盟が、良い決断だったのだと、これからも証明し続けることが、少なくとも私自身の務めだと、そう考えております」


 「気負いすぎないでね」


 ヤンの妻で、ツァオ・シュアンイェの妹でもある、娘子軍司令官ツァオ・アイメイが、慈しみと労りの眼差しと言葉を、夫にかける。

 夫婦で並べば、まるで姉妹か友人同士の様な、華やかで和やかな雰囲気の、そんな二人だった。



 ふと、グイフェンは視線を庭園に戻した。

 その眼差しの先には、夏に番う二羽の蝶が、ひらりと舞っていた。


 その澄んだ瞳も、白皙の横顔も、瞬きすれば音が鳴りそうなほどの長い睫毛も、年相応の青年のもので、そんな容姿からは、彼が一同の中で最も獰猛な戦士であることも、驍勇誉れ高い将軍であることも、男性であることさえも、まったく想像し得ないであろう。

 その半神的な美しさと、彼の立場や才幹との、その不安定な組み合わせは、周囲にいる者たちにとって、とても危うく感じられるのだった。



 そして三度グイフェンが視線を転じた先には、また一人、将軍号を有する武人が佇んでいるのだった。一同の中で唯一、「提督」の称号を持つ、海軍の将であった。


 「ジェン提督。西海遠征の日取りが決まりましたら、ぜひ教えてください。海の世界も知りたいのです」


 「そうか、ヤン将軍は騎馬の民であったな…。陛下の御心次第だが、ファルースまで同行するか?」


 ジェン・ヘはこの度、海軍司令長官として海洋へと進出し、その治安維持と東西交易路の開拓を担う。

 草原の国で育ったグイフェンが、彼の任務に興味を持ったのは、陸海両面作戦の可能性と実用性を確かめるためか、それとも単に好奇心に抗しきれない、子供じみた性格の故か…。

 彼を過大視する物は前者のように感じたし、反対に客観視できる者は後者の様にとらえた。

 ちなみにジェン・ヘや、アイメイ、シュアンイェらは客観視できる側の人物である。


 「グイフェン。モンゴル・ウルスが騎馬の民の国とはいえ、王者たる者は、より多くのことを知っておいた方が良いやもしれん。君臣間の命としてではなく、盟友同志として、卿に依頼する。ジェン・ヘと共に、西へと行ってくれるか?」


 シュアンイェのその言葉に、グイフェンは花開くように笑みを浮かべた。

 しかし、次の言葉で、一瞬にしてむくれる事となる。


 「ジェン提督、子守を頼む」


 庭園に、一際大きな笑声が湧き起った。


 後に彼らは、この時期が一番満ち足りていたのだと、回想する度にそう感じた。

 しかし今の彼らには、これからも続く政治改革の道のりが、果てしなく続いているように感じられ、ここに集まった同志の中から、幾人も僚友を失っていくことを、まったく想像し得なかったのだ。





 ただ時間が流れ、歴史は大河となる…。







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