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83.末妹の戦い 後編

「……見えない矢……」


 アプリコットは理解した。

 何らかの術で透明になった矢が自分に突き刺さったのだと。


「ナッシュぅうううう!!! 余計な真似すんじゃねえ!!!」


 ダメージから復活したガッソールが激しく憤る。


「誰が助けてくれって言ったんだ!!! 俺一人で充分だ!!!」


 声を荒げた先は、とある建物の屋根の上。

 そこでは中肉中背の男が弓を手にして肩を窄めていた。


「ガッソール。ナッシュが手を出さなきゃ、お前やられてたよ」

「うるせえラト! あれくらいで俺が倒されるわけねえ!!! てめえら舐めてんのか!!!」


 短躯の男に戒められたガッソールはますます腹を立てる。


「……」


 二人の遣り取りを尻目にアプリコットは何処からともなく一つの小瓶を取り出した。

 そして中に入っている液体を傷口に掛ける。

 するとあっという間に出血が抑えられ、痛みに歪んでいた彼女の表情が和らいでいった。


 その様子を、エルンシスとグラーツェラが物珍しそうに見ている。


「へえ、面白いね。あれは何? ポーション? 凄い治癒力だよ」

「……ええ、とても興味深いわ……ねえエルンシス。あの子を生け捕りにしてちょうだい。他にもいろいろと持ってそうだわ」

「そうだねグラーツェラ」


 頷くエルンシスは、ガッソールに言葉を掛ける。


「気を緩めちゃだめだよガッソール。ナッシュの矢が無かったら君は手傷を負っていたよ」

「……済まねえ団長……今度は油断しねえ。全力で倒しに行く」


 ガッソールは申し訳なさそうに謝罪をすると、気を引き締め続きを始めようとした。


「いや、もういいよ。君の出番はこれでお終い」


 しかしエルンシスはそれを許さない。


「はあっ!? 俺はまだ全然やれる! それにこんなチビに負けるわけがねえ!!! 中途半端に終わらせないでくれよ!!!」

「そうだね。このまま戦えば君が勝つのは分かっているよ。でもね、【泥狩り】とやる前に怪我でもされたら困るんだよね……」


 エルンシスの顔は笑っているが、全身からは殺伐とした殺気が漏れ出ていた。


「……わ、分かった団長……だから機嫌を直してくれ……」


 それを敏感に察したガッソールは思わず後ずさってしまう。


「おや? ガッソールが駄目となると、次はおいらの出番かい?」


 透かさずラトが、今がチャンスとばかりに自分を売り込んできた。


「ラト、今回は君の出番はないって言ったじゃないか」

「やっぱりダメかい……」


 即座に否定されたラトは、悲しそうな表情を浮かべる。


「ごめんね。次の相手はもう決めているんだ」


 エルンシスはそう言うと、まったく別の方角に視線を投げた。

 そこには槍を手にして気怠そうにする青髪の優男と、荘厳な杖を持った垂れ目の美女が佇んでいる。


「シュウ、君があの子を生け捕りにしてよ」

「え? 俺?」


 シュウと呼ばれた優男は驚き目を丸くするが、直ぐに不快感を表した。


「いやいや、冗談はよしてくれ……いくら強いと言っても相手は女の子だぜ……? 勘弁してくれよな……」

「そんなこと言わないで頼むよ。君には貸しがあるだろう?」

「……」


 痛いところを突かれたシュウは、思いっきり顔を顰める。


 それを見ていた垂れ目の美女が、横から口を挟んだ。


「別に良いではありませんか。殺せと言っている訳ではないのですから」

「おいおい、ガブリエリまでエルンシスの味方をするのかよ……」

「味方とかそう言うのではありません。私はただ、あなたが少しでもエルンシスに借りを返せると思っただけです」

「……まあ、確かにな……」


 それもそうだとシュウは考え直す。


「……仕方ねえなあ……分かったよ。生け捕りでいいんだな、生け捕りで」


 嫌々ながらも引き受けるシュウに、エルンシスは頬を緩めた。

 

「ありがとうシュウ。それからガブリエリ、シュウを説得してくれて礼を言うよ」

「気にしないでください。シュウは怠け者ですから、こうでも言わないと働きません」


 シュウは苦々しい表情を浮かべながら、気怠そうに行動を開始する。


「ガッソール。ここからは俺がやる。あんたは下がってくれ」

「……チッ、俺の獲物を横取りしやがって……」


 悪態を付くガッソールは大人しくその場から離れていった。

 その姿にシュウは頬を引き攣らせると、足取り重くアプリコットに向かって行く。


「……さあ、お嬢ちゃん。あまり気は進まないが、今度は俺が相手だ。で、相談なんだが素直に投降してくれない?」 


 槍を両肩に担いで近づいて来るシュウは、案山子のように脱力しており緊張感など一つも見受けられなかった。


「……」


 黙ったままのアプリコットは近づいてい来る男に敵意を向ける。

 そして弓に矢を番えて狙いを定めた。


「……だよね。そう簡単に懐柔してくれないよね。まあ、手加減するから安心してくれ」


 それでもシュウは、無警戒で歩を進める。


「弓スキル、〈冒涜の矢(カッツァライカ)〉!!!」


 アプリコットが問答無用で矢を放った。

 それは鏃の先端を中心として、強大な渦を描き周囲の情景を歪めていく。


「おおう!? なんだよそりゃ!? ガッソールの時と全然違うじゃねえか!!!」


 禍々しい必殺の一撃に、シュウは慌てふためいた。


 しかし直ぐに物臭そうな表情を浮かべる。


「……はあ、面倒だ……」


 次の瞬間、シュウは迫り来る矢との距離を一気に詰めた。

 そこから目にも止まらぬ速さで突きを繰り出し、付与されたスキルごと矢を撃ち砕く。


「えっ!!?」


 予期せぬ事態にアプリコットは狼狽えた。


「凄い技だぜ、お嬢ちゃん。でもな、あの程度じゃあ、俺を倒すなんて不可能だ」

「……そ、そんな……」


 このままでは勝てないと察したアプリコットは、直ぐに別の行動を取る。


「来て!!! ダンテアッシュ!!!」


 呼びかけに応じ、彼女の陰からぬうっと一体の生物が這い出てきた。

 それは八本の足を持つ巨馬であり、鬣や尾、足首からは白い炎が噴き出ている。

  

