95.野良精霊
オルステンのスラム街にひっそりと流れる小さな小川。
そこに架かる小さな橋の下で、俺は三角座りをしながら目の前の水面をじっと見詰めていた。
「……はぁ……どうすりゃいいんだよ……」
早いもので、中央広場での戦いから既に五日が経っている。
当時の俺は、四人の乙女精霊たちからそれぞれの顛末を聞いた。
さらに次の日にも詳しい話を聞き、ドミナンテに対抗するため陣容を整えることにした。
先ず俺は、バンジョーナ城塞を本拠地に定めた。
せっかくチェームやエルテが陥した要衝だ。使わない手はない。
ここを本格的な活動拠点に定め、チェームの不死軍団で守りを固めた。
無論、城塞を取り仕切るのは彼女であり、残る三人の乙女精霊もここに待機している。
それからなぜか、ティンクファーニが国に戻らずバンジョーナ城塞に居座った。
あいつはエルフの姫様なので、当然クラリーサやカセットラフも護衛として一緒に残っている。
彼らは俺たちと誼を結ぶことで、こちらがオルストリッチを支配して独立国家を樹立した際、同盟を組んで人間の国を牽制するつもりらしい。
……抜け目がないな……
そんなこともあって、バンジョーナ城塞に関しては何の心配もない。
最早あそこは鉄壁の守りとなった。
何せ補給不要の不死軍団、そしてそいつらの統率者、切れ者のチェームシェイスがいる。
さらには一軍を蹴散らせる力を持つパーシヴァリー、最強の乙女精霊エルテ、軌跡大樹の国の大将軍カセットラフ。
こいつらがいる限り、バンジョーナ城塞を攻め落とすのは至難の業だ。
スクウェイアはと言うと、ぺリア・ロ・サイモンに常駐してもらっている。
常に探りを入れ、領主側の動向に目を光らせてるって訳だ。
あいつの情報収集能力は高いからな。
そして冒険者ギルド。
俺とギルドとの盟約が領主側に露見したため、冒険者たちは丸ごと俺の傘下に加わった。
彼らは今、山奥に作られた三つの集落にいる。
ここはドミナンテに抵抗した三つの村、アルタ村、トーゲ村、ボンゴ村の村人たちのために作られた簡易的な避難所であり、冒険者たちはそこで護衛についていた。
支援するのは商人ギルドの五人のギルド委員、今では三人になってしまったが、その内の二人、ジェフリーとケインだ。
当然この二人も俺に与しているが、大問題が発生した。
俺との関係が領主側にバレてしまったのだ。
俺は焦った。
直ぐにでも二人とその家族を保護するため行動を起こそうとした。
と思っていた矢先、彼らは既にオルステンから逃げ出していたそうだ。
逃亡先は例の集落。
二人は予め私財を投げうって生活に必要な物資を大量に購入し、避難所に備蓄していたらしい。
これらの事はピアの指示で行っていたらしく、こうなる事は予想済みだったそうだ。
……流石はピア、手際が良すぎる……
そして最後に【蝋燭会】。
デウストが居なくなった今、首魁は間違いなくドミナンテであろうと予測できた。
しかしながら、俺とイライザの関係は未だに知られていない。
「……ここまでは良いんだよな……ここまでは……」
俺が一番頭を悩ませているのは、セラーラとピアの事である。
この二人は今も尚、眠ったままだ。
もちろんチェームシェイスに二人の状態を診てもらったが、彼女でも二人を目覚めさせることができなかった。
……チェームなら何とかしてくれると思ってたんだが、さすがに無理があったか……
それでも彼女は諦めず、今現在も二人が目覚める方法を模索している。
俺もみんなと一緒に色んな方法を試しているが、どれもこれも目立った効果を出せないでいた。
「……打つ手がねえ……」
川の中では小魚の群れが元気よく泳いでいる。
「……」
……二人の状態は何度も確認している……
覚醒状態発動後の休眠期間は間違いなく二十五万五千五百五十日と出ていた……
……素直に七百年も待たなきゃいけないの……?
