81.公開処刑
兵士たちに連れてこられた人物は、眉間に一筋の傷跡を持つ三十前後の男、冒険者ギルドのギルドマスターを務めるゼクトであった。
抑留生活が長かった所為か、彼の顔には節操なく無精ひげが生え、服は汚れまくっている。
「おら! さっさと歩け!」
兵士にこずかれながら、ゼクトはちまちまと歩を進めた。
「……おいおい、だったら足の鎖を外してくれよ……歩きにくいったらありゃしない……」
足首には大きく歩を稼げないよう短い鎖が取り付けられており、両手にも鉄製の枷が嵌められている。
「つべこべ言うな! この反逆者めが!!!」
兵士は長柄の棒で容赦なくゼクトの背中を突いた。
「……痛いって……これから俺は処刑されるんだぜ……それまでは優しくしてくれよ……」
ちょうどそこで、彼の視界にデウストが入る。
「……デウスト……これはお前の一存なのか……?」
「馴れ馴れしく口を利くな!!!」
透かさず兵士がゼクトを殴打した。
「……ぐっ……」
彼の顔が苦痛に歪む。
その様子にデウストは頬を吊り上げた。
「良い、私も少し話がしたい」
「はっ!」
兵士たちは直立不動の態勢を取る。
「これで少しは話しやすくなっただろう」
「……まあな……」
険しい表情を浮かべるゼクトに、デウストは高圧的な態度で言葉を放った。
「先ほどの質問に答えてやろう。お前の処刑は私が決めた」
やっぱりな、と思ったゼクトは小さなため息をつく。
そしておもむろにデウストへと問いかけた。
「……俺は何の罪で処刑されるんだ……?」
「決まっている。大逆賊トモカズと共謀した罪だ。言ってみれば反逆罪だな」
罪状を聞いたゼクトは物鬱気に反論する。
「……だから何度も言ってるだろ……俺とトモカズは一回しか会った事がないって……」
「クククッ、お前は知らないらしいな……まあ無理もないか、今まで獄にいたのだからな」
意味深な言葉にゼクトの眉根が深く寄せられた。
「……なんだ……? 俺がいない間に何かあったのか……?」
その困惑した表情に自尊心をくすぐられたデウストは、愉快な気分となり揚々と答える。
「特別に教えてやる。サブマスターのルナリーがトモカズと手を組んだ。お前の救出を条件としてな」
「なんだと!? どういう事だ!!?」
「奴らは内密で同盟を組んだ。しかし私はもうその事実を掴んでいる」
「なに!!?」
思わぬ言葉にゼクトは狼狽えた。
それが面白いのかデウストは、より一層と嗤いながら口を開く。
「お前を処刑しトモカズ一味を駆逐したら、次は冒険者ギルドだ。全員捕えて皆殺しにしてやる」
「なっ!!?」
ゼクトは身を乗り出してデウストに迫ろうとした。
「もう用はない、連れて行け」
命令を受けた兵士がゼクトを引っ張っていく。
「デウスト! まだ話は終わっちゃいない!」
「大人しくしろ!!!」
兵士の一人が彼の頭を激しく殴りつけた。
「ぐっ!!?」
ゼクトは思わずその場に蹲ってしまう。
「……おい……ちょっと待ってくれ……」
それでも彼は何とか話を続けようとするが、強制的に処刑台へと連れて行かれた。
処刑台に上がったゼクトは、広場に集結する群衆を見渡していた。
「ゼクトさん!」
「ゼクト!!!」
人々が悲壮な表情で彼を見ている。
「ギルドマスター!!!」
「ゼクトの旦那!!!」
前列ではルナリーや冒険者たちの姿もあった。
彼らは身を乗り出してゼクトに近づこうとするが、騎士や兵士に抑え込まれ、そこから先へは進めない。
そんな彼女たちにゼクトは何かを知らせようとした。
「ルナリー! お前たちとトモカズの……」
「余計な口を叩くな!!!」
――ガン――
「ぐっ!?」
兵士が振るった棒がゼクトの身体に打ち付けられる。
「ゼクトさん!!!」
「なんて事しやがる!!!」
「ギルドマスター!!!」
「ゼクト!!!」
ルナリーや冒険者、民衆から大きな騒めきが立った。
「……いってえなあ……直ぐに殴るんじゃねえよ……」
「黙ってろ。余計な口を開けば冒険者をこの場で始末する段取りだ。弓兵がいつでも狙っているんだからな」
「……」
兵士の言葉にゼクトは押し黙ってしまう。
「覚悟はいいかゼクト。始めるぞ」
ゼクトは無理やり跪かされて、首を目の前の断頭台に乗せられた。
そして特殊な拘束具で縛り付けられ、体を固定される。
「最後に言い残す言葉はあるか?」
ゼクトは兵士を横目で見た。
するとそこには兵士ともう一人、覆面をした大柄の処刑人が斧を持って立っている。
「……こいつは腕が立つのか……?」
「なに?」
「……下手糞がやると首が上手く斬れず、何回も斬撃を食らう事になる……そんなのは御免だ……」
「……」
「……できればレーヴェに介錯を頼みたい……あいつの腕なら一撃で苦しまずに終わる……」
「馬鹿かお前は。それは駄目だ」
「……だろうね。騎士様のお仕事じゃないからな……」
ゼクトは深く深呼吸をして、一言だけ言葉を紡いだ。
