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93.ぽんこつ少女 前編

 中央広場の戦いから五日後。


 領都オルステンの中心に座する領城、その最上階に設けられた執務室にドミナンテの姿はあった。

 辺境領での惨事を早馬で知った彼は、予定を繰り上げ急ぎ領都へと戻って来たのだ。

 

「……そこまでが今回の経緯でございます……」


 そしてちょうど今、詳しい話を初老の執事シルベスターから聞き終えたところである。


「……トモカズぅううううう!!! 許さん……絶対に許さんぞぉおおおおおお!!!」


 ドミナンテの表情が、見るまに鬼の形相へと変貌した。


 周囲の空気が震え、室内は凶悪な空間へと様変わりする。


「ドミナンテ。もう遊びだなどとぬかしている場合ではない。早急に手を打つべきだ」


 口を開いたのは、水色の髪の漆黒騎士ヘルムーツェンだった。


「そんなこと分かっておるわっ!!!」


 領城全体に怒声が響き渡る。


「落ち着けドミナンテ」

「これが落ち着いていられるか!!! バンジョーナ城塞が奪われたのだぞ!!!」


 バンジョーナ城塞はゼルディオン帝国からの侵略を阻む要衝だ。

 そこを奪われたことは致命的であり、喉元にナイフを突きつけられたも同然である。


 さらには王国からも強い追及を受けることは間違いなく、今まで培ってきた信用を失うのは避けようがなかった。


「それだけではない!!! デウストとマッキシム、二人も()られた!!! これが一番腹立たしい!!!」


 ドミナンテがここまで怒り狂う理由は、実子を殺されたからだと誰もが思うであろう。


 しかしながら、本当の動機は別のところにあった。

 それは、自身の有能な駒が失われた事、これが激怒した一番の原因だった。


 ドミナンテはこの二人を従順で優れた道具としか見ていなかったのだ。


 一番血が濃い子でもそうなのだからか、縁者はもちろんのこと、無能な他人など言うまでもない。

 ドミナンテからしてみれば、自分以外の人間は己の欲望を満たす踏み台でしかなく、無能か有能かどちらかの駒でしかなかった。


「デウストもマッキシムも優秀だった! 特にデウスト、あやつを失った穴を埋めるのは難しい!!!」

「だからこそ冷静になれと言っている。騒いだところで何が変わる訳でもないだろう」


 ヘルムーツェンは何とか窘めようとするが、ドミナンテの怒りは一向に収まらない。


「ああそうだ! 何も変わらん! だがこれだけは言わせてもらおう!!! あの二人が抜けてしまえば計画を大幅に変えねばならん!!! ヘルムーツェン!!! お前にもこの意味がわかるだろう!!! それを考えたらどうにも腹の虫が収まらんのだっ!!!」

「……」


 ドミナンテが口にした計画とは、王族を倒しブリエンセニア全土を支配する事だ。

 そのための重要な駒がデウストやマッキシムであり、二人の損失が大きな痛手となっていた。


「子供なんてまた作ればいいじゃない」


 不意に可愛らしい声が横やりを入れる。


「なんだとっ!!?」


 恐れを知らずに言葉を挟んだのは可愛らしい少女であった。

 しかしその者は、いつもドミナンテの傍に居る少女ではない。


 服装はキャロラインと同様にゴスロリの服を身に纏っているが、縦巻きロールのツインテールにピンク色の髪が特徴的な釣り目の美少女であった。


「もう一度言ってあげる。子供なんてまた作ればいいのよ」

「ペリアムド!!! お前は何も分かっておらんのだ!!!」


 小さな少女に口答えをされ、ドミナンテはますます激昂する。


「分かってるわよ。育てるのに時間が掛かるんでしょ。でもあなたは不老。時間なんていくらでもあるわ。それにあなたの子供だったらみんな優秀なはず。その優れた子を大量に生産して、じっくり時間を掛けて育てればいいのよ。従順な人形にね」

「……むう……」


 傍から聞けば何とも冷酷な話だが、ドミナンテは妙に納得してしまった。


「でも、あなたはそんなに待てないんでしょう? だったら子供たちは大陸支配に乗り出すまで揃えればいいとして、ブリエンセニアはやっつけの人材で占領しちゃえば? 幸いヘルム―ツェンやエスクールは健在だしね」

「……」


 ドミナンテの次男エスクールは、王都で宰相ポスワーレの秘書長官をしている。

 しかしそれは表の顔。

 実際は、王都でクーデターを引き起こすためドミナンテが仕向けた工作員であった。


「……簡単に言うではないか……やっつけの人材ごときでデウストとマッキシムの代わりにはならん……」


 ドミナンテは怒りを忘れ、ぺリアムドとの会話に集中する。


「確かに二人が抜けた穴は大きいわ。でも計画の要、エスクールさえいればどうにでもなると思うけど、違うかしら?」

「……ぺリアムド……そこまで言うのなら、何か考えがあるのだろうな……」


 ぺリアムドは口の端を可愛らしく上げた。


「当たり前じゃない。山ほどあるわよ」

「……ほう、面白い……ならばその考え、後でじっくりと聞かせてもらおうではないか」


 ドミナンテも頬を吊り上げ、二人は互いに不気味な笑みを交わす。


「少しは落ち着いたようだな」


 ヘルムーツェンは相も変わらずいつも通りの声音で言葉を掛けた。


「……多少はな……だが、トモカズに対する怒りは奴を殺すまで絶対に消えん……」

「貴様だけではない。俺様も思うところは同じだ」

「……そうか、ならば次にするべき事は決まった」

「トモカズの始末」

「そうだ。これをせずしてブリエンセニアの支配には乗り出せれん。これからは奴らの掃討を最優先に行う」


 ドミナンテは方針を固めた。


「して、レーヴェはどうしておる?」

「療養中だ。命気領域(オーラ・リジョン)の反動で動けないらしい」


 ヘルムーツェンは言葉を続ける。


「貴様が戻ってきたことを知って無理に登城しようとしたみたいだが、俺様の命で安静を言い付けてある。奴はデウストを守れなかった責任を取るつもりだ。どうする? 処罰するか?」

