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80.末妹の覚悟

 場所は高級料理店ぺリア・ロ・サイモン。


 その最深部に設けられた贅沢な一室で、豪華なソファーに座るマッシュボブの美少女が難しい顔を浮かべていた。


 対面では、若い夫婦が並んで椅子に腰かけており、神妙な面もちで少女と会話を交わしている。


「……アプリコット様……パーシヴァリー様は大丈夫なのでしょうか……」


 問いかけたのは妻の方で、彼女はレンドン城に向かったパーシヴァリーの身を案じていた。


「フレイさん、パーシーお姉ちゃんだったら何の心配もないです。直ぐにでも帰ってきます」


 アプリコットは気丈にも言葉を返す。

 しかし今度は夫の方が、重々しく口を開いた。


「……私は不安です……」


 ユージスが今まで貯め込んでいた感情を吐露し始める。


「……トモカズ様たちは未だに帰って来ていません……しかもパーシヴァリー様まで出て行かれました……こんな状況下で、万が一にもこの場所がドミナンテたちにバレたらと思うと、考えただけでも恐ろしいです……」

「……」


 ユージスの言葉でアプリコットも胸に騒めきを覚えた。


 とそこで、一人の女性が静かに部屋へと入って来る。


「失礼します」


 その人物は、このぺリア・ロ・サイモンの主、イザイラだった。


 彼女はそそくさと三人の傍まで歩いて来る。


「アプリコット様……至急お耳に入れたき件があります……」


 イザイラの様子がおかしい事にアプリコットは訝しんだ。


「何かあったんですか?」

「……はい……冒険者ギルドのギルドマスターであるゼクト、彼が処刑されるそうです……」

「え!!?」

「……執行は今日の昼過ぎ、場所は中央広場です……」

「なっ!!?」


 急な展開にアプリコットは思わず固まってしまう。


 そんな彼女に代わってユージスが話を続けた。


「イザイラさん! 今日の昼過ぎって、直ぐじゃないですか!」

「はい……今、街中ではその話題で持ち切りです……」 


 フレイが眉根を寄せる。


「……どうしてそんな急に……?」

「……分かりません……でも、ゼクトの処刑はトモカズ様たちを誘い出す罠だと私は見ました……」


 その言葉にユージスの顔が蒼白となった。


「……そ、そうか、分かったぞ……そういう事だったんだ……」

「……あなた、何か分かったの……?」


 ユージスは真っ青になりながら言葉を返す。


「……つい先日、レンドン城にトモカズ様の死体を晒したと御触れが出た……あれは今回のための布石だったんだ……」

「……布石……?」

「ああ……そうだよ、フレイ……」

「……」


 フレイは固唾を飲んで夫の言葉に耳を傾けた。


「トモカズ様の死体を確認するには、人を差し向けなければならない。さらに言うと、トモカズ様が生きていていた場合に備え、救出するための戦力を向かわせる必要がある……領主側は、これらの事を見越してあの御触れを出したんだ……」


 ユージスはさらに説明する。


「……奴らの狙いはこちらの人員をレンドン城と領都オルステンに分ける事……要は戦力の分散……そして見事にその狙いは成功した……私たちは、【銀髪の戦乙女】であるパーシヴァリー様をレンドン城へと向かわせたんだからね……」


 その話にフレイは疑問を感じる。


「……それがどうしてゼクトさんの処刑と繋がるの……?」

「……奴らは知っていたんだ。私たちが冒険者ギルドと手を組んでいる事を……だからゼクトを処刑すると言って焙り出そうとしている……戦力が落ちた今の私たちを……」


 二人は全てを理解し、悲壮な表情をみせた。


「……そんな……」

「……最初から用意周到に仕組まれていたのですか……」


 ユージスも同じように青褪める。


「こうなって来ると、パーシヴァリー様の方が心配だ……領主側はレンドン城にもそれなりの戦力を集めているはず……」


 そこでイザイラが口を開いた。


「ユージスさん。こちらの方も状況は深刻です……このままゼクトを見殺しにしては、冒険者ギルドに恨みを買ってしまいます……彼らと交わした盟約の一つに、ゼクトを助ける条件が入っています……それを反故にしてしまえば、冒険者ギルドは忽ち私たちの敵になります……」


 ユージスは寒気を覚える。


「……まさかデウストはここまで考えてこの計画を立てたのか……?」

「……」

「……」


 部屋の中では切迫した空気が流れた。


 しかしそれを払拭せんとばかりに、黙り込んでいたアプリコットが言葉を発する。


「私が助けに行きます」

「アプリコット様! それは危険です!!!」


 すぐさまイライザが制止した。


「私が調べた限りでは、相手はデウストとレーヴェは勿論、あの【晩餐】も居るとのことです!!! 一人で行っては絶対になりません!!!」


 彼の有名な傭兵団、【晩餐】をデウストが雇い入れた事は、オルステン中に広まっていた。


「私はパーシーお姉ちゃんに留守を任されました! これは私の使命なんです!!!」


 アプリコットの瞳には確固たる決意が宿っており、彼女の考えを変えるなど不可能だと誰もが悟る。

 

