89.中央広場の決戦5
デウストが魔神に連れて行かれたのち、オルステンを覆う禍々しい雲は霧散して何事もなかったかのように晴天が戻って来た。
「……ね、ねえ、エルンシス……こういう場合ってどうなるの……?」
総大将のデウストが居なくなり、グラーツェラは戸惑ってしまう。
「……そ、そうだね……結論から言うと、雇い主が居なくなった今、僕たちの戦う理由がなくなったってところかな……?」
「……だ、だったら私たちはどうしたらいいの……?」
「……撤収……かな?」
おお、是非とも帰ってくれ!
「待て! エルンシス!!!」
しかしレーヴェが異を唱えた。
「貴公らは既に報酬を受け取っている!!! 最後まで戦うのが筋というもの!!! 途中で投げ出すことは許されない!!!」
レーヴェのやつ必死だな。
まあ、それもそうか。
今現在、この中央広場に立っている者は俺たち以外に傭兵とレーヴェだけ。
騎士や兵士は魔神の威圧で気を失ってる。
傭兵たちに抜けられたら、領主側はレーヴェ一人になっちまう。
「レーヴェ。言葉を返すようだけど、貰っている分は働いたよ。どちらかと言うと、直ぐにでも追加報酬が欲しいくらいさ」
「なんだと!!?」
「よく考えてくれよ。僕たちはあの【風渡り】と【人形偏愛】を抑えたんだ。これだけでも十分に手柄だと思うけどね」
「くっ……」
レーヴェは言い返せなかった。
しかしエルンシスを引き留めるため、頭を捻り次の言葉を絞り出す。
「……で、では【泥狩り】はどうする……ここで引けば、ドミナンテ様が貴公等に抱く印象は最悪となり、今後、【晩餐】を雇うことは絶対にない……そうなると、【泥狩り】を倒す機会は何時まで経っても訪れないぞ……」
レーヴェめ、粘るな。
「レーヴェ、君は分かってないね。僕は私情だけで団を動かすことはない。もちろん【泥狩り】は倒したいさ。でも僕たちの本質は傭兵だ。命を懸けて金儲けをしてるんだよ。今回だってお金が絡んだからこそ喜んで喰い付いたんだ。でも今は出資者のデウストがいなくなったから、重要なお金の部分が抜けている。それとも君が雇ってくれるかい? 知ってると思うけど、僕たち【晩餐】は高いよ」
なんか良い流れだぞ。
傭兵たちがいなくなれば一気に形勢逆転だ。
「わ、私がドミナンテ様に掛け合う……だから……」
「ダメダメそんなんじゃ。ちゃんと今ここで領主様から約束を取り付けないと話にならないよ」
エルンシスはまったく取り合おうとしない。
「それに【泥狩り】とはそのうち遣り合えそうだし……何せ今のオルストリッチはごたごたしているからね……」
「……」
エルンシスは不敵な笑みを浮かべると、傭兵たちに向かって号令をかけた。
「みんな! デウストが連れ去られた今、もうここに用はない! 撤収するよ!!!」
その言葉を受けて、傭兵団【晩餐】は素早く撤退を始める。
「助かったぜ……」
「……おいらもだよ……今回は危なかった……」
大男と短躯の男は安堵しながらその場を離れ始めた。
「やったぜ、撤収だってよ! さっさと逃げるぞガブリエリ!」
カセットラフと戦っていたシュウは早々に戦いを止める。
「では【風渡り】のカセットラフさん。また何処かでお会いしましょう」
「……」
別れの挨拶を述べたガブリエリは、シュウと共に広場から去って行った。
「……」
……おお……やった……やったぞ!
これで残るはレーヴェただ一人!
「ご主人様!」
アプリコットが俺に抱き着いて来る。
「俺の可愛い娘アプリコット……」
俺はエメラルドグリーンの髪を愛おしく撫でた。
彼女は目を細めてそれを嬉しそうに受け入れる。
そこでアプリコットは何かを思い出したのか唐突に俺を見上げた。
「ご主人様にお知らせしたいことがります!」
「ん? 急にどうしたんだ?」
「今このオルステンにドミナンテは居ません! 主だった者はあの人だけです! この機に領城を制圧しましょう!」
なに!?
