91.今までの状況を整理します
中央広場を去った俺たちは、アプリコットの案内で高級料亭ぺリア・ロ・サイモンの近くへとやってきた。
豪華ホテルを思わせる優雅な建物が視界に入り、やっと一息つけると俺は胸を撫で下ろす。
「……」
あそこは犯罪組織【蝋燭会】の三幹部の一人、イザイラの息が掛かった店だ。
彼女は俺に従属しているから、当然ながらぺリア・ロ・サイモンは俺の支配圏。
エルテの店がバレたから、そこに隠れ家を移したって訳ね。
と俺は思っていたが、アプリコットは別の建物の前で立ち止まった。
そこは何の変哲もないただの民家である。
「ご主人様、皆さん。着きました」
アプリコットは人目がないことを確認すると、扉を開けて中へと入った。
「皆さんも早く」
彼女に促されて、ゼクトやカセットラフ、スクウェイアが後に続く。
「……」
ぺリア・ロ・サイモンに行くんじゃないの?
そう思いながら、俺もみんなの後に着いて行った。
「アプリコット様! ご無事で何よりです!」
建物の中に入ったら、艶めかしい美女がアプリコットを出迎えている。
彼女は両手で少女の手を握り、安堵の表情を見せていた。
確かこいつはイザイラだったな。
「ゼクト救出、上手くいったようですね。流石はアプリコット様です」
後ろにいるゼクトに目を向けたイザイラは、より一層と相好を崩した。
と思いきや、彼女の表情が険しくなる。
「それでアプリコット様……そこの二人は?」
イザイラの厳しい視線がカセットラフとスクウェイアに突き刺さった。
「このお二人がゼクトさん救出を手伝ってくれたんです」
「……エルフが、ですか……?」
イザイラは二人のエルフを疑っているようだ。
そんな彼女にゼクトがそれとなく説明をした。
「そこのお嬢ちゃんとエルフの二人、そしてトモカズのお陰で俺は助かった。そういや礼がまだだったな。みんなありがとう。お陰で命拾いできた」
ゼクトの言葉にイザイラの目が大きく見開かれる。
「い、いまトモカズ様の名前が出ませんでしたか?」
そこで始めて彼女は最後尾の俺に気が付いた。
「ト、トモカズ様!」
気付くのが遅いね。
「そのエルフたちは俺の信頼する仲間だ。警戒する必要はない」
「さ、作用でしたか! それは大変失礼を致しました!」
ころっと態度を変えたイザイラに、俺たちは苦笑いを浮かべる。
「どうぞこちらへ、直ぐにご案内いたします!」
イザイラは床板を一枚外した。
すると地下へと続く階段が現れる。
「ここから地下通路を通り、店内に移動します。ささっ、私についてきてください」
おお、この階段はぺリア・ロ・サイモンに続いているのか。
なんか秘密基地みたいでカッコいいぞ。
俺は胸を弾ませながら、皆の後に続いて階段を下りて行った。
しばらくして、隠し通路を抜けた俺たちは、金銀財宝で埋め尽くさている一室へと出てきた。
「ここは宝物庫です。落ち着いて話ができる場所へ移動しましょう」
イザイラの案内に従って、さらに店の奥へと進む。
辿り着いた先は、見麗しいばかりのインテリアが飾られた洒落っ気のある部屋であった。
「アプリコット様!」
「無事にゼクトさんを助け出したのですね!」
ユージスとフレイが喜びを前面に出してアプリコットに駆け寄って来た。
「あなた! トモカズ様もいるわ!」
「おお! トモカズ様!」
二人は俺の前で跪き、祈るように両手を組んで涙を流す。
「……トモカズ様……あなた様の御帰還、首を長くしてお待ちしておりました……」
「……再びトモカズ様のご尊顔を拝謁できるとは至福の極みにございます……」
大袈裟すぎやしない?
「ご主人様、一つ聞いてもいいですか?」
「どうしたアプリコット」
「セラーラお姉ちゃんとピアお姉ちゃんは何処に居るんですか?」
やはりアプリコットは気になっていたか。
事態が事態なだけに、安全な場所に来るまでは聞けなかったんだろうな。
……なんて姉想いの優しい娘なんだ……俺の乙女精霊は最高だよ……
「二人は大丈夫だ、今は別の場所に居る」
「別の場所?」
アプリコットは不安そうな表情を浮かべる。
「俺が迎えに行ってくる」
カセットラフが相変わらずの重低音で言葉を発して名乗り出た。
「いいのか?」
「この中では俺が適任だ」
頼りになるぜ、カセットラフ。
こいつは空を走れるから、本人の言った通り間違いなく適任だ。
「スクウェイア、お前は街の様子を見て来い。まだ油断は出来ん」
「了解だぜ、大将」
流石は大将軍。隅々にまで目が行き届いているよ。
「トモカズ、俺たちが戻ってくるまで今に至った状況を把握しろ。そこで改めて姫の所在を聞く」
なるほどね。
俺もゼクト処刑までの経緯が分かっていないから、アプリコットやイザイラにしっかり確認して報告しろってことか。
「分かったカセットラフ。アプリコットから今までの経緯を聞いておくから、その間にクラリーサ、それから俺の大事な娘たちを連れて来てくれ」
カセットラフは黙って頷くと、スクウェイアと共に部屋から出て行った。
「よし。あいつらが戻って来るまでに状況を整理しておくぞ」
とそこで、ゼクトがふらつき床に片膝を着く。
「おいゼクト! 大丈夫か!?」
「……だ、大丈夫だ……」
ゼクトは直ぐに立ち上がろうとするが、足に力が入らずユージス夫妻に支えられた。