「……分かりました……そこまで言うのなら、私も連れて行ってください」


 イザイラが名乗りを上げた。


 しかしアプリコットはそれを許さない。


「ダメです! イライザさんが動けば私たちに与していることがばれてしまいます! それだけは絶対にダメです! あなたにはここでユージスさんとフレイさんを守ってもらいます! これは命令です!!!」

「……ですが……それではアプリコット様が……」


 イザイラは沈痛な様相で彼女を見詰める。


「……アプリコット様……一人では危険です……」

「……そうです……どうか御考え直し下さい……」


 ユージスとフレイも心配そうな表情で引き留めた。


「大丈夫です! 私はこう見えても強いんです! みんなは絶対にここから動かないでください! ここを失うと、帰る場所が無くなってしまいます!」


 アプリコットは頑として決意を曲げない。


「……」

「……」

「……」


 三人は根負けした。


「……分かりました……ですが、最悪ゼクトを見殺しにしてでも戻ってきてください……」

「……そうですアプリコット様……貴方様の命が全てにおいて優先されます……」

「……アプリコット様に何かがあれば、私たちはトモカズ様やパーシヴァリー様に顔向けができません……」


 悲壮感漂う三人に、アプリコットの花開くような笑顔が向けられる。


「そんなに心配しないでください! 私は必ずゼクトさんを助け出して戻ってきます! 後の事は頼みます!」

「……」


 アプリコットは元気よく言葉を返すが、三人の表情が晴れる事はないのであった。






 太陽が中天を過ぎた頃。


 急な御触れにも関わらず、中央広場は多くの群衆でごった返していた。


 本来、公開処刑と言えば、娯楽が少ないこの世界に取っては一大イベントである。

 人々はお祭り気分で罪人の憐れな最期を見届けようと集まり、周辺の建物までもが見物人のために解放される。

 さらに言えば、多くの人が集まるこの機会を商人たちが見逃す筈も無く、多種多様な露店が出る事は必然であった。


 ところが今回ばかりはそうではなかった。


 なぜなら処刑される人物があのゼクトだったからだ。


 彼はオルステンの人々に慕われている。


 大らかで優しい性格。

 誰にでも平等に接する気ごころ。

 決して鼻に掛けない飛びぬけた強さ。

 極めつけは、冒険者ギルドの頂点に立つギルドマスター。


 ゼクトを慕う多くの者たちが、抗議のためこの場に集っていた。


 無論、その様な事は領主側も疾うに想定済みである。

 対策として広場の至る所に兵を配置し、不届き者が出ぬよう目を光らせ群衆の声を封殺していた。 

 

 そんな状況の中、誰もが抗議の声を上げれないでいたのだが、一人の勇気ある市民が口火を切る。


「ゼクトを殺すなんてどうかしてるぞ!!!」

「誰だ!!? 今叫んだ奴、出てこい!!!」


 近くの兵が声の方に視線を向けた。


「お前たちには人の心がないのか!!!」


 今度は別の場所から声が上がる。


「何だと貴様ら! 出てこい!!!」


 兵士たちは必死に狼藉者を探すが、密集した人混みの中では思うように見つけ出せない。


 それどころか、あちらこちらで非難の声が上がり始めた。


「ゼクトを解放しろ!!!」

「そうだ、そうだ! お前たちのやっていひぃ!?」


 次に言葉を放った男の喉元を、無情にも一本の矢が貫く。


「はひっ、はひっ」


 男は地面に倒れ伏すと、息が出来ぬまま苦しみもがき、絶命した。


「きゃあ!?」

「なんだっ!!?」


 傍にいた人々は彼から遠ざかって恐れ戦く。


「これから叫んだ者は容赦なく射殺す!!!」

「……」


 騎士の一喝により、非難の声はピタリと止まった。


 その光景を、処刑台の少し後ろにいたデウストが愉しそうに眺めている。

 隣には、【晩餐】の団長エルンシスの姿も見えた。


 そして少し後方では、黒光りの鎧に身を包むレーヴェが控えている。


「矢を放ったのは、お前のところの団員じゃないのか?」

「そうだよデウスト。よく分かったね」

「見事な腕前だ」

「まあね。あいつの弓の腕は一級品だからね」


 二人が談笑を交わす最中、一人の薄汚れた男が複数人の兵士たちに連れられながらやって来た。


「来たぞ、エルンシス。主役の御出ましだ」


 デウストは目を笑わせて、今から執り行われる催事に心を弾ませるのであった。






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