それは大チャンスじゃないか!
「……」
……でもなあ……人員が少なすぎるよ……
俺は難色を示す。
ところがアプリコットの案に同調する者が現れた。
「トモカズ。それ、良いじゃないか。領城に攻め込むなら俺も手を貸すぜ」
確かにスクウェイアの人形が加われば相当の戦力だ……
領城を攻め落とす確率はぐっと上がる。
「……」
が、その後はどうするんだよ。
例え領城を制圧したとしても後が続かない。
政治とかちゃんとしないとオルストリッチの経済に混乱を招く恐れがある……
やっぱり人と人材が足りない……
「大将も俺と同意見のはずだぜ」
スクウェイアの言葉にカセットラフは黙って首を縦に振る。
「……」
カセットラフはエルフの大将軍だ。
人を束ねる立場のこいつが賛同するという事は、そうした方が良いのか……?
「俺も嬢ちゃんの意見に賛成だ」
……ゼクト、お前もか……
「俺も反逆者になっちまったからな、行くところまで行ってやる。もちろん協力するつもりだ」
なんだと!?
ゼクトが加わるだと!?
そうなると話が変わって来るぞ!
こいつは民衆に絶大な人気がある!
もしゼクトが俺の傘下に入ってくれれば付いて来る奴は一気に膨らむ!
その中には政治や経済に精通した者も少なからずいる!
「……」
そういや商人ギルドは俺の傘下だった!
あいつらを上手いこと使えば領都の経済を混乱させずに今まで通りやっていける!
いや、それだけじゃない!
圧政から解かれたオルストリッチは今以上に発展することが出来るかもしれない!
「よし! この勢いに乗って領城……いや、領都オルステンを制圧するぞ!」
これは革命だ!
フランス革命ならぬ、オルストリッチ革命だ!
「……そんな事はさせん……」
レーヴェがずいっと俺の前に立ちはだかった。
「待て、レーヴェ」
ゼクトが俺と奴との間に割って入る。
「お前は以前から領主の非道な政策に不満を持っていたはずだ」
「……何が言いたい、ゼクト……」
「俺たちがこれ以上争う必要はないって事だ」
「……」
「レーヴェ。お前はもう十分に義理を果たしている。こちら側に付くんだ」
おお、ゼクトの奴。レーヴェを引き込むつもりか。
「……ゼクト、済まないがそれだけは出来ない……」
「騎士としての矜持か」
「そうだ……」
「その騎士とは何なんだ? 領民を苦しめる事がそうなのか……?」
「……」
レーヴェほどの人材、是非とも仲間に欲しい……
がんばれゼクト!
「レーヴェ、状況をよく見るんだ。今まで多くの者が領主の弾圧で命を落としてきた。それを改善しようとした者も悉く殺された。だが今回は違う。トモカズはアンドレイ、ジークベルトを排除し、遂にはあのデウストまでをも倒した」
デウストは魔神がやったんだけどね。
「ここまでやってのけた者は他にはいない。間違いなくトモカズは、このオルストリッチを改革できる男だ」
そんなに持ち上げられるとこそばゆいんだが……
「だからと言って、トモカズだけに任せておくべきじゃない。俺たちも力を合わせるんだ。今ここでみんなが立ち上がらなければオルストリッチは永久に変わらない。そのためにはお前の力も必要なんだ……頼むレーヴェ、考え直してくれないか……」
「……」
悩む必要なんかないぞ。
さあ、仲間になるんだ。
「……駄目だ……私は騎士だ……」
俺の思惑とは裏腹に、レーヴェから出た言葉は拒絶であった。
「……レーヴェ……最後まであの非道な領主に尽くすつもりか……」
ゼクトは悲し気な表情を浮かべる。
うーん、ゼクトでは説得できないか……
だとしたら俺がやるしかないな。
「レーヴェ。俺とお前が最初に戦った時を覚えているか?」
「……ジークベルト様の時か……」
「そうだ。あの時のお前は素直に引いてくれた。それも他の騎士を庇ってまでだ。でも今回は、どうしてそんなに頑ななんだ?」
「……」
レーヴェは黙り込むが、重々しくも口を開いた。
「当時、私はジークベルト様を快く思っていなかった……子供を虐待するあの主をどうしても敬えなかった……だから私は自分の部下とジークベルト様を天秤にかけ、己の主を見限った……」
まあ、ジークベルトは真正のゴミだからな。
誰だって騎士の方を助ける。
「……しかしその後、私はそれでいいのかと思い悩んだ……いくら悪逆非道とはいえ主は主……ジークベルト様を見捨てた事に酷く後悔した……」
こいつ、真面目過ぎるよ……
「……だから私は心に誓ったのだ……例え主がどの様な者であろうとも、今度こそ命に代えてでも守ると……もちろん弱者も助ける……だが優先順位は何を置いても主が一番……それが私の騎士道だ……」
……おいおい、普通は逆じゃないの?