「……一思いにやってくれ……」
覚悟を決めたその姿に、兵士は淡々と合図を出す。
「やれ」
処刑人の手に握られた斧が、丸太の様な両腕によって軽々と持ち上げられた。
「ゼクトぉおおお!!!」
「ギルドマスター!!!」
群衆が叫ぶ中、研ぎ澄まされた刃がゼクトの首に振り下ろされる。
――ドォオン――
瞬間、斧が爆発を起こした。
粉々になった斧がパラパラと地面に落下し、処刑人は理解が追い付かず茫然としている。
直後、数えきれないほどの矢が彼の頭上に降り注いだ。
「ぐぁおおおおおお!!!」
無数の矢を受け針鼠のようになった処刑人は、何処へ行くともなくふらふらと歩き出し、処刑台から足を踏み外して転落する。
「ぐべぇ!?」
そして彼は、二度と物言わぬ物体に変貌してしまった。
「出てきたな」
「みたいだね」
一部始終を見ていたデウストとエルンシスがほくそ笑む。
「でもデウスト、ここからが本番だよ」
「分かっている」
デウストが片手を上げ、それを合図に騎士が号令を飛ばした。
「探せ!!! トモカズ一味が潜んでいる!!! 見つけ出して皆殺しにしろ!!!」
兵士たちが物々しく動き出す。
民衆も突然の事態に危険を感じた。
「なんだなんだ!?」
「おい、ここに居たらヤバそうだ!!!」
「逃げろ!!!」
人々が急いで広場から逃げ出していく。
しかしルナリーだけはその場から動こうとしなかった。
「サブマスター、俺たちもここから逃げるんだ!」
「そうだぜルナリーちゃん! 」
冒険者たちが彼女を説得する。
「でもギルドマスターが!」
そこでゼクトが断頭台に首を乗せながらも大声で叫んだ。
「ルナリー! 何だかよく分かんねえが、ここは危ない! お前まで死んじまったらギルドが潰れちまう! 今は逃げろ!」
「嫌です!」
聞き分けのない彼女にゼクトは頬を引き攣らせるが、何故か嫌な気分ではなかった。
「仕方ねえ奴だ……」
そう言うと、彼女の傍にいた冒険者たちに指示を飛ばす。
「おい、お前ら! 無理やりにでもルナリーを連れて逃げろ!」
「分かりました、ゼクトさん!」
「任せてください!」
彼らは問答無用でルナリーを担いだ。
「ちょっ!!? 何をするんですか!!?」
抵抗するルナリーだったが、冒険者たちは脇目も振らず、彼女を連れて退散する。
「……そうだ、それでいい……にしても、一体どうなってんだ……?」
ゼクトは安堵すると同時に、今の状況に深く訝しむのであった。
「どこだ! どこにいる!!?」
兵士たちは急襲した者を血眼になって探していた。
「あそこだ! あの建物の上から゛っん!!?」
指でさし示した兵士の胸に、数本の矢が突き刺さる。
「止まるな!!! 止まっていると的にざれぁおぞぉ!?」
声を出していた騎士が、別の所から飛んできた多くの矢を頭部に食らった。
「くそっ! 一体何人いるんだ!!?」
矢は何処からともなく建物の陰から放たれている。
しかも大量に。
「ここだ! この煙突の陰からから矢が飛び出てきたぞ!!!」
一人の兵士が屋根の上に登り、煙突の裏側を覗き込んだ。
「誰もいない!!!」
「そんな馬鹿な! よく探してみろ!!!」
「だめだ、どこにもいなぁ゛がはっ!!?」
確認をしていた兵士が大量の矢を受け屋根から落下する。
「何処から射った!!?」
「あそこだ!!!」
矢が放たれた場所は隣の建物の陰からであった。
その様子を遠くから見ていたエルンシスは感心する。
「凄いね……姿を現さないまま矢を射ってるよ。標的を目視していないのかな?」
さらに彼は疑問を感じていた。
「それにしても変なんだよね……矢が放たれている場所は毎回違うんだけど、常に一つの場所からしか射ってないんだよね……」
その事はデウストも不審に思っていた。
「別々の場所から同時に撃てない理由がある……という事は、敵は一人だと考えた方が自然だな」
「……うーん……そう考えたいところなんだけど、惜しげもなく矢を使っているよね……普通に考えたら、今まで使った膨大な矢は一人で持ち運んでいる事になるよね……」
エルンシスは逡巡する。
そして何かを思いつくと、手招きしながら一人の人物に声を掛けた。
「グラーツェラ、ちょっとこっちに来て」
その者は、透き通るような長い髪を持つ美女で、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「どうしたの? エルンシス」
彼女は少し離れた場所で戦いを見ていたが、エルンシスに呼ばれて直ぐに駆け付けて来る。
「グラーツェラ、敵の正確な数が知りたいんだ。頼まれてくれるかい?」
「いいわ、お安い御用よ」
二人の会話にデウストは、難しい顔を浮かべて口を開いた。
「エルンシス、本当に分かるのか?」
「簡単だよ、彼女に掛かればね」
エルンシスは目を細めると、白い歯を見せながらデウストに答えるのであった。