「無理はしないでください」
「そうですよ、ゼクトさん」
こいつは長い間監禁されていたからな。
そのあと直ぐにエルンシスとグラーツェラをも相手にしている。
そりゃあ、疲れも出るってもんだ。
「イザイラ、ゼクトを休ませてやってくれ」
「分かりました。さあゼクトさん、別室に行きましょう」
しかしゼクトは拒絶する。
「待ってくれ。俺も状況を把握しておきたい」
「ダメです。あなたが倒れでもしたら、命を懸けて助けて下さったアプリコット様に失礼です」
「……」
強く窘められたゼクトはそれ以上言葉を返す事はなく、イザイラに従って素直に部屋から出て行った。
それを見届けた俺は三人に視線を流す。
「アプリコット、今までの経緯の擦り合わせをするぞ。先ずは俺から話す」
「でしたらトモカズ様、あそこにお座りください」
ユージスに促された俺は、この部屋で一番豪華な椅子に座る。
他の者もソファーに座り、黙って俺の言葉を待った。
「……」
そんなに畏まられると緊張するんですけど……
俺は皆の視線を一身に浴びる中で、今までの経緯を説明した。
ボンゴ村でのこと。
地獄に落とされたこと。
セラーラとピアが覚醒状態を発動させ、その反動で二人が長い眠りについたこと。
砂漠に放り出されたこと。
エルフのカセットラフたちに助けられたこと。
途中でイザイラも加わり、四人は黙って俺の話を聞いていた。
「という訳だ。分かったな」
「……ご主人様……やっぱりご主人様は凄いです……」
「さすがはトモカズ様……見事に危機を乗り切っておいでです……」
「……相も変わらず素晴らしい活躍ぶりです……」
皆が俺に尊敬の眼差しを向ける。
「……」
……そんなに褒められる事なの……?
「……えー、こほん……次にアプリコット。俺がいなくなってからの経緯を話してくれ」
「はい、ご主人様」
アプリコットは順を追って丁寧に話し始めた。
あらかた聞き終えた俺は、思わずため息が漏れた。
「……はぁ……マジかよ……」
アプリコットから聞いた話を簡潔に整理してみる。
先ずはエルテとチェームシェイスだ。
あいつらはレンドン城を掌握していた、それは俺も知っている。
何せ制圧したときその場にいたんだからな。
そして俺がレンドン城を後にしたのち、マッキシムが軍を率いて攻めてきたらしい。
なので二人はレンドン城を放棄した。
「……」
……話の辻褄は合っている……
俺がカセットラフたちとレンドン城へ行ったとき、マッキシムの兵がいたからな……
「……」
ここまではいい……ここまでは……
問題はそれからだ。
エルテとチェームは何を思ったのか、バンジョーナ城塞に目を付けた。
そこはゼルディオン帝国との国境を守る要衝で、マッキシムの拠点だ。
奴が出陣したことによって守りが手薄となった二人は、バンジョーナ城塞を取ることにしたそうだ……
「……」
なにやってんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
レンドン城を放棄したまでは良いよ!!!
でもな、どうしてバンジョーナ城塞を取ろうって発想が出てくるんだよ!!?
しかも戦力は二人だけって何考えてんだ!!?
「……」
……どうせチェームの死霊スキル、〈枯骨の軍勢〉で不死軍団を呼び出して攻撃するんだろう……
でもな、ゼルディオン側が黙って見ているなんてありえない。
もしも俺がゼルディオンの将なら、城塞攻略で両者が消耗したところを見計らって兵を出し、バンジョーナ城塞を取る。
漁夫の利ってやつだ。
チェームならその事に気づくはず……
なのに何で攻め入ったの!!?
頼むから、毎度毎度、勝手に突っ走らないでよねっ!!!
ぐっ! 胃が痛くなってきた……
落ち着け、落ち着くんだ……平常心を保つんだ……
「……」
……ふう……
「……」
そうだ、もう一つあった。
……ティンクファーニの事だ……
「……」
よりにもよって、ティンクファーニを連れて行くとかどうかしている!!!
パーシヴァリーやアプリコットの保護下に入れた方が遥かに安全だろうが!!!
歪曲門を使えば労せずオルステンに送れるはずだ!!!
なぜ連れて行く!!!
「……」
……今ここにカセットラフたちが居なくてよかったよ……
……上手いこと説明しないと奴らの逆鱗に触れるぞ……
特にクラリーサ、あいつはまずい。
ティンクファーニの事になると冷静さを失うからな……
何とか丸く収まる言い訳を考えておかなければ……
「……」
……いや、それよりも大事なのはあいつらの身の安全だ……
……どれだけエルテやチェームが強いと言っても俺の可愛い乙女精霊……
……これじゃあ不安で不安で夜も眠れないぞ……
「……」
今から俺がバンジョーナ城塞に出向くか?
「ご主人様?」
血の気が引いた俺を見て、アプリコットが心配そうに声を掛けてきた。
「だ、大丈夫だ……」
……あいつらの事は、カセットラフが戻って来てから考えよう……
助けに行くとしても、奴らの力を借りた方が得策だ。
ティンクファーニもその場にいるから、カセットラフが断るとは考えにくい。
……はぁ、頭痛がする……
絶対、クラリーサに怒られるよ……
「……」
……なんでこんなに気苦労が絶えないんだ……?
……俺が何をしたってんだよ……