残虐非道な主を見限って弱者の味方に付く、それがセオリーってもんだろうが……
「……しかし私はまたもや主を守れなかった……指をくわえて魔神に連れて行かれるデウスト様を見ているしかなかった……」
あれは仕方ないよ、相手は魔神だったからね……
「……だから私は覚悟を決めた……命に代えてでも、このオルステンだけは死守すると……そうしなければ、領主様に顔向けができない……私はもう本当の意味で騎士ではなくなってしまう……」
……レーヴェ……そこまで騎士にこだわる必要があるのかよ……
「トモカズ、こりゃ駄目だな。レーヴェの意志は固いようだぜ、説得は無理だ」
一連の遣り取りを見ていたスクウェイアは肩を窄める。
……はぁ……仕方ないか……
俺は決断した。
「ゼクト。これからレーヴェを倒してオルストリッチを頂く。それでいいな」
「……」
ゼクトは黙って答えない。
……あいつの表情……
……どううやらレーヴェとは仲良しだったみたいだ……
「アプリコット、お前は下がっていろ。ゼクトもやりにくいなら手を出さなくていい」
俺は二人に指示を飛ばす。
「はい! ご主人様!」
「……」
アプリコットは急ぎ後ろへと下がったが、ゼクトは哀愁の目でレーヴェを見ると、手に持つ剣を奴に向けた。
「そうかゼクト……やるってんだな……だが無理はするなよ」
ゼクトに続き、俺も身構える。
カセットラフとスクウェイアも臨戦態勢に入った。
これだけの手練れが揃ってるんだ。
逆立ちしたって勝てっこないぞ。
「レーヴェ、最終通告だ。降参しろ」
俺はレーヴェに降伏を促す。
しかしやはりと言うべきか、レーヴェには届かない
それどころか、奴からは何か覚悟めいたものを感じた。
「……これだけは使いたくなかったが、仕方ない……」
……なんか嫌な予感がする……
俺の予感は的中した。
次の瞬間、レーヴェの黒い生命気がより一層と濃度を上げる。
さらにそこから灰色の生命気が外側に漏れだして、急速に広場全体を覆った。
「まずい! あれを使うつもりか!!!」
唐突にゼクトが飛び出す。
そして一瞬でレーヴェに詰め寄り躊躇なく斬りかかった。
「もう遅い!」
言葉と共にレーヴェが剣を振るう。
すると衝撃波が発生し、ゼクトの全身を襲った。
「ぐっ!!?」
諸に受けたゼクトは盛大に吹き飛ばされ、建物の壁に激しく叩きつけられる。
「ゼクト!!!」
「……だ、大丈夫だ……」
ゼクトは足元をふらつかせながらも直ぐに立ち上がった。
良かった、無事だったか。
何とか受け身を取ったようだな。
しかし何だよ今の衝撃波は……
強力すぎるだろ……
ゼクトが紙きれみたいに吹き飛ばされたぞ……
俺が怪しんでいる間にも灰色の生命気が拡大していき、あっという間にオルステン中が奴の生命気に包まれた。
そして、その事によって周囲の光景が異様な変化を遂げる。
「……ト、トモカズ……何が起こってるんだ……?」
「……さあな……俺が聞きたいくらいだよ……」
「……」
俺たち自身は普段通り色が付いているのに、地面や建物などの物体がモノクロの世界へと変貌していたのだ。




