84.領都に戻ってきました
領都オルステンからほど近い森の中。
俺とエルフたちは、木々の上から遠目に見える城壁を眺めていた。
「やっと戻って来れた」
ここまで来るのに街道は一切使っておらず、徹底して森の中を通り、ここまでやって来た
なぜかと言うと、お尋ね者の俺は目立つ。
そしてクラリーサたち三人もエルフなため人目に付く。
さらに言えば、街道には異常なほど憲兵やら騎士やらが巡回している。
そのため俺たちは、仕方なく森の中だけを進む手段を取ったのだ。
本音を言えば、俺は歪曲門を使ってさっさとエルテの店に移動したかった。
しかしながら、街道の警備が無駄に強化されており、森から出る隙が無い。
民家を見つけて歪曲門を使おうにも、人里に行って建物に設置しなければならない。
それは極めて危険な行為。
一縷の望みで狩猟小屋とか放棄された建物が森の中にあればいいと願っていたが、そう都合よくあるはずもない。
結果として、俺たちは森の移動を余儀なくされた。
まあ、森に強いエルフが三人もいたから、迷う事なんて一つもなかったよ。
「トモカズ、あそこに姫様が居るのだな?」
クラリーサが尋ねてきた。
「……順当に考えればね……」
チェームたちがレンドン城を放棄したとなれば、行く先はエルテの店しかない。
必然的に考えれば、ティンクファーニも一緒のはずだ。
「それで、この後どう動く?」
「……そうだな……先ずは娘たちと連絡が取りたい……」
領都には、パーシヴァリーとアプリコットが居る。
兎にも角にもあいつらとコンタクトを取るのが先決だ。
「分かった。ならば誰かがオルステンに忍び込んで、彼女たちに接触しよう。これだけの人数でオルステンに入るのは危険だからな」
クラリーサの言う事はごもっともだ。
お尋ね者の俺は面が割れているから、ここで待機していた方がいい。
クラリーサたちもエルフなので、人間至上主義のこのオルストリッチで見つかったら大事になる。
下手をすれば、掴まって奴隷にされるかもしれない。
こういう時、ピアやチェームがいれば楽なんだけどなあ。
二人が持つ隠蔽スキルがどれだけ便利だったか身に染みるよ。
「……」
……でも、誰が忍び込むの……?
「俺の出番だな」
スクウェイアが待ってましたとばかりに名乗り出た。
「……斥候のお前が行くのは分かるけど……大丈夫なのか?」
「心配すんなって。取り敢えず下に降りようぜ」
スクウェイアはスッと木から飛び降りる。
「トモカズ。スクウェイアに任せておけば安心だ」
そんな言葉を残してクラリーサも木から降りた。
「……スクウェイアの奴、そこまで凄い斥候なのか……?」
彼らの自信に俺は訝む。
「トモカズ、何をしている。早く降りてこい」
「ああ、今行く」
クラリーサに促されて、俺も彼らに続いた。
下ではカセットラフが腕組みをして待っており、その傍らにはセラーラとピアが、幸せそうな顔で横になって眠っていた。
「大将、先ずはトモカズの娘と接触する。そこで姫様の無事も確認するぜ」
「……」
カセットラフは黙ったままゆっくりと頷く。
相変わらず喋らねえな……
「よし、大将の許可が下りた。さっそく行動に移るぜ」
スクウェイアは手に持つ鞄を地面に置いて中を開いた。
そこには数多の人形が規則正しく収められている。
「……ホント、よく出来てるよな……」
今にも動き出しそうなその造形に、俺は思わず魅入ってしまった。
以前にも見せてもらったが、こいつが作った人形はとてつもない完成度の高さで、フィギュアを凌駕しているとかと思うほどに精緻な作りをしている。
そしてその一つ一つに手作りの服が着せられており、人形に対するスクウェイアの深い愛が感じられた。
……でも、なんでここで人形を出すの……?