「よい。あやつはオルストリッチを死守した。その功績でデウストの件は不問にする」


 デウストとマッキシム、二つの有能な道具を失った後だ。

 さすがにこれ以上、優秀な者を切る事は自分の首を絞めるだけだとドミナンテは思い至った。


「次はイングリッドとキャロラインだ。シルベスター、直ぐに呼んで来い」

「畏まりました」


 初老の執事は足音なく執務室から退出していった。






 そして直ぐに、シルベスターは二人を連れて戻ってくる。


「ドミナンテ様、お二人が参られました」

「入れ」


 シルベスターに促されて、二人の女性が室内へと入って来た。

 

「おお、ドミナンテ殿! 会いたかったぞ!」


 ドミナンテの顔を見たイングリッドは直ぐに泣きつく。


「妾の話を聞いてくれぬか!」

「分かっておる。アクセルが裏切ったのだろう」

「そうじゃ! あの恩知らずめ許さん!!! 是非とも妾の屈辱を晴らして欲しいのじゃ!!! それから【銀髪の戦乙女】と【死の女帝】、あの二人もじゃ!!!」


 姦しいとはこの事かと、ドミナンテは嫌そうに眉根を寄せた。


「分かった分かった。お前を貶した奴には地獄を見させてやる」

「さすがはドミナンテ殿! 妾の悔しさを十分に理解しておる!」


 自分の要望が通ったイングリッドは大いにはしゃぐ。


「……ぺリアムド……あなたがどうしてここに……?」


 次いで言葉を発したのは眠たそうな表情が特徴的な、桃色の髪の美少女キャロラインであった。


 彼女は部屋に入ったときからドミナンテの傍に付き従う一人の少女に目を奪われており、唖然とした表情を見せている。


「お久し振りね、キャロライン」


 ぺリアムドは蔑みの視線をキャロラインに向けていた。


「ねえキャロライン。あなた、【銀髪の戦乙女】とかいう者に手も足も出ないで負けたそうね」

「……」

「やっぱりあなたはポンコツね。直ちに精霊選戦を下りなさい。ドミナンテもあなたにはうんざりしているから」

「……え……?」


 いきなり突き付けられた言葉にキャロラインは理解が追い付いていない。


「……ドミナンテ……」


 彼女は縋るような目でドミナンテに説明を求めた。


「ぺリアムド、話してやれ」


 縦巻きロールの美少女はやれやれと言った様子で口を開く。


「よく聞いてね、キャロライン。ドミナンテはあなたを見限ったのよ」

「……見限った……?」


 耳を疑う言葉にキャロラインは目をぱちくりとさせた。


「だってあなた、ドミナンテに何の献策もせず、毎日だらだら過ごしてたらしいじゃないの。しかも【銀髪の戦乙女】にまで負ける始末。肝心な時にも役に立ってないじゃない」


 ぺリアムドはさらに指摘する。


「あなたは誓約精霊の役割が分かってないわ。いいこと? 誓約精霊は誓約者の野望を果たすため、様々な助言を与え、敵を排除し、誓約者にとって利になる人間を見つけ出して傘下に入るよう促す。あなたはそのどれ一つも満足にできていないのよ」

「……」


 図星を刺されたキャロラインは完全に押し黙ってしまった。


「これでは誓約者のドミナンテが可哀想だわ。ホント、あなたってポンコツで役立たずね」


 このぺリアムドという少女。

 彼女もまたキャロラインと同じ、精霊選戦に参加した誓約精霊である。


「何であなたみたいな精霊と同じ庭の出身なのかしら……ホント、嫌になっちゃう。それに高位精霊って一括りにされて、凄く迷惑なのよね。もっと言い方を変えてくれないかしら」


 高位精霊とは強い力を持つ精霊の事だ。


 しかしながら、キャロラインの実力は高位精霊としてはとても低く、なぜここまで昇格できたのか奇跡のようなものであった。

 さらにはお(つむ)の方も良いとは言えず、それらの事も相まって、他の精霊からは落ちこぼれと見下されていた。


 それでも彼女は高位の精霊。

 決して突出している訳ではないが、そこそこの実力は持っているし、何と言っても誓約精霊だ。

 誓約精霊と誓約すれば様々な特典が受けられる。

 ドミナンテがキャロラインを受け入れたのは、その利権によるところが大きかったのだが、まさか彼女がここまで使えないとは夢にも思っていなかった。


 ところがぺリアムドの登場によって、キャロラインのダメっぷりが露呈してしまう。

 加えて今回の件も重なった事で、遂には愛想を尽かされたのだ。


「という訳でぇ、私があなたに代わってドミナンテと誓約を交わして・あ・げ・る」






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