「あ、あ、あれって魔物じゃないか!!!」

「信じられない! どこから呼び出したんだ!!?」 


 遠目から見ていた騎士や兵士が仰天する。


「魔物を使役しているだと?」

「……やはりトモカズ一味は一筋縄ではいかないようです……」


 デウストとレーヴェも驚きの色を隠せないでいた。


「……お嬢ちゃん、すげえのを飼いならしてんな……」


 シュウもダンテアッシュのその堂々とした体躯に唖然とする。


 その隙をついて、アプリコットは颯爽と巨馬の背に跨った。


「お願いです! あそこに捕まっている人を助けてください!!!」


 彼女の指示に、ダンテアッシュは処刑台へと力強く足を踏み出す。


 ところがその瞬間、巨馬の首がごとりと地に落ちた。


「え?」


 続いて頭を失ったダンテアッシュの巨体が盛大に横転する。


「うっ!?」


 突然の出来事で、アプリコットは受け身も取れずに地面へと投げ出された。


「ダンテアッシュは強力な魔物。だが、俺からしてみれば普通の馬だ」


 シュウの声が近くから聞こえる。

 既に彼はアプリコットの傍におり、その手に握る槍の穂先を彼女の美しい顔へと向けていた。


「い、いつのまに……?」


 目の前で佇むシュウからは、何の気配も読み取れない。

 それどころか殺気や覇気さえも感じられず、彼はただ飄々と立ち尽くしていた。


 それが却ってアプリコットの恐怖心を煽り立て、蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させる。


「そうそう、そのまま良い子にしててくれよ」


 完全に戦意を失ったアプリコットに、シュウは決着がついたと見做した。

 

「おいエルンシス! これでいいか!?」


 呼びかけられたエルンシスは、片手を上げて満足そうに応じる。


「ああ、よくやってくれたよ」


 そして横にいるグラーツェラに話しかけた。


「やっぱりシュウは強いね。苦労して団に引き入れた甲斐があったよ」

「ええ、これで【泥狩り】を皆殺しにできるわね」


 グラーツェラも不敵な笑みで受け答える。


 そこでデウストが、レーヴェを連れて二人の下へとやって来た。


「エルンシス、一つ聞きたい事がある」

「なんだい? デウスト」

「あの優男、もしや【槍聖】か?」


 その言葉を聞いたエルンシスの口元が歪む。


「良く分かったね。そうだよ、彼は【槍聖】……【堕落の槍聖】だよ」

「……という事は、あの杖を持った女はガブリエリか……」


 デウストは眉を顰めると、さらに質問を加えた。


「……なぜそんな大物がお前のところに居る……?」

「色々あって、シュウには貸しがあるのさ」

「……貸しか……」


 的を得ない言葉にデウストは訝しむが、シュウとガブリエリがこちら側に居る事で自分にも利があるため、それ以上言及はしなかった。


「まあいい。取り敢えず、これで反逆者は捕えた」

「そうだね。となると、次はゼクトの処刑だね」


 二人の視線が断頭台に縛り付けられた男に向けられる。


「ゼクト、お前はもう用無しだ」

「だってさ。残念だけど、ここでお終いだね」

「……」


 ゼクトは覚悟を決めたのか、深く深呼吸をした。

 そしてレーヴェに目を向け重々しく口を開く。


「……レーヴェ、お前が俺の介錯をしてくれ……頼む……」

「……」


 突然の嘆願に、レーヴェは返す言葉が見つからなかった。


 それを楽しそうに眺めていたエルンシスが、意地悪く口を挟む。


「ダメだよ。君みたいな大逆人が、騎士様に介錯を頼むなんて身の程知らずもいいところだよ。ねえデウスト、グラーツェラに任せてもいいかな? 彼女なら、地獄の苦しみを味わわせる事ができるよ」


 非道な言葉にレーヴェは大声で異を唱えた。


「何を言っているのですかエルンシス殿!!! そんな行為、許されるはずがない!!!」

「レーヴェ、お前は黙っていろ」

「!!!」 

 

 主に遮られたレーヴェはそれ以上何も言えなくなってしまう。


「グラーツェラ、頼めるか?」

「ウフフ、もちろんよ」


 グラーツェラの声音は嬉しさに満ちており、彼女は二つ返事で快諾した。


「……お前ら……外道だな……」


 ゼクトの言葉など一切気にしないグラーツェラは、嬉々として長剣を振り翳す。


「先ずは手首から落としてあげるわ。ウフフ、あなたはどんな声で泣き叫ぶのかしら? 楽しみだわ」


 今まさに、処刑という名の拷問が始まろうとしていた。


 しかしそれは、シュウの一言で中断される。


「おいエルンシス! 何者かが急接近してるぞ!!!」






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