82.末妹の戦い 前編
グラーツェラの瞳が不気味に輝きだす。
その双眸には不可解な紋様が浮かび上がっており、広場全体を余すことなく捉えていた。
「すごいわ……あの連射、一人でやってるわよ……」
彼女の言葉にエルンシスはほくそ笑む。
「やはり実行犯は一人だったね……で、仲間は何人だい?」
「怪しい動きをする者は誰もいないわ」
「……それはちょっと妙だね……あの矢の量、どう考えても一人だと説明が付かない……もしかしたら、魔導具を持っているのかもね」
矢の数に拘るエルンシスだが、グラーツェラは別の事に関心が向いていた。
「……それよりもエルンシス、敵の動きが素早過ぎるわ……ほら、あそこから射ってたけど、もうあっちに移動している……」
彼女は縦長の建物を指し示す。
丁度そこで、建物の陰から大量の矢が射出された。
「ホントだ。こりゃあ凄いや」
目を見開いて感心するエルンシスに、デウストが口を挟む。
「その女の目、魔眼か」
「うん、そうだよ。グラーツェラは見通しの魔眼を持ってるんだ」
エルンシスは広場を見続けながら説明を始めた。
「彼女は生物が持つ熱、魔力、命気、それらを全て視覚で認識できるんだ。だから何処に隠れていても無駄なんだよ」
そう言うと、いきなりデウストの方へと向き直る。
「敵さんは相当の手練れだよ。君たちの手勢だけで倒せるかい?」
「……」
デウストもこれ以上は兵の無駄だと十分に理解しており、自分かレーヴェでなければ対処できないと気付いていた。
しかしその顔には一切の焦りの色は見えず、逆に口角を吊り上げている。
「そのためのお前たちだ。無論、やってくれるのだろう?」
やっとお声が掛かったと、エルンシスは薄ら笑いを浮かべた。
「一応聞くけど、成功報酬も出るんだろう?」
「当たり前だ。私を誰だと思っている」
「流石はデウスト」
剛毅な言葉にエルンシスのテンションが上がる。
「グラーツェラ、仕事に取り掛かるよ」
「分かったわ」
二人は上機嫌で処刑台へと向かった。
「……なんだ、お前ら……」
未だ拘束されているゼクトは、近づいて来た男女に不審な目を向けた。
しかし彼らはゼクトを無視して自分たちだけで会話を始める。
「エルンシス。誰とやらせるの?」
「本当は下の子に手柄を立てさせてあげたいんだけど、万が一があったら嫌だからね。【泥狩り】と遣り合う前に団員を減らしたくない。だから上団員の者で行くよ」
【晩餐】では強さに応じて三つの階級が設けられている。
実力が劣る方から順に、下団員、中団員、上団員。
一番下の下団員は階級こそ低いものの、誰もが手練れと呼ばれる領域に入っていた。
その上の中団員は、戦場では向かうところ敵無しと言われるほどに実力は高い。
最後に上団員。
彼らは規格外の強さを誇り、精鋭が集う【晩餐】の中でも別格であった。
エルンシスは勿論の事、グラーツェラもこの階級に位置しており、下団員や中団員は、この上団員入りを目指して常に切磋琢磨していた。
「先ずは相手を引きずり出さないとね」
エルンシスが腰に差してあるレイピアをシャランと音を立てて盛大に抜く。
「分かったわ」
次いでグラーツェラも抜剣し、その剣先をゼクトの頬に当てた。
「……お前ら……何をするつもりだ……」
苦々しい表情のゼクトにエルンシスは口元を歪める。
そして広場の外側の建物まで届くよう、声を張って叫んだ。
「出て来てよ!!! さもないとゼクトの命はないよ!!!」
直後、ゼクトに剣を向けていたグラーツェラに、大量の矢が降り注ぐ。
「まるで雨のようだ。でも、僕の前では意味がないよ」
傍に居たエルンシスが縦横無尽にレイピアを取りまわして、襲い掛かる矢を全て叩き落した。
「いくら矢を射っても無駄だよ!!! さあ大人しく出て来るんだ!!! 今から五つ数える!!! それまでに姿を現さなかったらゼクトを殺すからね!!! ひとーつ!!! ふたーつ!!!」
秒読みが開始される。
とそこで、一人の人物が建物の陰から勢いよく飛び出してきた。
「女の子だと!!?」
現れたのは、エメラルドグリーンの髪色をした美少女であり、その愛らしい姿に兵士たちは目を奪われる。
一方でデウストは、特に驚きもせず彼女を見据えていた。
「レーヴェ。あの少女は手配書にあったアプリコットとか言う者だな?」
尋ねられたレーヴェは嘗ての出来事を口にした。
「……はい。商人姉妹の妹の方です。彼女は以前、ジークベルト様に浚われた事があります。その際、助けに現れたのがトモカズでした。今考えれば、あの時のアプリコットは自分の正体を隠すため、態とジークベルト様に従ったと予想が付きます」
「なるほど。奴らも色々と考えて行動しているという訳か。だが、私が相手ではこうして簡単に燻り出される」
デウストは笑みをこぼした。
「さてと、高みの見物と洒落込むか」
アプリコットは全力疾走で処刑台へと吶喊した。
その最中でも、彼女は器用に矢を放って牽制する。
「ぎゅへ?」
「ぎっ!」
「ぐぶ!?」
矢は寸分たがわず兵士たちの眉間を貫いた。
「止まれ!!! ゼクトを殺すよ!!!」
エルンシスの怒号にアプリコットはピタリと足を止める。
丁度そこは広場の中央であり、騎士や兵士たちは彼女を包囲して警戒を強めた。
「みんな! ここはデウストに任された僕たちがやるよ! 君たちは少し下がってくれないか!」