……冗談じゃねえぞ……
そうこう考えていると、いつの間にか日が暮れていた。
「……もうこんな時間か……そろそろ戻って来てもいい頃だな……」
今更だが、どうして俺がこんなところにいるのか。
それは今朝がた入って来た情報に端を発する。
俺が皆と一緒に朝食を摂っている最中、ドミナンテがオルステンに戻って来たとの知らせが舞い込んできた。
奴の細かな動向を探るため、スクウェイアが大々的な諜報網を展開するらしく、それを手伝うためアプリコットも参加する事となった。
ならばと俺も、気分転換がてらに二人に便乗してオルステンに来た、というわけだ。
当たり前だがチェームシェイスに認識阻害のスキル〈遭遇希薄〉を掛けてもらっている。
……だって俺ってお尋ね者だし、アプリコットやスクウェイアみたいな斥候の技術なんて皆無だし……
「……って、そんな事、どうでもいいや……」
アプリコットとスクウェイアは諜報に行っている。
いま俺が居るこの橋の下が合流地点であり、夕暮れ時には落ち合う予定だ。
もう夕暮れ時だけどね……
「しかしあいつら遅いな……」
少し心配になったところで、鈴を鳴らしたような声が聞こえてきた。
「ご主人様! ただいま戻りました!」
橋の上からアプリコットの笑顔が現れる。
「帰って来たか、アプリコット」
「はい! ご主人様!」
彼女は颯爽と橋の上から飛び降りると、両手を広げて抱き着いてきた。
相変わらず可愛い奴だなあ……
「それでスクウェイアはどうしたんだ?」
てっきり一緒だと思っていたが、帰って来たのがアプリコット一人だけな事に、俺は少々訝しんだ。
「スクウェイアさんはまだ調べたいことがあるとかで、先にご主人様と拠点に戻ってろって」
「そうか」
スクウェイアのやつ、仕事熱心だな。
しかも強くて優秀だし……このままずっと俺の陣営に居てくれないかなあ……
そんなことを考えていると、アプリコットの強請るような視線に気づいた。
「どうしたアプリコット?」
「ご主人様、お願いがあります……」
……珍しいな、こいつがおねだりしてくるなんて……
というか、他の乙女精霊たちも普段はわがまま言わないな……
「いいぞ、言ってみろ」
アプリコットの可愛らしい口が開かれる。
「……会わせたい人がいるんです……」
なに? ……会わせたい人だと……?
「……」
……もしや彼氏とかか?
「……」
許さん!!!
「今すぐ連れてこい!」
俺の言葉にアプリコットは花が咲くような笑顔を見せた。
「ありがとうございます! ご主人様!」
そう言うと、直ぐさま振り向き言葉を掛ける。
「お許しが出たのでこっちに来てください!」
橋の影から一人の少女が俯きながら姿を現した。
彼女はゴスロリ風の服に身を包んだ桃色の髪が特徴的な、とても愛らしい美少女であった。
「……」
……こいつ、どこかで見た事あるんですけど……
「キャロラインちゃんです!」
……キャロラインだと……?
「……」
そうだ、キャロラインだ!
以前ドミナンテが戻ってきたとき一緒に馬車に乗ってた少女、キャロラインだ!
どうしてこいつがアプリコットと一緒に居るんだ!?
パーシヴァリーから聞いた話では、イングリッドを連れて逃げたんじゃなかったのか!?
「アプリコット、説明しろ」
「はい! ここに戻る途中、彼女が路地裏でうずくまって泣いてたんです! とても寂し気だったので思わず声を掛けてみたら、あのキャロラインちゃんだったんです! それで彼女を慰めて話を聞いてあげました! そしたらドミナンテに散々罵倒された挙句、生ゴミみたいに捨てられたらしいのです! 余りにも可哀想なので、放っておけなくて連れてきました!」
「……」
野良犬を拾ってくる感覚で人を拾って来るんじゃねえ!!!
この前だってパーシヴァリーがアクセルを拾ってきやがったのに、なんでまた敵を拾って来るんだよ!
しかもだ!
これが罠の可能性だってあるんだぞ!
そこまで考えてんの!?
「……アプリコットよ……お前、どうしたいんだ?」
「はい! キャロラインちゃんを保護してあげたいのです!!!」
はい、でました。
保護と言う名のキャロラインを飼いたいってことですよねー。
「……ご主人様……お願いします……」
アプリコットは潤んだ瞳で俺を見詰めてきた。
ぐぅっ!!! 反則だろ!!!
「……取り敢えず詳しい話を聞かせろ……」
もしかしたら間者かもしれんからな。
「キャロラインちゃん! ご主人様に説明してあげてください!」
「……うん……」
キャロラインはしどろもどろとしながらも、追い出された経緯を話し始めた。
「……うぇ……うぇ……」
途中からキャロラインは泣き始めた。
それでも何とか最後まで話を続け、終わった頃には会話を出来る状態ではなかった。
「よしよし、今までよく頑張ったね」
「……うぇっ……うっ……ぐす……」
アプリコットは彼女の肩に手をまわして懸命に慰めている。
「……」
話を聞いた限りでは嘘ではないようだな……
目も泣き腫らして真っ赤だし、とても演技とは思えん………
「……ご主人様、可哀想です……どうかお願いします。キャロラインちゃんも一緒に連れて行ってもいいですか?」
アプリコットが懇願してきた。
「……」
……アプリコット、よく考えろ……
放り出された原因はキャロラインにもあるんだぞ……
どうやらこいつ、毎日だらだら過ごしてたらしいじゃないか。
自業自得としか言いようがないんだが……
「……面倒は私が見るので、どうかお願いします……ご主人様……」
アプリコットの純真な瞳が上目遣いで俺に向けられる。
「……ぐぬ……」
なんて破壊力だ……抗えねえ……
「……分かったよ……一旦、バンジョーナ城塞に連れて帰ろう……」
……乙女精霊の事になると、俺はどうにも甘くなってしまう……
「ありがとうございます、ご主人様!」
当然、アプリコットは満面の笑みで喜んでいた。
「キャロラインちゃん、良かったね! これでもう安心です!」
「……うぇん……ひっぐ……う゛ぇぇ……」
「……」
こうして俺たちは、キャロラインを連れて拠点に戻るのであった。