そう思っていると、スクウェイアが人形たちに語り始める。
「ナンシーちゃん、今日も綺麗だよ……アンジェリンヌちゃんは何時も見ても可憐だね……え? 二人ばっかり褒めてずるいって? もう……みんな可愛いに決まってるじゃないか。そんなに拗ねないでくれよ」
「……」
おいおいスクウェイア……お前、本当に危ない奴に見えるぞ……
「スクウェイア、お喋りは後にしろ」
クラリーサがドン引きしながら口を挟んだ。
「なんだよ、たく……少しくらい良いだろ……」
気分を害すスクウェイアだが、気を取り直して人形たちに話しかける。
「ごめんね、みんな。あのお姉ちゃんが五月蠅いから、また今度ゆっくりお話ししようね。それで今日は、いつものお仕事が入ったんだ。手伝ってくれるかい?」
そう言った直後、人形たちがぞろぞろと鞄から出てきた。
そしてスクウェイアの周りに集まり彼から事細かく指示を受ける。
「ナニアレ?」
俺は異様な光景に目を見開いた。
「スクウェイアは人形使いだ」
「何だそれ?」
「彼は人形を操ることができるんだ。あの人形たちは全てスクウェイアのしもべだ」
クラリーサの言葉がスクウェイアの癇に障る。
奴は人形たちの指示を中断させると、目を血走らせながら文句を付けてきた。
「……クラリーサちゃん、言葉を選んでくれよな……しもべじゃないよ……俺の愛する彼女たちだ……」
「……す、済まない……失言だった……」
……怖ええよスクウェイア……
「ま、まあ何だ……スクウェイアは人形を使って情報を集めてるんだ」
そうか、そう言う事だったのか。
だからあいつ一人でも、この人間至上主義のオルストリッチで詳しい情報を仕入れられたのか。
「……」
それはそうと、こいつ人形の事になると人格変わるよな……
「さあ、みんな。頼んだよ」
命令を受けた人形たちは、思い思いの方角からオルステンへと向かって行った。
「トモカズ、あとはナンシーちゃんたちが戻って来るのを待つだけだ」
「……」
散らばっていく人形たち、その光景に俺は少しばかり鳥肌が立った。
しばらくして、一体目の人形が戻って来た。
「ドロテアちゃん、待ってたよー」
スクウェイアはツインテールの可愛らしい人形を見て相好を崩す。
ドロテアと言う名の人形も、嬉々としてスクウェイアの肩に飛び乗り耳打ちを始めた。
「なになに? ……うんうん、ほう……そうか……そうなのか……」
「スクウェイア、どうなのだ? 姫様の無事は確認できたのか?」
クラリーサが焦燥感を滲ませてスクウェイアに尋ねる。
「……クラリーサちゃん……姫様は確認できなかったらしい……」
「なに!? どういうことだ!!?」
スクウェイアは俺の方に向き直り、至極真面目な顔で口を開いた。
「トモカズ。あんたが言っていたエルテの店、そこには兵士たちがわんさか居たそうだ」
「え?」
それって店が兵士たちに占拠されてるってこと?
「……」
となると、エルテとチェームは何処へ行ったんだ……?
「……」
ていうか、パーシヴァリーとアプリコットはどうなったの!?
……まさか捕まった……?
「トモカズ! これは由々しき事態ではないのか!? 君のアジトが兵士たちに抑えられているという事は、全員が捕えられた可能性があるという事だ!!!」
……仰る通りです……
「……」
これはヤバい!!!
マジでヤバい!!!
「まあ待てよ。今の内容はドロテアちゃん一人だけの情報だ。他の子たちが戻ってくるまで待ってようぜ。詳しい情報が掴めるかもしれない」
「そ、そうだなスクウェイア……取り乱して済まない……」
……確かに……
あれだけの数の人形を放ったんだ。
結論を出すのはまだ早い。
「……」
だが滅茶苦茶心配だ……
「……トモカズ。不安なのは分かるが、私も同じ気持ちだ……ここは人形の帰りを待とう……」
「……」
クラリーサも辛抱している。
おれも彼女を見習わなくては……
「……」
にしても、この人形斥候部隊は凄いぞ。
一度に様々な情報を仕入れてこれる。
それに小さいから隠れる場所なんていくらでもあるし、ちょっとの隙間でも潜り込める。
「……」
……スクウェイア……いや、お人形さんたち、早く情報を持ち帰って来てくれ……
それからしばらくして、二体の人形が同時に戻って来た。
「ミリーちゃんにアリスちゃーん。お疲れだったねー、よく頑張ったよ」
ミリーとアリスはそれぞれがスクウェイアの両肩に乗って耳打ちを始める。
「……うんうん……そうか……ほう……ん? そうなの?」
スクウェイアは両方の話を同時に聞き、笑顔で、偶に驚いた様子で相槌を打っていた。
「何と言ってるんだ? 早く教えてくれ、スクウェイア」
「まあまあクラリーサちゃん。慌てなさんなって」
スクウェイアは勿体ぶって口を開く。
「ミリ―ちゃんの情報は、ドロテアちゃんと一緒だ。でも、アリスちゃんはちょっと違うぜ」
「何が違うんだ?」
「冒険者ギルドのギルドマスター、ゼクトってやつが処刑されるそうだ。今のオルステンはその話で持ち切りらしい」
「なにぃ!?」
ゼクトを処刑だとっ!?
冗談じゃねえ!!!
あいつが殺されでもしたら、冒険者ギルドが敵に回っちまう!
奴らと同盟を結んだ条件の中に、ゼクト救出が入ってんだぞ!!!
「どうしたトモカズ?」
「どうしたもこうしたもない! そのゼクトと言う男は俺の仲間だ!」
「なんだと!?」
クラリーサが驚く最中、また別の人形が戻って来た。
それも凄いスピードで。
「どうしたのメアリーちゃん、そんなに慌てて」
スクウェイアは大事そうに両の掌に人形を乗せ、自分の顔の前まで持って来た。
「何があったか言ってごらん」
メアリーは身振り手振りで説明する。
「何だって? それは本当なの?」
「今度は何だ、スクウェイア」
「ゼクトの刑が執行される寸前、何者かが邪魔に入ったそうだ」
「……邪魔……?」
俺とクラリーサは眉根を寄せて次の言葉を待った。
「一人の少女が処刑を阻止するため、今まさに中央広場で戦っているらしい」
……え……?
「エメラルドグリーンの髪色をした美少女だそうだ」
その言葉を聞いた俺は、立ち眩みがするのであった。