デウストの名を聞いた騎士たちは、油断する事無く言われた通り後ろに下がる。
それを確認したエルンシスは、片手を上げて団員に指示を飛ばした。
「上団員の誰でもいいから、あの子の相手をしてやってくれ!」
その言葉に呼応して、アプリコットの左右から、二人の人物が出てきた。
「団長、おいらに任せてよ」
左側から歩いて来た横幅のある短躯の男が名乗りを上げる。
「ちょっと待て、俺がやる」
今度は右側からやって来た大男が口を開いた。
「そうだね、今回はガッソールに任せようか」
「流石は団長、分かってるじゃねえか」
選ばれた大男は拳を握り締めて笑みを浮かべる。
「そりゃないよ、団長。この前だっておいらが最初に手を上げたんだよ。なのに別の者に振ったじゃないか」
対して短躯の男は不貞腐れた。
「ああ、そうだったね。済まない事をした。でも、もうガッソールに任せたから、今回は勘弁してくれないかな。次は必ず君の要望に応えるからさ、ラト」
ラトと呼ばれた男は険しい表情を見せながらも渋々承諾する。
「……団長、約束だよ……」
「勿論だ、ラト」
二人の遣り取りにガッソールは満足そうな顔を浮かべた。
そして背負っていた大剣の柄に手を掛けると、喜び勇んでアプリコットに近付いて行く。
「と言う訳で美しいお嬢ちゃん。俺が相手だ」
「……」
黙したままのアプリコットは何処からともなく一本の矢を取り出した。
それを豪華な弓に矢を番え、大男に狙いを定める。
「うん? どっから矢を取り出したんだ?」
「……」
「なんだよ、だんまりかよ。でもな、これから嫌でも口を開く事になるんだよ……それは悲鳴だ!!!」
ガッソールが嬉々として走り出した。
と同時にアプリコットも距離を保とうと横移動を始める。
「逃がさねえ!」
巨体に似合わず軽やかに走るガッソールは、徐々にアプリコットとの距離を詰めていった。
「弓スキル、〈雨降る矢〉!!!」
アプリコットが走りながら矢を放つ。
瞬間、矢が複数に分裂した。
それを目にしたエルンシスが、そう言う事かと納得する。
「グラーツェラ、あれが大量の矢の正体みたいだね。魔術かな? それともあの煌びやかな弓のお陰かな? もしかして魔道具?」
しかしグラーツェラはそのどれをも否定した。
「……違うわエルンシス……魔力の流れを感じないわ……もっと別の何かよ……」
その言葉にエルンシスの食指が動く。
「……面白いね……」
二人の会話の最中、数多の矢がガッソールに殺到した。
「それが大量の矢の絡繰りか!!!」
叫ぶや否や大剣を翳し、ガッソールはその幅広い剣身で全ての矢を防ぐ。
「だがな! この程度じゃ俺は倒せないぜ!!!」
余裕の笑みを見せるガッソールだが、直ぐさま次の矢が彼を襲った。
「弓スキル、〈豪雨たる矢〉!!!」
今度は先ほどの比にならないくらい矢が分裂し、集中豪雨のように飛来してきた。
「すげえ量だ!!!」
ところがガッソールは躊躇せずに突撃を始める。
「防ぐのはもう面倒だ! 少し本気を見せてやるよ!!!」
そう言ったガッソールの皮膚が鈍色に変色した。
直後、膨大な数の矢が、余すことなく全身に直撃する。
――カンカンカンカンカン――
しかしながら、すべての矢は金属音を立てながら弾き返された。
「えっ!!?」
アプリコットは驚き一瞬だけ動きを鈍らせる。
その機を見逃さないガッソールは、爆発的にスピードを上げ一気に彼女へと肉薄した。
そしてその華奢な首を大きな手で掴み取る。
「捕まえたぜお嬢ちゃん!!!」
「う゛っ!」
ガッソールはアプリコットを自分の目の高さまで軽々と持ち上げた。
「矢が跳ね返されて驚いただろ? 俺は身体を鋼鉄に変質させる事が出来るんだぜ」
アプリコットは苦々しくガッソールを睨みつける。
「そんなに見つめられちゃあ、照れるじゃねえかよ! がっはっはっ!!!」
得意気に笑うガッソールだが、そこである現象に目を奪われた。
「がーはっはっは……?」
アプリコットの頭上に一本の輝く矢が出現する。
刹那、矢が大口を開けたガッソールの口の中に飛び込み大爆発を起こした。
「ぐおおお……」
思わぬ反撃を受けたガッソールは、堪らずアプリコットを手放すと、両手で口を押えて悶絶する。
それを好機と見たアプリコットは、再び頭上に光の矢を出現させた。
狙うは高質化していないガッソールの目。
「これでお終いです!」
そう叫んだ瞬間、アプリコットの耳に風切り音が入って来た。
それを奏でる物体は間違いなく自分に急接近している。
彼女は正体不明のその何かを防ぐため、慌てて周囲を見回した。
ところが自分に迫る物体は何処にも見当たらない。
しかしアプリコットは自身の勘を信じ、咄嗟に身を捩った。
直後、肩に激痛が走る。
「ぐっ!!?」
彼女は直ぐさま痛みを感じる箇所へと目を向けた。
「攻撃を受けた!?」
肩からは血が滲み出ている。
ところがその傷を与えた原因が何処にも見当たらなかった。
それでもアプリコットは肩に何かが突き刺さっているとハッキリ認識する。
「……」
彼女は見えないそれを無造作に掴んだ。
「これはっ!?」
驚きながらもその何かを肩から引き抜く。
「ぐっ」
すると、乱れた映像のように姿を現したのは、何の変哲もない一本の矢であった。




